第十四話 新たな一歩
誕生日会から一年――。
柔らかな春の陽射しが、テルファメート侯爵家の庭を優しく照らしていた。
朝露をまとった花々はきらきらと輝き、小鳥たちのさえずりが穏やかな朝の訪れを告げている。
窓を開けると、春風がふわりと部屋へ吹き込み、花の香りを運んできた。
「……今日なのね。」
私は窓辺に立ち、大きく息を吸い込む。
転生してから二年。
八歳だった私は十歳になり、今日からタルトミア王立学院へ入学する。
前世では経験することのなかった貴族の学院生活。
新しい出会い。
新しい学び。
そして、一年前の誕生日会で約束を交わした、大切な友人との再会。
期待と少しの緊張が入り混じり、胸が自然と高鳴っていた。
「ミリアー!」
聞き慣れた元気な声とともに、一筋の金色の光が窓から飛び込んでくる。
「おはよう、ライト。」
「おはよう! 今日は学院だね!」
ライトは嬉しそうに宙をくるくると回りながら、満面の笑みを浮かべた。
その姿は、初めて出会った日と何一つ変わらない。
妖精は歳を取らない。
だからこそ、その変わらない笑顔を見るたびに、私はどこか安心した気持ちになる。
「あなたの方が楽しみにしているんじゃない?」
「もちろん!」
胸を張るライトに、思わず笑みがこぼれた。
「だって学院には知らない人がいっぱいいるんでしょう? どんな人がいるのか楽しみ!」
「見えるのは私だけだけどね。」
「えへへ、それでも楽しいもん!」
無邪気な笑顔に、私もつられて笑ってしまう。
転生してからの二年間。
家族や使用人たち、そしてライトに囲まれた穏やかな毎日は、あっという間に過ぎていった。
もちろん、何も変わらなかったわけではない。
「そうだ、今日も走ってきたの?」
ライトの問いに、私は窓の外へ視線を向ける。
屋敷の外周へ続く石畳には、まだ朝露が残っている。
「もちろんよ。」
転生したばかりの頃、この身体は驚くほど体力がなかった。
少し走っただけで息が切れ、足は重く、思うように身体が動かなかった。
このままでは駄目だと思った。
いつか世界を旅したい。
妖精たちが暮らす場所を見てみたい。
知らない景色を、この目で見てみたい。
その夢を叶えるためには、まず丈夫な身体を作らなければならない。
そう決めた私は、毎朝少しずつ走ることから始めた。
最初は屋敷を一周するだけでも精一杯だった。
けれど、一日だけ頑張るよりも、毎日少しずつ続けることを選んだ。
雨の日も。
風の日も。
体調が優れない日も、無理のない範囲で身体を動かし続けた。
気づけば走ることは習慣となり、以前よりも魔力の流れは安定し、身体も驚くほど軽くなっていた。
「努力って、本当に裏切らないのね。」
思わず漏れた言葉に、ライトは嬉しそうに頷く。
「ミリアは頑張り屋さんだから!」
「そうかしら?」
「そうだよ! 僕なら三日で飽きちゃう!」
「ふふっ。」
その答えがライトらしくて、自然と笑みがこぼれる。
前世の私は、三日坊主で終わることも少なくなかった。
だからこそ、この世界で"続けること"の大切さを知ることができたのは、大きな成長なのかもしれない。
部屋へ戻ると、机の上に一通の封筒が置かれている。
封蝋に刻まれているのは、見慣れたダーガトーク王家の紋章。
その紋章を見ただけで、自然と頬が緩んだ。
一年前の誕生日会の日。
ロナルドと交わした約束。
『これからも文通を続けましょう。』
その約束は、一度も途切れることなく続いている。
毎月届く一通の手紙には、勉強のことや王都での出来事、季節の移り変わり、そして日々の小さな出来事が丁寧な文字で綴られていた。
どれも特別な話ではない。
けれど、その何気ない近況報告が、今では私にとって月に一度の楽しみになっている。
昨日届いたばかりの手紙を、私はそっと開いた。
『学院で再びお会いできる日を、心より楽しみにしております。』
短い一文なのに、どこかロナルドらしい真面目さが伝わってくる。
「相変わらず、ロナルド様らしいわね。」
思わず微笑む私を見て、ライトがにやりと笑った。
「またその顔だ。」
「その顔?」
「嬉しそうな顔!」
「お友達からのお手紙だもの。当然でしょう?」
そう答えると、ライトは肩をすくめながら小さくため息をつく。
「ミリアは、本当に鈍いなぁ。」
「え?」
「なーんでもない!」
ライトは笑いながら部屋を飛び回る。
私は首をかしげつつ、手紙を大切に引き出しへしまった。
学院の制服に袖を通し、鏡の前へ立つ。
白を基調とした上品な制服には濃紺の刺繍が施され、胸元には王立学院の紋章が輝いていた。
