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第二十四話 図書館と約束

前回初めて訪れた学院図書館。


 あの静かな空間と、たくさんの本に囲まれた時間は、とても心地よかった。


 そう思いながら席を立とうとした、その時だった。


「図書館へ行くのか。」


 静かな声が隣から聞こえる。


 振り向くと、ロナルドが鞄を肩に掛け、こちらを見ていた。


「あ、はい。」


 ミリアの表情がふわりと和らぐ。


「課題もありますし、図書館で調べようかと思って。」


 ロナルドは小さく頷く。


「……俺も行く。」


「え?」


 一瞬驚いたミリアだったが、すぐに笑顔になる。


「本当ですか?」


「ああ。」


「ちょうど調べたい本もある。」


 短い返事。


 けれど、その言葉だけで十分だった。


「それじゃあ、ご一緒してもいいですか?」


「もちろんだ。」


 ロナルドは自然にそう答える。


 二人は並んで教室を後にした。


 窓から吹き込む春風が廊下を優しく通り抜ける。


 穏やかな陽射しの中を歩きながら、ミリアはどこか嬉しそうに微笑んでいた。


 そんな横顔を見つめ、ロナルドも気づかれないほど小さく口元を緩めるのだった。


 学院図書館は、今日も穏やかな静けさに包まれていた。


「やっぱり、図書館って落ち着きますね。」


 ミリアは嬉しそうに辺りを見回した。


「ああ。」


 ロナルドも静かに頷く。


「ここは集中しやすい。」


 二人は課題に必要そうな本を探すため、それぞれ本棚へ向かった。


 ミリアは本棚を見上げながら、一冊ずつ背表紙を眺めていく。


「『光属性の基礎』……『自然魔法入門』……。」


「わぁ、この本も面白そう……。」


 思わず足を止め、本を手に取る。


 その様子を少し離れた場所から見ていたロナルドは、小さく口元を緩めた。


(本当に本が好きなんだな。)


