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アラサーが転生しちゃった!? ~タルトミアの妖精~  作者: 綾代よしの
第四章 変わりゆく日々と未来への約束
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第三十三話 新たな魔法と、揺れる未来

 ダーガトーク王家からテルファメート家に一通の書状が届いてから、数日。


 テルファメート侯爵家の執務室では、今日もリンフォルが机へ向かっていた。


 目の前にあるのは、何度も読み返した一通の書状。


 封蝋には、ダーガトーク王家の紋章が刻まれている。


 その内容は――。


 ロナルド・ユーア・ダーガトーク殿下の婚約者候補として、ミリア・テルファメート嬢を推薦したい。


「……はぁ」


 リンフォルは、またしても深いため息を漏らした。


 朝にも読んだ。


 昼にも読んだ。


 そして今も、こうして読み返している。


 もちろん、書状の内容は理解している。


 ダーガトーク王家からの正式な推薦。


 侯爵家当主として考えれば、非常に重い意味を持つ申し入れだ。


 両国の関係。


 王族と侯爵家の繋がり。


 将来的な外交にも関わる可能性がある。


 軽々しく扱える話ではない。


「……分かっているんだがな」


 リンフォルは椅子へ深く腰を下ろした。


 けれど、父親として考えると――。


 どうにも胸が重くなる。


「ミリアは、まだ子供だろう……」


 思わず苦笑する。


 十一歳。


 中等部二年生。


 学院では魔法を学び、友人たちと笑い合い、毎日のように新しいことへ挑戦している。


 つい先日も、複合属性魔法が少し上手くいったと、嬉しそうに話していた。


『お父様! 今度、完成したら見てくださいね!』


 その時の笑顔が、リンフォルの脳裏に浮かぶ。


「……そんな娘に、婚約の話をするのか」


 リンフォルは額を押さえた。


 侯爵家当主としてなら、冷静に考えられる。


 だが、父親としては――。


 娘の未来を勝手に決めたくない。


 その気持ちだけが、どうしても拭えなかった。


 コンコン。


「旦那様」


「ミルティアか。入ってくれ」


 扉が開き、ミルティアが入ってくる。


 彼女は夫の前まで歩み寄ると、机の上の書状を見て小さく笑った。


「また読んでいたのですか?」


「……ああ」


「何度読んでも、内容は変わりませんわよ?」


「分かっている」


 リンフォルは苦笑した。


「だが、どうにもな」


 ミルティアは向かいへ腰を下ろす。


「ミリアのことが心配なのですね」


「……そうだ」


 リンフォルは素直に頷いた。


「まだ何も知らないあの子に、いきなり王族との婚約の話を持ち出していいものか」


「いいえ」


 ミルティアは穏やかに首を横に振った。


「今すぐ伝える必要はないと思いますわ」


「やはり、そう思うか」


「ええ」


 ミルティアは微笑む。


「今のミリアは、魔法の修練に夢中ですもの」


「……そうだな」


「ならば、まずはその時間を大切にしてあげましょう」


 リンフォルはしばらく黙っていた。


 やがて――。


「……本人が自分の未来を選べるようにしてやりたい」


 静かな声だった。


「王家からの話だろうと、両国にとって重要な話だろうと……最後にその人生を生きるのは、ミリア自身だからな」


「ええ」


 ミルティアは優しく頷いた。


「その時が来たら、きちんと本人に話しましょう」


「……ああ」


 リンフォルの表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


「ところで」


 ミルティアがふと思い出したように言う。


「レオナード殿下のほうは、どうなのでしょうね」


「エレノア嬢か?」


「ええ」


「……それも難しい話だな」


 二人は顔を見合わせる。


「王太子殿下と公爵令嬢。周囲からすれば自然な組み合わせでしょうけれど」


「本人たちの気持ちは別問題、ということだな」


「そういうことですわ」


 ミルティアが微笑む。


「それに――」