侯爵家の令嬢としての品格と、学院の生徒としての誇りを感じさせる一着。
「わぁ、やっぱり似合う!」
ライトが目を輝かせながら私の周りをくるくる飛び回る。
「ありがとう。」
軽く一回転すると、スカートの裾がふわりと揺れた。
前世でも制服は着ていた。
けれど、この制服に袖を通した瞬間に感じる高揚感は、あの頃とはまったく違う。
ここから始まる新しい毎日。
そう思うだけで、自然と胸が弾んだ。
コンコン――。
「お嬢様、朝食のご用意が整いました。」
扉の向こうから、メイドの落ち着いた声が聞こえる。
「ありがとう。今行きます。」
部屋を出ると、廊下ですれ違う使用人たちが笑顔で一礼した。
「お嬢様、ご入学おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
その一言一言が嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
幼い頃から見守ってくれた使用人たちは、私にとって家族同然の存在だった。
食堂へ入ると、父・リンフォル侯爵、母・ミルティア、そして兄・リンタスクがすでに席についていた。
「おはようございます。」
「おはよう、ミリア。」
父は制服姿の私を見ると、穏やかに目を細めた。
「よく似合っている。」
「ありがとうございます。」
母は嬉しそうに両手を合わせる。
「本当に素敵……。ついこの前まで、小さなドレスで庭を駆け回っていたと思っていたのに。」
「母上、それは少し大げさですよ。」
「いいえ。本当にあっという間だったわ。」
その様子を見ていた兄が、小さく吹き出した。
「母上は昨日から同じことを何度も言っているんだ。」
「リンタスク!」
「事実でしょう?」
食堂には穏やかな笑い声が広がる。
私はそんな時間が好きだった。
前世では家族全員が揃って朝食を囲むことは、ほとんどなかったから。
食事がひと段落したところで、父が静かに口を開く。
「ミリア。」
「はい。」
「学院では侯爵令嬢としてではなく、一人の生徒として学びなさい。」
私は姿勢を正した。
「身分に驕ることなく、人との縁を大切にすること。その積み重ねが、お前自身を大きく成長させる。」
「はい。しっかり学んでまいります。」
父は満足そうに頷いた。
「お前なら大丈夫だ。」
続いて兄が笑顔を向ける。
「学院生活は楽しいぞ。」
「そうなんですか?」
「ああ。座学だけじゃない。魔法実技や剣術、野外演習もある。」
「野外演習……。」
思わず興味が湧く。
「毎朝の鍛錬の成果を試すには、ちょうどいい機会かもしれないな。」
兄が悪戯っぽく笑った。
「えっ?」
「父上も母上も知っているぞ。毎朝走っていることくらい。朝走ることを始めた頃は、三日でやめると俺は思ってたんだけどなぁ……」
思わず頬が熱くなる。
「お兄様、ひどいです。それに隠していたわけではありませんけど……少し恥ずかしいですね。」
母は優しく微笑んだ。
「努力を続けられることは、とても立派なことよ。」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
努力は目立つものではない。
けれど、ちゃんと見てくれている人がいる。
そう思えるだけで、続けてきてよかったと心から思えた。
その時、屋敷の外から馬車の到着を知らせる鐘が鳴り響く。
ほどなくして、使用人が食堂へ入ってきた。
「旦那様、お嬢様。馬車の準備が整いました。」
父がゆっくりと立ち上がる。
「では、行こう。」
私も席を立ち、家族の顔を見渡した。
「行ってまいります。」
「行ってらっしゃい。」
父は力強く頷き、母は優しく微笑む。
兄も軽く手を上げた。
「学院生活、思い切り楽しんでこい。」
「はい!」
私は笑顔で返事をすると、ライトとともに玄関へ向かった。
春風が頬を優しく撫でる。
新しい出会い。
新しい学び。
そして、一年間手紙を交わしてきた大切な友人との再会。
胸いっぱいの期待を抱きながら、私は学院へ向かう馬車へと乗り込んだ。
テルファメート侯爵家の馬車は、王都へ続く街道をゆっくりと進んでいた。
窓の外には春の花々が咲き誇り、柔らかな風が若葉を優しく揺らしている。
「いいお天気!」
ライトは嬉しそうに窓から飛び出し、馬車の周りをふわふわと飛び回った。
「遠くへ行っちゃ駄目よ。」
「だいじょうぶー!」
元気な返事だけを残し、楽しそうに風に乗っていく。
そんな姿に思わず笑みがこぼれた。
「今日はみんな、特別な一日なんだね。」
