第三十四話 旅立つ者、挑む者
複合属性魔法を完成させてから、数日。
王立学院の演習場では、今日も生徒たちが魔法の訓練に励んでいた。
「……よし」
ミリアは小さく息を吐き、掌を前へ向ける。
「光」
淡い光が生まれる。
「水」
その周囲に、水の魔力が集まった。
二つの魔力がゆっくりと重なり合う。
淡い光を帯びた水の球が、掌の上に浮かんだ。
「……」
ミリアは集中する。
「右へ」
球体が右へ移動する。
「左」
今度は反対方向へ。
「上!」
ふわりと浮かび上がる。
そのまま――。
「戻って!」
球体が滑らかにミリアの掌へ戻ってきた。
「……できた!」
『すごーい!』
ライトが嬉しそうに飛び回る。
「昨日よりずっと安定してるよね!」
『うん! 今日は全然ぐらぐらしてないよ!』
「えへへ」
ミリアは嬉しそうに笑った。
複合属性魔法を完成させたばかりの頃は、魔法を形にするだけでも精一杯だった。
けれど、何度も繰り返しているうちに、少しずつ魔力の流れが分かってきた。
ただ完成させるだけではない。
自分の意思で動かす。
止める。
形を変える。
そして――。
「もっと自由に使えるようになりたいな」
ミリアは球体を見つめた。
『じゃあ、次はもっと速く動かしてみよう!』
「うん!」
ミリアが魔力を込める。
「行って!」
球体が勢いよく飛び出した。
「わっ!」
想像以上の速さに、ミリアが慌てて視線を追う。
球体は演習場を大きく回り――。
「戻って!」
ミリアの声に反応して戻ってくる。
しかし。
「きゃっ!」
勢いが止まりきらず、ミリアの前でふらりと揺れた。
『わぁ!』
「危ない……」
ミリアは慌てて魔力を整える。
球体が静かに消えた。
「……まだまだだね」
『でも、速くできたよ!』
「そうだけど……」
ミリアが考え込んでいると――。
「速度を上げるなら、魔力の流れを一定にしたほうがいい」
背後から声がした。
「ロナルド様!」
振り返る。
そこには、ロナルドが立っていた。
その隣には、シルビィの姿もある。
『こんにちは、ミリア』
「こんにちは、シルビィ!」
シルビィはミリアの周囲を一周すると、先ほどの魔法が消えた辺りを覗き込んだ。
『さっき、ちょっと勢いがありすぎたわね』
「うぅ……」
ミリアが苦笑する。
「ロナルド様は、どうやっているんですか?」
「俺か?」
「はい!」
ロナルドは少し考える。
「最初から速度を出しすぎない」
「え?」
「魔力を一定に保ったまま動かす。その後で速度を上げる」
ロナルドが掌を上げた。
漆黒の風が生まれる。
風と闇が一つに溶け合い、細い輪を描いた。
「まずはこれくらいだ」
黒い輪がゆっくり動く。
右。
左。
上。
下。
動きに一切の乱れがない。
「そして――」
ロナルドが指先をわずかに動かした。
黒い輪が一瞬で加速する。
演習場を縦横無尽に駆け抜け――。
次の瞬間には、何事もなかったようにロナルドの掌へ戻っていた。
「……」
ミリアは目を丸くする。
「速い……」
「でも、魔力は乱れてない……」
「そういうことだ」
ロナルドは魔法を消した。
『さすがロナルドね』
シルビィが得意げに胸を張る。
『最初はもっと簡単な動きから練習したけど』
「シルビィが細かく教えてくれたからな」
『でしょう?』
「……まあ、助かった」
『もっと言ってもいいのよ?』
「調子に乗るな」
『あら、褒めてるのに』
ミリアが思わず笑う。
「二人とも仲良しですね」
「……そう見えるか?」
『もちろん!』
「即答か……」
ロナルドが小さくため息をついた。
ミリアは笑いながら、再び掌へ魔力を集める。
「じゃあ、もう一回やってみます!」
「ああ」
「今度は、ゆっくりから!」
「それがいい」
光。
水。
二つの魔力が重なる。
今度は先ほどよりも慎重に。
球体が生まれる。
「右へ」
ゆっくりと移動する。