「ん?」


「私は、リンタスクの将来のお嫁さんのほうも気になりますわ」


「そっちか!」


 リンフォルが思わず笑う。


 先ほどまで重かった空気が、少しだけ軽くなった。


 その時。


 廊下から、明るい声が聞こえてくる。


「お父様ー!」


 リンフォルとミルティアが顔を見合わせる。


「……噂をすれば、だな」


「ええ」


 リンフォルは慌てて書状を引き出しへしまった。


 ほどなくして扉が開く。


「お父様! お母様も!」


 ミリアが笑顔で顔を覗かせた。


「どうした?」


「今日ね!」


 ミリアは嬉しそうに掌を見せる。


「複合属性魔法、また少し上手くなったんです!」


「そうか」


「今度こそ、ちゃんと完成させたいんです!」


 リンフォルは娘を見つめた。


 そして、自然と笑みが浮かぶ。


「楽しみにしている」


「はい!」


 ミリアは嬉しそうに頷いた。


 その笑顔を見ながら、リンフォルは思う。


 ――今は、この笑顔を守ればいい。


 未来の話は、その時が来てからでいい。


     ◇◇◇


 同じ頃。


 タルトミア王城では、レオナードもまた一人の少年として未来について考えていた。


 高等部二年生となった彼のもとには、王太子として様々な報告が届く。


 その中には当然、ダーガトーク王家から届いた書状の件も含まれていた。


「ミリアとロナルド、か……」

 

 その名を呟いたところで、背後から声がかかった。


「レオナード」


「父上」


「ダーガトークからの話について、聞いているな?」


「はい」


「どう思う?」


 レオナードは少し考える。


「両国にとっては、大きな意味を持つ話だと思います」


「王太子としては、そう答えるか」


「……」


「では、一人の少年としては?」


 レオナードは窓の外を見る。


「二人とも、まだ学院に通う身です」


「ああ」


「今は、友人たちと過ごす時間を大切にすればいいと思います」


 国王は静かに頷いた。


「そうだな」


「エレノアのことも……まだ答えを出せるほど、私は大人ではありません」


「ならば急ぐ必要はない」


「はい」


 国王は微笑む。


「王太子として学ぶことも、人として学ぶことも、まだまだある」


「……分かっています」


 レオナードは静かに頷いた。


 未来はまだ決まっていない。


 そして――。


 決めるには、まだ早い。


 それから数週間。


 王立学院では、複合属性魔法の授業が次の段階へ進んでいた。


 この日の二年Aクラスでは、通常の授業とは少し違う演習が行われていた。


 クラウス先生が演習場の中央に立ち、生徒たちへ説明する。


「本日の演習では、これまで学んできた複合属性魔法を実際の魔法として完成させることを目標とします」


 生徒たちの間に緊張が走る。


「これまで皆さんは、二つの属性を同時に維持する訓練を行ってきました」


 クラウス先生が続ける。


「しかし、それだけでは複合属性魔法とは呼べません」


 先生が掌を掲げる。


 土と水が同時に現れた。


「二つの属性を一つの魔力として制御し、形を与える」


 土と水が混ざり合う。


 やがて――。


 小さな球体となった。


「そして、その形を自分の意思で動かす」


 球体が先生の周囲を一周し、再び掌へ戻ってくる。


「これが今日の目標です」


 生徒たちが息を呑む。


「もちろん、全員が完成させられるとは限りません」


 クラウス先生は穏やかに笑った。


「ですが、完成した者の魔力制御を観察することも、合同演習の目的の一つです」


「他者の成功や失敗から、自分の魔法を見直してください」


「はい!」


 生徒たちが返事をする。


「では、始めてください」


 演習場に、様々な魔力が広がった。


 ミリアは静かに深呼吸する。


「光……」


 柔らかな光が掌に灯る。


「水……」


 水の魔力が集まる。


 以前なら、ここで二つを維持するだけでも精一杯だった。


 けれど――。


 今は違う。


 ミリアは二つの魔力をゆっくりと重ねる。


 光。


 水。


 それぞれを無理に動かそうとしない。


(同じ流れ……)