戻ってきたライトが、私の肩へちょこんと腰を下ろす。
「そうね。」
今日は王立学院の入学式。
貴族の子息や令嬢たちにとって、新たな人生の始まりの日でもある。
期待している人も、不安を抱えている人も、きっと同じように今日という日を迎えているのだろう。
そんなことを考えているうちに、馬車は王都の大通りへと入った。
広く整えられた石畳の道。
道沿いには色とりどりの花が植えられ、中央には大きな噴水が陽の光を受けてきらめいている。
行き交う人々の表情もどこか明るく、街全体が春の訪れを喜んでいるようだった。
「王都もすっかり春ね。」
誕生日会以来、一年ぶりに訪れる王都。
以前より店も増え、人通りもさらに賑やかになっているように感じる。
「今度ゆっくり見て回りたいなぁ。」
「その時は僕も行く!」
「もちろん。」
ライトは満面の笑みで頷いた。
そんな穏やかな時間を過ごしていると、馬車はゆっくりと速度を落とす。
「お嬢様、まもなく王立学院へ到着いたします。」
御者の声が聞こえ、私は自然と姿勢を正した。
胸が少しだけ高鳴る。
そして――。
窓の向こうに、壮麗な建物が姿を現した。
「わぁ……。」
思わず息を呑む。
白い石造りの校舎。
空へ伸びる時計塔。
手入れの行き届いた広大な庭園。
中央には大きな噴水があり、その周囲には色鮮やかな花々が咲き誇っている。
まるで王宮のような、美しく気品に満ちた景色だった。
「すごーい!」
ライトも目を輝かせながら校舎の周囲を飛び回る。
「これ全部学院なの!?」
「そうみたい。」
王国中の貴族が集う学び舎。
その名にふさわしい威厳が、学院全体から伝わってくる。
やがて馬車は正門前で静かに停まった。
御者が扉を開く。
「お嬢様、到着いたしました。」
「ありがとう。」
馬車を降りると、春風が制服の裾を優しく揺らした。
正門前には、すでに数え切れないほどの馬車が並んでいる。
それぞれの家紋を掲げた豪華な馬車から、新入生たちが次々と降り立ち、期待と緊張の入り混じった表情で学院を見上げていた。
「少し緊張してきたかも……。」
思わず本音が漏れる。
「えっ!? ミリアでも緊張するんだ!」
ライトが驚いたように目を丸くした。
「もちろんするわよ。」
私は苦笑する。
「初めての場所だもの。」
その時だった。
「失礼いたします。」
柔らかな声が聞こえ、私は振り返る。
そこには、栗色の髪を肩まで伸ばした少女が立っていた。
優雅な立ち居振る舞いと、穏やかな笑顔が印象的な令嬢だった。
少女は美しい所作で一礼する。
「初めまして。
レイシアネート公爵家の娘、エレノア・レイシアネートと申します。」
私もスカートの裾を軽く持ち、丁寧に礼を返した。
「初めまして。
テルファメート侯爵家の娘、ミリア・テルファメートです。」
エレノアはほっとしたように笑みを浮かべる。
「お会いできて嬉しいです。以前、お茶会でお姿を拝見してから、一度お話ししてみたいと思っておりました。」
「そうだったのですね。」
少し驚きながらも、嬉しくなる。
「ありがとうございます。」
「もしよろしければ、お名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
私は微笑み返した。
「私も、エレノア様とお呼びしてもよろしいですか?」
「ええ、ぜひ。」
二人で顔を見合わせ、小さく笑う。
学院生活最初の出会いは、春風のように穏やかなものだった。
その時、少し離れた場所から声が響く。
「エレノア様、お待たせいたしました。」
迎えに来た友人たちへ視線を向け、エレノアは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「申し訳ありません、ミリア様。また後ほどご挨拶に伺いますね。」
「はい。私も楽しみにしています。」
互いに一礼を交わし、エレノアは友人たちのもとへ歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、私は小さく微笑んだ。
「優しそうな方だったね。」
ライトも嬉しそうに頷く。
「うん。同じクラスになれたら嬉しいな。」
そんな期待を胸に抱いた、その時――。
聞き覚えのある、落ち着いた声が私の名を呼んだ。
「ミリア嬢。」
聞き覚えのある、落ち着いた声に、私はゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、一人の少年。
艶やかな黒髪。
澄んだ青い瞳。