「左へ」
戻る。
「上へ」
ふわり。
「下へ」
静かに下降する。
そして――。
「少し速く!」
球体が加速する。
それでも、魔力の流れは乱れない。
「戻って!」
ミリアの掌へ戻る。
「……できた!」
『今度は完璧!』
ライトが喜ぶ。
「やった!」
ミリアは両手を握りしめた。
ロナルドも頷く。
「さっきよりずっと安定している」
「本当ですか?」
「ああ」
「えへへ……」
嬉しそうなミリアを見て、ロナルドの表情も少しだけ柔らかくなる。
その時。
『ねえ、ロナルド』
「何だ?」
『ミリアに教えるの、楽しそうね』
「……そうか?」
『ええ』
「……別に普通だ」
『ふふっ』
シルビィは意味ありげに笑った。
「シルビィ?」
『何でもないわ』
「……?」
ミリアは首を傾げた。
ロナルドは小さく息を吐く。
「気にしなくていい」
「はい?」
「こいつは時々、余計なことを言うからな」
『失礼ね』
「事実だろう」
『じゃあ、ロナルドも余計なこと言わないで』
「……」
ミリアがまた笑った。
「やっぱり面白いです!」
その笑い声が、春の演習場に響いた。
少し離れた場所では、エレノアも自分の魔法と向き合っていた。
「……もう少し、魔力を一定に」
エレノアの掌に、二つの属性が集まる。
ミリアやロナルドと同じく、複合属性魔法。
小さな魔力の塊が生まれた。
けれど――。
「……まだ、動かすと少し乱れますわね」
エレノアが眉を寄せる。
「焦らなくていいよ」
フェイルが声をかける。
「魔力を少し軽くしてみたら?」
「軽く……?」
「うん」
エレノアは言われた通り、魔力の流れを少しだけ緩める。
すると――。
先ほどまで揺れていた魔力が、静かに安定した。
「……!」
「ほら」
「できましたわ……!」
エレノアの顔が明るくなる。
「ありがとうございます、フェイル」
「どういたしまして」
フェイルは笑った。
けれど――。
その笑顔には、どこか寂しさが混じっていた。
エレノアが気づく。
「フェイル?」
「ん?」
「どうかしましたの?」
「……いや」
フェイルは少しだけ視線を逸らした。
「実は、国から連絡が来たんだ」
「国から?」
「うん」
フェイルは苦笑する。
「どうやら、明日にでも一度、ウィクルドへ戻らなければならないみたいでね」
「……まあ」
エレノアが驚く。
「でも、合同演習が……」
「そうなんだよ」
フェイルは困ったように笑った。
「僕も参加したかったんだけどね」
「フェイル……」
「王弟という立場だから、国の都合を優先しなければならないらしい」
少しだけ沈黙が落ちる。
「仕方ないことだとは分かってるんだけど……」
フェイルは演習場を見渡した。
そこには、楽しそうに魔法を練習するミリアたちがいる。
「せっかく皆と一緒にできると思っていたから、少し残念かな」
エレノアは優しく微笑んだ。
「また戻ってくればいいではありませんか」
「……そうだね」
「その時には、もっと強くなっておきましょう」
「うん」
フェイルも笑った。
「じゃあ、約束だ」
エレノアも頷いた。
「ええ、約束ですわ」
春の風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。
その日の昼休み。
中庭のベンチには、ミリアたち四人が集まっていた。
「フェイルが帰国するって、本当?」
ミリアが尋ねる。
「うん」
フェイルは頷いた。
「明日、ウィクルドへ戻ることになったんだ」
「そっか……」
ミリアが少し寂しそうに俯く。
「一度帰るだけだよ」
フェイルは笑う。
「ずっと学院を離れるわけじゃない。できるだけ早く戻ってくるつもりだよ」
「じゃあ……」
ミリアが顔を上げる。
「約束ですよ!」
「うん。約束」
フェイルが小指を立てる。
ミリアも小指を絡めた。
「絶対ですよ!」
「絶対」