 二つの魔力が重なる。


 ふわり。


 小さな球体が生まれた。


「……!」


 ミリアの目が輝く。


 けれど――。


 まだ、少し不安定だ。


 球体が左右に揺れる。


「落ち着いて……」


 ミリアは集中する。


 魔力を押さえ込むのではない。


 流れを整える。


 その時だった。


「……なるほど」


 少し離れた場所から、ロナルドの声が聞こえた。


 ミリアが振り向く。


 ロナルドの掌には――。


 すでに、完成した魔法が浮かんでいた。


 漆黒の風。


 闇をまとった風が一つの形となり、細い輪を描いている。


「えっ……もう?」


 ミリアが目を丸くする。


「何だ?」


「完成したんですか?」


「ああ」


 ロナルドは平然と答えた。


「少し試してみたら、できた」


「すごい……!」


 ミリアが思わず近づく。


 ロナルドは掌を動かした。


 黒い風が滑るように動く。


 右へ。


 左へ。


 上へ。


 そして再び掌へ戻る。


 完全に制御されていた。


「どうしてそんなに早く……」


「二つを別々に動かす必要がないと分かったからな」


「え?」


「闇と風を一つの魔力として考えればいい」


 ロナルドは淡々と説明する。


「それに、シルビィがかなり細かく感覚を教えてくれた」


『私も頑張ったのよ?』


 シルビィが得意げに胸を張る。


「……まあ、そうだな」


『もっと褒めてもいいのよ?』


「十分褒めただろう」


『まだ足りないわ』


「……」


 ミリアがくすくす笑う。


「シルビィ、嬉しそうですね」


『だってロナルドがちゃんとできたもの』


 シルビィは嬉しそうに笑った。


 ロナルドは完成した黒い風を静かに消す。


「だが、完成したから終わりじゃない」


「そうですね!」


 ミリアは再び自分の掌を見る。


「私もやります!」


「ああ」


 ロナルドは少し離れた場所へ戻る。


「ミリア」


「はい?」


「お前ならできる」


「……!」


 ミリアは目を丸くした。


「ありがとうございます!」


 そして――。


 再び魔力を集める。


 光。


 水。


 二つを一つの流れへ。


 今度は、先ほどよりも滑らかだった。


 球体が生まれる。


 ミリアは集中する。


「動いて……」


 球体がゆっくり浮かび上がる。


 右へ。


 左へ。


 そして――。


「戻ってきて!」


 球体がミリアの掌へ戻った。


 消えない。


 崩れない。


「……できた」


 ミリアの声が震える。


『できたー!』


 ライトが大喜びで飛び回る。


 ミリアは笑った。


「できた……!」


 クラウス先生が静かに近づいてくる。


「お見事です、テルファメート様」


「先生……!」


「これで、複合属性魔法を一つの魔法として扱えるようになりました」


「本当に?」


「はい」


 ミリアの顔がぱっと明るくなる。


「やった……!」


 少し離れた場所では、ロナルドも頷いていた。


「おめでとう」


「ありがとうございます!」


 エレノアとフェイルも近づいてくる。


「素晴らしいですわ、ミリア様」


「うん。すごかったよ」


「ありがとうございます!」


 四人が笑い合う。


 けれど――。


 クラウス先生は静かに付け加えた。


「ただし、ここからが本当の訓練です」


「はい!」


「完成させることと、自在に扱えることは別です」


 ミリアは力強く頷く。


「もっと練習します!」


 ロナルドも頷いた。


「俺もだ」


 シルビィが楽しそうに笑う。


『今度はもっと難しい形にしましょう』


「……お前はすぐに難しくしたがるな」


『だって、できるんでしょう?』


「……まあな」


 ロナルドの口元に、小さな笑みが浮かんだ。


 合同演習を終えても、ミリアは演習場を離れなかった。


「もう一回だけ!」


『またー?』


「だって、せっかくできるようになったんだもん!」


 ミリアは掌を前へ伸ばす。


「光」


 柔らかな光。


「水」


 透明な水。


 二つの魔力が重なり――。


 淡い光を帯びた水の球が生まれた。


「右へ」


 球が動く。


「上へ」


 ふわりと浮かぶ。


「戻って!」


 掌へ戻る。


 今度は、先ほどよりも滑らかだった。


「……!」


 ミリアは嬉しそうに笑った。


「ちゃんと動かせる!」


『すごいよ、ミリア!』


 その時、後ろから声がする。


「もう、かなり安定しているな」


「ロナルド様!」


 振り返ると、ロナルドが立っていた。