すらりと伸びた背に学院の制服をまとい、一年前よりもずっと凛々しい雰囲気を纏っている。
「ロナルド様。」
自然と笑みがこぼれた。
「お久しぶりです。」
ロナルドは優しく微笑み、胸に手を添えて一礼する。
「お久しぶりでございます、ミリア嬢。」
ゆっくりと顔を上げた、その瞬間――。
ロナルドの時間が止まった。
(……綺麗だ。)
一年前の愛らしさはそのままに、どこか大人びた雰囲気を纏うミリア。
春風に揺れる濃紺の髪。
優しく微笑むエメラルドの瞳。
学院の制服姿は、思わず見惚れてしまうほどよく似合っていた。
(会いたかった……。)
この一年、毎月届く手紙を何度も読み返し、この日をどれほど待ち望んでいただろう。
同じ学院という場所で同級生として再び会えたことが、ただ嬉しかった。
「ロナルド様?」
不思議そうに首を傾げるミリアに、ロナルドは我に返る。
「あ……失礼いたしました。」
少し照れたように微笑みながら言葉を続けた。
「少し見違えてしまいまして。」
「そうでしょうか?」
ミリアは照れくさそうにはにかむ。
「ロナルド様も、背がお高くなられましたね。」
「ありがとうございます。」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みを交わした。
一年ぶりの再会。
それなのに、不思議なくらい会話は自然だった。
毎月欠かさず交わしてきた手紙が、この一年という時間を感じさせなかったのだ。
「お手紙では近況を伺っておりましたが、やはり直接お話しできるのは嬉しいですね。」
ミリアがそう言うと、ロナルドの表情がふっと柔らかくなる。
「僕もです。」
たった四文字。
けれど、その一言には一年分の想いが込められていた。
「昨日のお手紙も、ありがとうございました。」
「もう届いていたのですね。」
「はい。『学院で再びお会いできる日を、心より楽しみにしております』と書いてくださっていましたよね。」
ロナルドは少しだけ頬を赤らめる。
「あれは……本心です。」
「ふふっ。私も今日を楽しみにしていました。」
その言葉だけで十分だった。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(やっぱり、ミリア嬢と同じ学院に来られてよかった。)
思わず笑みがこぼれそうになるのを、ロナルドは懸命にこらえた。
「……よかった。」
小さく漏れた本音に、ミリアは気づかない。
ライトだけが肩の上で、くすくすと笑っていた。
(もう完全に恋してるよねぇ。)
もちろん、その姿が見えるのはミリアだけ。
周囲の新入生たちは、自然と会話を交わす二人へ興味深そうな視線を向け始めていた。
「見て……。」
「ダーガトーク王国の第二王子よね?」
「隣にいるのはテルファメート侯爵家のお嬢様じゃない?」
「すごく仲が良さそう。」
「婚約者って噂、本当なのかしら。」
ひそひそと囁き合う声が、少しずつ広がっていく。
けれど当の二人は、そんなことにはまったく気づいていなかった。
「ロナルド様、学院生活でもよろしくお願いいたします。」
ミリアが柔らかく微笑む。
ロナルドも嬉しそうに頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
その時、学院職員の澄んだ声が正門前に響き渡る。
「新入生の皆様は、講堂へお進みください。」
周囲にいた新入生たちが、一斉に校舎へ向かって歩き始めた。
「いよいよですね。」
学院を見上げるミリアの横顔を見つめながら、ロナルドは静かに口を開く。
「ご一緒してもよろしいですか、ミリア嬢。」
その呼び方に、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんです、ロナルド様。」
二人は自然と歩幅を合わせ、講堂へ向かって歩き始める。
「ダーガトークでは、お変わりありませんでしたか?」
「ええ。父上や兄上から剣術をご指導いただく毎日でした。」
少し照れくさそうに笑うロナルド。
「もっと強くならなければ、と。」
「お手紙にも書かれていましたね。」
「覚えていてくださったのですね。」
「もちろんです。」
ミリアは楽しそうに微笑む。
「毎月のお手紙、とても楽しみにしていましたから。」
その一言だけで、ロナルドの胸は満たされる。
「……僕もです。」
短い返事だった。
けれど、それ以上の言葉は必要なかった。
照れ隠しのように、ロナルドは話題を変える。
「ミリア嬢も、今も毎朝走っておられるのですね。」