二人の様子を見ていたロナルドが、静かに口を開く。
「次に戻ってきた時、置いていかれないようにしておく」
「それ、僕が言う台詞じゃない?」
フェイルが笑う。
ロナルドとフェイルが顔を見合わせる。
ミリアとエレノアも顔を見合わせ、思わず笑う。
「ふふっ」
「本当に仲がよろしいですわね」
「そうかな?」
フェイルが首を傾げる。
「えぇ!」
ミリアが元気よく頷いた。
「四人でいるの、楽しいですから!」
その言葉に、フェイルは一瞬だけ目を細めた。
「……そうだね」
けれど、すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「だからこそ、戻ってきたら驚かせたいな」
「何を?」
ミリアが首を傾げる。
「それは――」
フェイルが少し考える。
「もっと強くなった僕を見せる、とか?」
「じゃあ、私ももっと強くなります!」
「私も負けませんわ」
エレノアも微笑む。
四人の間に、いつもの空気が戻っていく。
フェイルはそんな仲間たちを見つめながら、静かに笑った。
「相変わらずだな」
「何が?」
「そうやって勿体ぶるところ」
「いいじゃないか」
フェイルは笑った。
◇◇◇
午後の授業。
教室へ戻った生徒たちの前に、クラウス先生が立っていた。
「皆さんに、一つお知らせがあります」
その言葉に、生徒たちが静かになる。
「数週間後、高等部との合同演習を行います」
「高等部と?」
教室が一気にざわめいた。
ミリアも目を輝かせる。
「合同演習……!」
ロナルドは興味深そうに前を見る。
エレノアも姿勢を正した。
クラウス先生は黒板へ向かう。
「今回の演習は、単純な実力勝負ではありません」
チョークが黒板を走る。
「高等部の皆さんには、明確な課題があります」
黒板に書かれた言葉。
――後輩を導き、共に勝利すること。
生徒たちから、小さなどよめきが起こる。
「高等部二年生にとって、卒業を前にした重要な実践課題です」
クラウス先生は生徒たちを見渡した。
「自分たちだけでは成功はできません」
「後輩の能力を見極め、役割を与え、六人全員の力を引き出して、はじめて成功できます」
「それが今回の目的です」
ミリアは黒板を見つめた。
「六人……?」
「はい」
クラウス先生が頷く。
「一班につき、高等部三名。中等部三名」
「高等部生は、戦闘だけでなく指揮能力も問われます」
「そして中等部生は、ただ指示に従うだけではありません」
「自分たちに何ができるのかを考え、必要であれば自ら動くこと」
ミリアの目が輝いた。
「はい!」
ロナルドも静かに頷く。
「なるほどな」
エレノアも真剣な表情で黒板を見つめた。
「互いの力を引き出すことが目的、ということですわね」
「その通りです」
クラウス先生は頷いた。
「皆さんがどこまで成長したのか。そして、仲間とどこまで連携できるのか」
「それを確認するための演習でもあります」
そこで、先生が一度言葉を切った。
「なお――」
クラウス先生が一度、フェイルへ視線を向ける。
「今回の演習には、国外からの留学生も参加する予定でしたが……フェイル殿下は国の事情により、明日から一時帰国することになっています」
「……はい」
フェイルは静かに頷いた。
「僕も参加したかったんだけどね」
「残念ですが、仕方ありません」
クラウス先生も頷く。
「では、班の発表は後日行います」
「それまでに、各自しっかりと魔法を磨いておいてください」
「はい!」
生徒たちの返事が響いた。
◇◇◇
フェイルがウィクルドへ一時帰国してから、数週間がたった。
王立学院の掲示板の前には、大勢の生徒たちが集まっていた。
「合同演習の班が発表されたみたい!」
「どの班だろう?」
ミリアも人の間から掲示板を覗き込む。
「えっと……」
指で名前を追っていく。
「私たちは……」
そして――。