「ロナルド様も、もう帰るんですか?」


「ああ」


 そう言いながら、ロナルドはミリアの魔法を見る。


「だが、少し見ていた」


「どうでした?」


「悪くない」


「それだけ?」


 ミリアが頬を膨らませる。


 ロナルドは少し考えた。


「……かなり良かった」


「やった!」


 ミリアが笑う。


 シルビィがロナルドの隣でくすくす笑った。


『素直じゃないわね』


「何がだ?」


『別に?』


「……」


 ミリアも笑い出す。


「シルビィ、本当に面白いですね」


『でしょう?』


「お前たちは、もう少し静かにしてくれ」


『無理』


「即答か……」


 そんなやり取りに、ミリアの笑い声が響く。


 その様子を見ていたエレノアが、少し離れた場所から微笑んでいた。


「二人とも、本当に楽しそうですわね」


「そうだね」


 フェイルも頷く。


「でも、僕たちも負けていられないよ」


「ええ」


 エレノアは掌を見つめた。


「次は私たちの番ですわ」


「うん!」


 四人はそれぞれの魔法へ向き合う。


 誰かが一歩先へ進めば、他の者も刺激を受ける。


 競い合う。


 助け合う。


 そしてまた、一歩進む。


 それが、この一年の学院生活になっていくのだろう。


     ◇◇◇


 その日の夕方。


 テルファメート侯爵家。


 食事を終えたミリアは、父と母の前で掌を掲げた。


「お父様、お母様!」


「どうしたの?」


 ミルティアが微笑む。


「今日、完成したんです!」


「完成?」


 リンフォルが目を見開く。


「複合属性魔法!」


 ミリアの掌に、淡い光を帯びた水の球が浮かぶ。


 ふわり。


 球体がミリアの周囲を一周する。


 そして――。


「戻ってきて」


 掌へ戻る。


「……!」


 リンフォルは言葉を失った。


「どうですか?」


 ミリアが期待するように父を見る。


 リンフォルはしばらく魔法を見つめ――。


「……すごいな」


「本当?」


「ああ」


 リンフォルは笑った。


「本当に、よく頑張った」


「えへへ」


 ミリアは嬉しそうに笑う。


 ミルティアも優しく拍手した。


「おめでとう、ミリア」


「ありがとうございます!」


 その笑顔を見ながら、リンフォルの胸に、先ほどまでの書状のことが一瞬だけ蘇る。


 ダーガトーク王家。


 婚約者候補。


 未来。


 けれど――。


 今は目の前の娘が、魔法を完成させたことを喜べばいい。


「次は何を目指すんだ?」


 リンフォルが尋ねる。


「もっと上手に動かしたいです!」


「そうか」


「それから、もっと強い魔法にもしたい!」


「……ほどほどにな」


「はい!」


 元気な返事が返ってくる。


 リンフォルは笑った。


 まだまだ子供だ。


 けれど――。


 確実に成長している。


 魔法も。


 心も。


 そして、いつか自分の未来を選ぶための力も。


 リンフォルは引き出しへ一瞬だけ視線を向ける。


 そこには、あの書状がしまわれている。


 ――まだ、話す時ではない。


 今はただ。


 娘の成長を見守ろう。


「ミリア」


「はい?」


「これからも、好きなだけ挑戦するといい」


「……!」


 ミリアは嬉しそうに頷いた。


「はい!」


 ライトも楽しそうに飛び回る。


『明日も練習だね!』


「もちろん!」


『お菓子は?』


「練習してから!」


『またー!?』


 部屋に笑い声が響く。


 リンフォルとミルティアも顔を見合わせ、穏やかに笑った。


 その頃――。


 王城では、レオナードのもとへ学院から新たな報告が届いていた。


「ミリア嬢とロナルド殿下が、複合属性魔法を完成させた?」


「はい」


 側近が頷く。


 レオナードは報告書へ目を通す。


「……二人とも、本当に成長が早いな」


 窓の外へ目を向ける。


 学院のある方向。


 そこではきっと、二人が今日も新しい魔法へ挑戦している。


 そして――。


 未来を知らないまま、今を積み重ねている。


「……焦る必要はない」


 レオナードは小さく呟いた。


「まだ、始まったばかりなんだからな」


     ◇◇◇


 複合属性魔法を完成させたミリアは、掌に残る淡い光を見つめていた。


 その小さな一歩が、これから自分をどこまで連れていってくれるのか――。


「明日も頑張ろうね、ライト」


『うん!』


 ミリアは笑った。


 春の夜は、静かに更けていく。

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