「ええ。すっかり習慣になってしまいました。」
「本当にすごいことです。」
ロナルドは心から感心したように頷いた。
「続けることは、誰にでもできることではありませんから。」
「ありがとうございます。」
少し照れながら笑うミリア。
「いつか世界を旅してみたいんです。そのための体力づくりでもあるんですよ。」
「世界を……。」
ロナルドは目を丸くした。
「以前のお手紙にも、その夢を書かれていましたね。」
「はい。」
ミリアは目を輝かせる。
「まだ見たことのない景色や文化に触れてみたくて。」
「世界を旅するという夢、とても素敵ですね。……もし、その時が来ましたら、私もご一緒できる機会をいただけたら嬉しく思います。」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。
まるで一年ぶりではなく、昨日の続きを話しているような穏やかな時間。
その光景を見ていた女子生徒たちの間では、婚約者という噂がさらに広がっていくのだった。
講堂へ足を踏み入れると、厳かな空気が場を包み込んだ。
高い天井には大きなシャンデリアが輝き、赤い絨毯の先にはタルトミア王国の紋章が掲げられている。
新入生たちは職員の案内に従い、静かに席へ着いていった。
私もロナルド様と軽く会釈を交わし、それぞれ決められた席へ向かう。
(いよいよ始まるのね。)
期待と緊張が入り混じる中、講堂は静まり返っていた。
やがて壇上へ、一人の初老の男性が姿を現す。
白髪を後ろへ流し、穏やかな眼差しを湛えたその人物こそ、王立学院の学院長だった。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。」
落ち着いた声が講堂いっぱいに響き渡る。
「この王立学院は、知識や魔法を学ぶだけの場所ではありません。
仲間と出会い、ともに励み、ともに成長しながら、自らの未来を切り拓く力を育む場所です。
ここで築かれる縁は、きっと皆さんの人生を支える大切な宝となるでしょう。」
学院長の言葉は、穏やかでありながら不思議と胸に響いた。
(仲間との縁……。)
私は自然と背筋を伸ばす。
家族以外との出会いが、一気に広がる場所。
きっと嬉しいことばかりではない。
悩む日も、迷う日もあるだろう。
それでも、この学院で過ごす時間は、私を大きく成長させてくれる。
そんな予感がしていた。
少し離れた席では、ロナルドがそっと私へ視線を向ける。
(こうして同じ学院で過ごせる日が、本当に来たんだ。
制服姿もよく似合っている。
これからは毎月の手紙だけじゃない。
同じ時間を過ごせるんだ……。)
胸の奥に小さな喜びが広がる。
しかし次の瞬間、ロナルドは小さく息を吐いた。
(いけない。ちゃんと学院長のお話を聞かなければ。)
慌てて前へ向き直る姿に、ライトが小さく吹き出した。
(もう完全に恋してるよねぇ。)
もちろん、その呟きを聞けるのはミリアだけ。
思わず笑いそうになるのを堪えながら、私は学院長の話へ意識を戻した。
やがて入学式は滞りなく終了し、講堂には大きな拍手が響く。
学院職員が一歩前へ進み出た。
「これより各教室への案内を行います。
クラス分けは校舎一階の掲示板へ掲示しておりますので、ご確認ください。」
その一言で、講堂の空気が少しだけ和らいだ。
「どんなクラスかな。」
「知り合いがいるといいな。」
あちこちから期待に満ちた声が聞こえてくる。
私も自然と胸の前で手を握った。
(どんなクラスになるんだろう。)
講堂を出ると、ロナルド様が私の隣へ歩み寄る。
「式、お疲れさまでした。」
「ありがとうございます。ロナルド様も。」
ロナルド様は少し照れたように笑った。
「これから掲示板を見に行きますが……ご一緒してもよろしいでしょうか、ミリア嬢。」
"ミリア嬢"という呼び方が、どこかくすぐったく感じる。
私は笑顔で頷いた。
「はい、もちろんです。」
二人は自然と歩幅を合わせ、校舎の廊下を歩き始める。
その後ろでは、女子生徒たちがまた小さく囁き合っていた。
「やっぱり仲がいいわ。」
「婚約者って噂、本当なのかしら。」
「すごくお似合いよね。」
そんな視線にも気づかず、私たちは掲示板へ向かって歩き続ける。
春風が開いた窓から吹き抜け、桜の花びらがふわりと舞った。
新しい仲間。
新しい学び。
そして、新しい日々。
掲示板の向こうには、まだ誰も知らない学院生活が待っている。
その一歩を踏み出そうとしていることに、胸は期待で満たされていた。