「……あった!」
そこに並んでいた名前は――。
レオナード・ウィル・タルトミア
リンタスク・テルファメート
サーラ・アクールレイ
ミリア・テルファメート
ロナルド・ユーア・ダーガトーク
エレノア・レイシアネート
「……お兄様?」
ミリアが目を丸くする。
ロナルドも名前を確認する。
「レオナード殿下とリンタスク殿か」
エレノアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「高等部のお二人とご一緒なのですね」
「そうみたいですね!」
ミリアは嬉しそうに頷く。
「お兄様がいるなら心強いです!」
「いや……」
リンタスクが苦笑する。
「今回は俺たちが教える側なんだけどな」
「そうでした!」
ミリアが笑う。
その時――。
「リンタスク!」
明るい声が響いた。
ミリアが振り返る。
柔らかな茶色の髪を揺らしながら、一人の少女が近づいてくる。
「サーラ」
リンタスクが声をかけた。
「同じ班だったね」
「ええ。よろしくお願いします」
サーラ・アクールレイ。
リンタスクと同じ高等部二年生の少女だった。
サーラはミリアたちへ視線を向ける。
「初めまして。サーラ・アクールレイです」
「初めまして!」
ミリアも笑顔で答える。
「お兄様のお友達なんですね!」
「ええ。同じクラスです」
サーラが微笑む。
「いつもリンタスクから、ミリアさんのお話を聞いていますよ」
「えっ?」
ミリアが兄を見る。
「お兄様、私の話をしてるんですか?」
「……まあ」
リンタスクが少し視線を逸らした。
「妹の話くらいするだろ」
「そんなに?」
「……そんなにではない」
「ふふっ」
サーラが楽しそうに笑う。
「リンタスク、妹さんのことになると本当に分かりやすいわね」
「サーラ……」
「何?」
「余計なことは言わなくていい」
「はいはい」
そのやり取りを見ていたミリアは、にこにこと笑っていた。
「お兄様、サーラさんと仲良しなんですね!」
「……」
リンタスクが固まる。
サーラも一瞬だけ目を丸くした。
そして――。
「ええ。仲良しよ」
サーラが笑った。
リンタスクの耳が、ほんの少し赤くなる。
「……ミリア」
「はい?」
「その話は、もういいだろ」
「ふふっ」
ミリアは楽しそうに笑った。
少し離れたところでは、レオナードがその様子を見ていた。
「リンタスクも大変だな」
「何がです?」
エレノアが首を傾げる。
「いや……妹に全部見抜かれているなと思って」
「?」
エレノアには、まだ意味が分からないらしい。
レオナードは苦笑する。
けれど――。
ふと、エレノアへ視線を向けた。
以前、父から言われた言葉が脳裏をよぎる。
――エレノアのことも、まだ答えを出す必要はない。
そう思っていた。
(……俺は、エレノアをどう思っているんだろうな……父上はゆっくりでいいと気持ちを確認するようなことを言っていたが、立場上好きだの愛だのと、関係なく結婚はする覚悟はすでにあるんだけどな……)
ただ――。
少しだけ。
彼女のことが気になった。
「レオナード殿下?」
エレノアの声に、レオナードは我に返る。
「どうかなさいました?」
「……いや」
レオナードは小さく笑った。
「何でもない」
エレノアは不思議そうに首を傾げる。
その様子を見ながら、レオナードはもう一度だけ彼女を見た。
ほんの少しだけ――。
以前とは違う感情が芽生え始めていることに、まだ本人だけが気づいていなかった。
「では、六人揃ったところで説明会を始めます」
その声に、全員が振り返る。
演習場の前には、クラウス先生が立っていた。
「今回の合同演習では――」
六人が並ぶ。
高等部三名。
中等部三名。
それぞれの視線が交わる。
「自分たちの力だけではなく、仲間の力を引き出して攻略すること」
「それが、今回の課題です」