 興味を惹かれた本を見つけるたびに目を輝かせる姿は、以前図書館で出会った時と変わらない。


 やがて二人は必要な本を持ち寄り、窓際の机へ向かった。


「思ったよりたくさんありますね。」


 ミリアが苦笑しながら本を机へ並べる。


「全部読むのは大変そうです。」


「必要なところだけ読めばいい。」


 ロナルドはそう言って、一冊の本を手に取った。


「最初から最後まで読む必要はない。」


「課題に関係する部分を探す方が早い。」


「なるほど。」


 ミリアは感心したように頷く。


「ロナルド様は、こういう調べ方にも慣れているんですね。」


「父上によく教えられた。」


「知りたいことを見つける力も、大切な勉強だと。」


「素敵なお言葉ですね。」


 ミリアは微笑みながら本を開いた。


 二人は静かな時間の中、それぞれ課題に取り組み始める。


 ページをめくる音だけが、穏やかに響いていた。


 しばらくすると、ミリアが小さく首を傾げた。


「ロナルド様。」


「この本と、この本……。」


「同じ光属性のお話なのに、書いてあることが少し違う気がするんです。」


 ロナルドは本へ目を向ける。


「見せてくれ。」


 ミリアは本をそっとロナルドの方へ寄せた。


 二人は同じページを覗き込む。


「こちらは基礎向けだ。」


 ロナルドは静かに説明する。


「こちらは研究者がまとめた本だから、少し表現が難しい。」


「まずはこちらを読んでから比べると分かりやすい。」


「そういうことだったんですね。」


 ミリアの表情がぱっと明るくなる。


「難しい本を選んじゃったのかと思いました。」


「間違いではない。」


「順番を変えるだけだ。」


「ありがとうございます。」


 嬉しそうに笑うミリアを見て、ロナルドも自然と頬を緩めた。


「ロナルド様って、本当に物知りですね。」


「一緒に勉強すると安心しますし、教えていただけると、すごく分かりやすいです。」


 不意に褒められ、ロナルドは少しだけ照れたように視線を逸らす。


「……そうか。」


「はい。」


 ミリアは迷いなく頷いた。


「先生とはまた違って、ロナルド様のお話はすっと頭に入ってきます。」


 その言葉に、ロナルドは思わず笑みがこぼれた。


「それなら良かった。」


 二人は再び本へ目を向ける。


 図書館の中には、ページをめくる音だけが心地よく響き、ゆったりとした時間が流れていた。


 ミリアは満足そうにペンを置く。


「思ったより早く課題が終わりましたね。」


 ミリアの表情が自然とほころぶ。


「ああ。」


 ロナルドも静かに頷く。


「まだ時間はある。」


 その言葉に、ミリアはふと思い出したように顔を上げた。


「あの……。」


「どうした?」


 ロナルドが優しく尋ねる。


 ミリアは少しだけ照れくさそうに笑った。


「この前、お約束しましたよね。」


「また時間があったら、一緒に学院を歩きましょうって。」


 一瞬だけ、ロナルドは目を見開く。


 あの日、図書館を出たあとに交わした約束。


 もちろん忘れてなどいなかった。


「……ああ。」


「覚えている。」


 短く返事をするロナルドだったが、その声はどこか柔らかかった。


「もし、お時間がありましたら……。」


「少しだけ、ご一緒していただけますか?」


 遠慮がちにそう尋ねるミリアに、ロナルドは迷うことなく頷いた。


「ああ、行こう。」


 その返事を聞いたミリアは、ほっとしたように笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。」


 二人は肩を並べ、ゆっくりと学院の中庭を歩き始めた。


 春風が木々の若葉を揺らし、小鳥たちのさえずりが静かに響いている。


「こうして歩いていると、本当に気持ちがいいですね。」


 ミリアは空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。


「授業の合間は急いで移動することが多いので、こんな風にゆっくり歩く時間って、意外となかった気がします。」


「ああ、景色を見る余裕もなかったな。」


 二人は自然と花壇の前で足を止めた。


 色とりどりの春の花々が咲き誇り、優しい香りが風に乗って漂ってくる。


「きれい……。」


 ミリアは花壇の前にしゃがみ込み、小さく咲く白い花へ優しく目を細めた。


「この花、小さくて可愛いですね。」


 そっと指先を伸ばすが、花には触れず、眺めるだけにとどめる。


 その優しい仕草に、ロナルドの口元も自然と緩む。


(やはり……花を見ている時のお前は楽しそうだ。)


(……こういう時間を、もっと増やしていきたい。)


 以前もそうだった。


 花壇の前で見せた、あの穏やかな笑顔。


 その姿が印象に残っていた。


「ロナルド様?」


 視線に気付いたミリアが首を傾げる。


「どうかされましたか?」


「……いや。」


 ロナルドは静かに首を振る。


「やはり、お前は花が好きなんだと思ってな。」


 その言葉に、ミリアは少し驚いたように目を丸くした。


「覚えていてくださったんですか?」


「ああ。」


「以前も、花壇を見て嬉しそうにしていただろう。」


 ミリアは嬉しそうにはにかむ。


「ありがとうございます。」


「実は、季節ごとに咲く花を見るのが好きなんです。」


「同じ場所でも、季節が変わると違う景色になりますよね。」


「それを見ると、なんだか元気をもらえる気がするんです。」


 ロナルドは静かに花壇へ目を向けた。


「……そういう見方をしたことはなかった。」


「ですが。」


「悪くない。」


 短い言葉だった。


 けれど、その一言が嬉しくて、ミリアの頬が嬉しそうに緩んだ。


 穏やかな春風が花壇を優しく揺らす。


 再び二人が歩き始めると、前方から聞き慣れた穏やかな声が聞こえた。


「おや、ロナルド殿、ミリア様。今日は良いお天気ですね。」


「ああ。」


 ロナルドが短く答える。


「課題を終え、図書館から戻るところだ。」


「なるほど。」


 フェイルは納得したように頷いた。


「春風が気持ち良かったものですから。私も課題を終え、少し学院を歩いていたところなんです。」


 三人は自然と並んで歩き始める。


 他愛もない話を交わしながら歩いていると、ミリアがふと空を見上げた。


「今日は、本当にいいお天気ですね。」


「午前中だけで授業が終わるなんて、なんだか得した気分です。」


「ええ。」


 フェイルも微笑む。


「このような日は、外を歩くのも気持ちが良いですね。」


 ミリアは少し考えるように視線を巡らせる。


「実は……。」


「前から王都を少し歩いてみたいなと思っていたんです。」


 その言葉に、ロナルドとフェイルが同時にミリアを見る。


「でも、まだ学院へ来て間もないですし……。」


「道もよく分からなくて。」


 少し困ったように笑うミリア。


「だから、一人で行くのは迷ってしまいそうで。」


 フェイルは穏やかな笑みを浮かべた。


「でしたら、皆さんで王都へ行ってみませんか。」


「今は自由時間ですし、門限まではまだ余裕があります。私もまだゆっくり見て回ったことがありませんので。」


「本当ですか!」


 ミリアの表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 その満面の笑顔に、フェイルも嬉しそうに頷いた。


「王都の街は楽しみですね。」


 その様子を見つめながら、ロナルドは心の中で小さく苦笑した。


(本当は、このまま二人で歩いていたかった。)


 図書館で勉強をし、約束していた学院の散歩もできた。


 一緒に歩く時間は、思っていた以上に心地良かった。


 だからこそ、ほんの少しだけ惜しいと思ってしまう。


 だが——。


「わぁ……楽しみです!」


 心から嬉しそうに笑うミリアを見た瞬間、その気持ちは静かに薄れていった。


(……そうだな。)


(彼女が嬉しいのなら、それでいい。)


 そんなことを考えていると——。


「あら?」


 今度は聞き覚えのある声が響いた。


「皆さん、お揃いですの?」


 三人が振り返ると、エレノアが優雅な微笑みを浮かべながら近づいてくる。


「エレノア様!」


 ミリアは嬉しそうに手を振った。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


 エレノアは三人を見渡し、小さく首を傾げる。


「皆さん、どちらへ向かわれるのですか?」


 ミリアは少し照れくさそうに笑った。


「実は、これから王都の街を少し歩いてみようというお話になりまして。」


「皆で少し散策しようと思っているんです。」


「まあ!」


 エレノアの表情がぱっと華やぐ。


「それは素敵ですわ。」


「でしたら、わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか?」


 その一言に、ミリアは満面の笑みを浮かべた。


「もちろんです!」


「みんなで行けたら、もっと楽しそうです!」


 その笑顔を見て、ロナルドは静かに頷く。


「ああ。」


 四人は正門脇の受付で外出簿へ名前を書き、許可証を受け取ると、学院を後にし、王都へ続く石畳の道を歩き始めた。


 春風に背中を押されながら、新しい思い出が始まろうとしていた。

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