レオナードが真剣な表情で頷いた。
リンタスクも静かに姿勢を正す。
サーラは二人の隣で説明へ耳を傾ける。
ミリアは期待に胸を膨らませ。
ロナルドは静かに闘志を燃やす。
エレノアは真剣な眼差しで先生を見る。
そして――。
「では、最後に今回の合同演習について説明します」
クラウス先生が演習場の中央へ移動する。
生徒たちも自然と姿勢を正した。
「今回の合同演習は、通常の模擬戦とは少し違います」
クラウス先生が指を鳴らす。
すると、演習場の奥に置かれていた大きな布が取り払われた。
「……!」
そこに現れたのは、学院の演習場を簡略化した立体模型だった。
森。
岩場。
小さな丘。
そして、その各所に六つの小さな光が浮かんでいる。
「演習場には、六つの結界石が配置されています」
クラウス先生が模型を指差す。
「それぞれが、六属性――火、水、風、土、光、闇の属性を持っています」
ミリアは目を輝かせた。
「六属性……」
「皆さんの班には、開始時に一つの結界石が渡されます」
先生が小さな無色の結晶を掲げる。
「この結界石は、最初は無色です」
透明な結晶が、光を反射してきらめく。
「各属性の結界石へ到達し、この結晶を近づけることで――」
模型の中の結晶が淡く光った。
「共鳴します」
無色だった結晶が、赤く染まる。
「火属性の結界石なら赤」
次に青。
「水なら青」
緑。
「風なら緑」
茶。
「土なら茶」
白。
「光なら白」
そして最後に――。
黒。
「闇なら黒」
六色の光が、模型の上に浮かび上がった。
「六つすべてと共鳴させて、演習場に戻れば終了です」
「なるほど……」
ミリアは思わず身を乗り出す。
「全部集めるんですね!」
「正確には、結界石そのものを持ち帰るわけではありません」
クラウス先生が説明する。
「皆さんの結界石に、それぞれの属性を共鳴させるのです」
「つまり、一つずつ……」
エレノアが確認する。
「はい」
先生が頷いた。
「六属性が一つの魔法になるわけではありません」
「それぞれの属性を独立したものとして扱い、六つの共鳴を一つの結界石に記録します」
「それなら……」
ミリアがほっとしたように笑う。
クラウス先生が頷いた。
「今回の演習は、複合属性魔法の結界として完成させる課題ではありません」
「自分たちが持つ魔法をどう組み合わせ、魔物を倒し、仲間とどう連携するか」
「そこが重要になります」
ロナルドが静かに口を開く。
「結界石の場所へ行くだけでは、終わらないんですね」
「ええ」
クラウス先生が模型の一か所を指差した。
「各結界石の周辺には、その属性に応じた魔物を配置します」
「……!」
ミリアの目がさらに輝く。
「魔物もいるんですか?」
「もちろん」
先生が微笑む。
「火の結界石には火属性の魔物」
「水の結界石には水属性の魔物」
「風には風」
「土には土」
「そして光と闇にも、それぞれ対応した魔物が配置されています」
「つまり……」
リンタスクが腕を組む。
「六か所全部で戦闘がある可能性がある、と」
「その通りです」
クラウス先生が頷いた。
「ただし、討伐そのものが目的ではありません」
「結界石と共鳴させるためには、その場を制圧する必要があります」
サーラが小さく息を吐いた。
「簡単にはいかなそうですね」
「ええ」
先生は六人を見渡した。
「そして、今回の合同演習にはもう一つ重要な課題があります」
高等部の三人へ視線が移る。
「レオナード殿下」
「はい」
「リンタスク」
「はい」
「サーラ」
「はい」
「皆さんは高等部二年生です」
三人が頷く。
「卒業前の最後の実践課題として、後輩をどのように導き、六人全員で勝利するか」
クラウス先生の声が演習場に響いた。
「それが今回の本当の目的です」
レオナードの表情が引き締まる。
「つまり、高等部生だけで魔物を倒してはいけない」
「その通りです」
「中等部生にも、それぞれ役割を与え、力を引き出す必要がある」
「ええ」
リンタスクが苦笑した。
「なるほど……俺たちのほうが試されるわけか」
「そういうことです」
サーラも頷く。
「後輩を守るだけではなく、成長させながら勝つ……ということですね」
「その理解で構いません」
クラウス先生は続ける。
「ただし、中等部生も指示を待つだけではいけません」
今度はミリア、ロナルド、エレノアを見る。
「自分の魔法をどう使えるか、自分自身で考えてください」
「必要であれば、高等部生へ意見を出すことも許可します」
「はい!」
ミリアが元気よく返事をする。
ロナルドも静かに頷いた。
「分かりました」
「エレノアも、よろしいですね?」
「はい」
エレノアが微笑む。
「自分にできることを考えます」
クラウス先生は満足そうに頷いた。
「では、班ごとに作戦を考えてください」
六人が顔を見合わせる。
「まずは、それぞれの魔法を確認しよう」
レオナードが提案する。
「誰がどこで力を発揮できるか、それを知っておいたほうがいい」
「賛成」
リンタスクが頷いた。
「じゃあ、俺からいくか」
リンタスクが前へ出る。
魔力を拳へ集中させる。
次の瞬間――。
地面を蹴り、演習用の標的へ一気に踏み込んだ。
鋭い一撃。
標的が大きく揺れる。
「近距離が得意なんですね」
ミリアが目を輝かせる。
「ああ」
リンタスクが笑う。
「なら、前衛を任せられそうだな」
ロナルドが言う。
「次は俺」
ロナルドが前へ出る。
掌に漆黒の風が生まれた。
風は細い刃となり、標的の周囲を滑るように回る。
右。
左。
上。
そして、再びロナルドの掌へ戻る。
「すごい……」
サーラが思わず呟いた。
「複合属性魔法を、もう完全に制御しているんですね」
「ああ」
「攻撃だけじゃなく、遠距離からの牽制にも使えそうですわ」
エレノアが分析する。
「状況によっては、前衛と後衛の両方を担当できそうですね」
「そうだな」
レオナードも頷いた。
「ロナルドは状況に応じて動いてもらおう」
「分かった」
続いて――。
「私ですね!」
ミリアが前へ出る。
「光」
柔らかな光が掌に灯る。
「水」
透明な水が重なる。
二つの魔力が一つの流れとなり、淡い光を帯びた水の球が生まれた。
球はミリアの周囲を一周する。
「右」
右へ。
「上」
ふわり。
「戻って」
掌へ戻る。
「……綺麗」
サーラが思わず呟いた。
「ありがとう!」
ミリアが嬉しそうに笑う。
「ミリアは中距離からの攻撃と支援ができそうだね」
レオナードが言う。
「はい!」
そして――。
「私の魔法は、防御と支援が中心です」
サーラが魔法を展開する。
薄い結界が広がり、六人を包み込んだ。
「おお……!」
ミリアが目を輝かせる。
「これなら、みんなを守れますね!」
「ええ」
サーラが頷く。
「攻撃を受けた時の防御や、敵の動きを制限することもできます」
「頼りになるな」
リンタスクが笑った。
エレノアが前へ出る。
「私は補助を担当できます」
柔らかな光が六人の足元へ広がった。
身体が軽くなる。
魔力の流れも整っていく。
「身体強化と魔力回復の補助です」
「これなら長期戦にも対応できる」
レオナードが頷いた。
「最後に――僕も見せよう」
レオナードが一歩前へ出て、静かに右手を掲げた。
次の瞬間――。
掌に、眩い光が集まる。
それは一瞬で細く鋭い形へと変化した。
光の刃。
レオナードが軽く腕を振る。
――シュッ!
光の刃が一直線に飛び、遠くの標的を正確に貫いた。
「……!」
ミリアが目を丸くする。
しかし、レオナードの魔法はそれだけではなかった。
足元に光が広がる。
次の瞬間、身体がふわりと前へ滑った。
まるで風に乗ったかのような速度。
一瞬で標的との距離を詰める。
光をまとった剣を振り抜く。
――ズンッ!
標的が大きく揺れた。
「すごい……!」
ミリアが思わず声を上げる。
「近距離もできるんですね!」
「僕は一つの戦い方にこだわらないようにしているんだ」
レオナードは剣を下ろす。
「遠距離からの攻撃。近距離での戦闘。それから――」
指先から小さな光が生まれる。
それが六人の周囲へ広がった。
「仲間の位置や魔力の状態を把握する補助魔法も得意だ」
「なるほど……」
ロナルドが感心する。
「レオナード殿下自身が前にも後ろにも動けるわけですね」
「ああ」
レオナードが頷く。
「状況に応じて役割を変えられるほうが、今回の演習には向いていると思う」
ロナルドも頷いた。
「確かに」
サーラが微笑む。
「それなら、指揮だけではなく、必要な場所へ直接入ることもできますね」
「そういうことだ」
レオナードは笑った。
「僕自身も、皆と一緒に戦うつもりだよ」
エレノアが微笑んだ。
「レオナード殿下が一緒なら、安心できますわ」
「ありがとう、エレノア」
その言葉に、レオナードが一瞬だけ彼女を見る。
そして――。
なぜか、少しだけ胸がざわついた。
(……まただ)
父から言われた言葉が、ふと頭をよぎる。
――エレノアのことも、まだ答えを出す必要はない。
今までなら、ただの幼馴染で、信頼できる妹分。
そう思っていた。
けれど最近は。
ふとした瞬間に、目で追ってしまう。
「……殿下?」
「……ああ。ごめん」
エレノアに声をかけられ、レオナードは我に返る。
「何でもないよ」
「そうですか?」
「うん」
レオナードは小さく笑った。
「よし」
レオナードは六人を見渡した。
「前衛はリンタスクとロナルド」
「サーラは二人の援護」
「ミリアは中距離から攻撃と支援」
「エレノアは全体の補助」
「そして僕が全体を見て指示を出す」
「異論は?」
「ない」
ロナルドが即答する。
「私もありません」
エレノアも頷く。
「僕も」
リンタスクが笑う。
「賛成」
サーラも頷いた。
「私も!」
ミリアが元気よく手を挙げる。
レオナードは微笑んだ。
「よし。これで――」
「レオナード」
その声に、全員が振り返る。
クラウス先生だった。
「一つ忘れていますよ」
「……何でしょう?」
「今回の演習では、状況によって役割を変えることも重要です」
「最初に決めた役割に固執する必要はありません」
レオナードは頷いた。
「分かりました」
「それから――」
クラウス先生は六人を見渡す。
「六つの結界石は、順番通りに回る必要はありません」
「自分たちでルートを考えてください」
六人が模型を見る。
赤。
青。
緑。
茶。
白。
黒。
六つの光が、それぞれ異なる場所に配置されている。
「どこから行くかも作戦の一つ、ということですね」
レオナードが言う。
「その通りです」
クラウス先生が微笑んだ。
「では、今日はここまで」
生徒たちがざわめき始める。
「本番は──十日後です」
「はい!」
ミリアの声が演習場に響いた。
六人はもう一度、模型へ視線を向ける。
六つの結界石。
六属性の魔物。
そして――。
六人の仲間。
「まず、どこから行く?」
リンタスクが尋ねる。
レオナードは模型を見つめた。
「それを今から考えよう」
「楽しみですね」
サーラが笑う。
「うん!」
ミリアも頷いた。
その隣で、ロナルドが静かに六つの光を見つめている。
シルビィがふわりと浮かび上がった。
『どの属性から行くのかしら?』
「さあな」
『ロナルドなら、すぐ決められるでしょう?』
「……そう急かすな」
『ふふっ』
そのやり取りを聞きながら、ミリアが笑う。
「本番、頑張ろうね!」
「ああ」
ロナルドが頷いた。
六人はそれぞれの思いを胸に、演習場を後にする。
その先に待つのは――。
六つの結界石。
六属性の魔物。
そして、仲間と力を合わせなければ突破できない実戦形式の演習。
高等部生にとっては、卒業前の大きな課題。
中等部生にとっては、新たな力を試す機会。
そして六人にとっては――。
互いの力を知り、支え合うための最初の一歩だった。
十日後。
六色の結界石を目指す合同演習が、いよいよ始まる。




