第十五話 春風が運ぶ出会い
講堂を出ると、それまでの厳かな空気が、春風とともに少しずつ和らいでいった。
緊張した面持ちだった新入生たちも、式が終わった安心感からか、ほっと笑みを浮かべている。
家族と言葉を交わす者、これから同じ学び舎で過ごす友人と挨拶を交わす者。
学院の中庭へ続く石畳には、色とりどりの制服が行き交い、新たな一年の始まりを祝福するかのように、花壇の花々が優しく揺れていた。
私もロナルド様と並び、人の流れに合わせて歩き始める。
肩の上では、ライトが落ち着きなく辺りを見回していた。
『わぁ……! すごいね、ミリア!』
小さな羽をぱたぱたと動かしながら、目を輝かせている。
『みんな楽しそう! 僕までワクワクしてきちゃった!』
私は小さく笑みを浮かべるだけに留めた。
学院には大勢の人がいる。
妖精が見えない人たちの前で話しかければ、不思議な子だと思われてしまう。
ライトもそのことを理解しているのか、私と目が合うと「あっ」という顔をした。
『そうだった。ここではお静かに、だね。』
そう言って自分の口を両手で押さえる姿があまりにも可愛らしくて、思わず頬が緩んでしまう。
「どうかされましたか?」
隣を歩くロナルド様が、不思議そうに私を見つめた。
「いえ。」
慌てて笑顔を作る。
「少し緊張がほぐれただけです。」
「そうでしたか。」
ロナルド様は優しく微笑んだ。
「それなら良かったです。」
その穏やかな笑顔を見ていると、不思議と私まで安心できる。
気づけば、王都で再会した頃のような緊張はすっかり消えていた。
やがて私たちは、多くの新入生が集まる広場へとたどり着く。
その中央には、大きな掲示板が設置され、各学年の名簿が整然と貼り出されていた。
「クラス分けですね。」
「はい。」
掲示板の前では、多くの生徒たちが自分の名前を探している。
「一年A組はどこ?」
「こっちよ!」
「よかった、一緒のクラスだ!」
あちこちから喜ぶ声が聞こえ、広場は活気に満ちていた。
私も人の隙間から名簿へ視線を向ける。
「えっと……。」
一番上から順番に名前を追っていくと――。
『一年A組
ミリア・テルファメート』
「あ……ありました。」
思わず小さく声が漏れる。
「僕もA組です。」
隣ではロナルド様も、自分の名前を見つけたようだった。
「同じクラスですね。」
「はい。」
自然と笑みがこぼれる。
一年間、手紙を通して交流を続けてきたロナルド様。
これからは同じ教室で学び、同じ時間を過ごせるのだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ミリア様!」
聞き覚えのある声に振り返ると、エレノア様がこちらへ歩いてくる。
その表情は、春の日差しのように柔らかい。
「私もA組でした。」
「本当ですか!」
「ええ。またご一緒できますね。」
三人は顔を見合わせ、自然と笑みを交わした。
その穏やかな空気を包むように、周囲では小さなざわめきが広がっている。
「今年のA組はすごいな。」
「第二王子殿下に、テルファメート侯爵家のお嬢様、それにレイシアネート公爵家のお嬢様まで……。」
「優秀な方ばかり集められたのかしら。」
私はその言葉が気になり、エレノア様へ尋ねた。
「A組というのは、特別なクラスなのですか?」
エレノア様は優しく頷く。
「父から聞いた話なのですが、毎年というわけではないそうです。
その年の生徒によっては、成績や適性を考慮して、優秀な生徒が一つのクラスへ集められることがあるそうなんです。」
「そうだったのですね。」
私はもう一度掲示板へ視線を向けた。
ここに名を連ねる皆さんも、それぞれ努力を重ね、この学院へ入学してきたのだろう。
私も負けてはいられない。
自然と背筋が伸びる。
「私も皆さんに負けないよう、精一杯頑張ります。」
その言葉に、ロナルド様が優しく頷いた。
「ミリア嬢なら、きっと大丈夫です。」
「ありがとうございます。」
照れくさくなりながらも、嬉しくて笑みがこぼれる。
少し離れた場所では、ライトが小さく拳を握りしめ、「頑張れ!」と言わんばかりに何度も頷いていた。
もちろん、その姿に気づいているのは私だけ。
思わず吹き出しそうになるのを堪え、そっと前を向く。
すると、学院職員が廊下へ姿を現し、よく通る声で呼びかけた。
「一年A組の皆様は、こちらへお集まりください。教室までご案内いたします。」
「参りましょう。」
ロナルド様が穏やかに声を掛けてくださる。
「はい。」
エレノア様も微笑みながら隣に並び、私たちは歩幅を合わせて歩き始めた。
学院職員の案内を受け、私たちは一年A組の教室へと向かった。
廊下には柔らかな春の日差しが差し込み、大きな窓の外では色とりどりの花々が風に揺れている。
歴史を感じさせる石造りの壁には、美しい絵画や歴代卒業生の肖像画が飾られ、学院が長い年月をかけて築いてきた伝統を静かに物語っていた。
行き交う上級生たちは、新入生へ優しく微笑みかけながら歩いている。
「今日が入学式だったんだね。」
「一年生、みんな初々しいね。」
そんな声が聞こえてきて、思わず背筋が伸びた。
私も今日から、この学院の一員になるのだ。
胸の奥に、期待と少しの緊張が入り混じる。
肩の上ではライトが物珍しそうに辺りを見回していた。
『すごーい! 絵がいっぱい!』
大きな絵画の前でふわりと止まり、目を輝かせる。
『この鎧も本物かな?』
廊下に飾られた甲冑の前まで飛んでいき、興味津々に覗き込んでいる。
思わず笑みがこぼれそうになるけれど、私は何も言わず、小さく微笑むだけにした。
学院では人の目が多い。
妖精と話しているところを見られてはいけない。
そのことを理解しているライトは、私と目が合うと「あっ」という表情になり、小さく両手で口を押さえた。
『ごめんごめん。静かにする!』
小さく親指を立てる姿があまりにも可愛らしく、私はそっと笑みを返す。
するとライトも安心したように頷き、今度は静かに私の肩へ戻ってきた。
そんなやり取りをしているうちに、一行は教室の前へと到着した。
「こちらが一年A組です。」
学院職員が足を止める。
磨き上げられた木製の扉には、『一年A組』と美しい文字で刻まれた銘板が掲げられていた。
「どうぞ、お入りください。」
私は深く息を吸い込み、一歩教室へ足を踏み入れる。
「わぁ……。」
思わず感嘆の声が漏れた。
大きな窓から春の陽光がたっぷりと差し込み、教室全体が明るく照らされている。
整然と並べられた机と椅子。
磨き上げられた木の床は陽光を受けて柔らかく輝き、教壇の後ろには学院旗とタルトミア王国の国旗が掲げられていた。
窓の外には手入れの行き届いた庭園が広がり、色鮮やかな花々の向こうには噴水がきらきらと水しぶきを上げている。
「素敵な教室ですね。」
エレノア様が嬉しそうに微笑む。
「はい。ここで一年間学べると思うと、とても楽しみです。」
私も自然と笑顔になった。
ロナルド様も教室を見渡しながら、小さく頷く。
「皆さんが気持ちよく学べるよう、大切に使われてきた教室なのでしょうね。」
その言葉に、私は改めて教室を見回した。
机や椅子には長年使われてきた温もりが感じられる。
きっと多くの先輩方も、この教室で夢や希望を胸に学んできたのだろう。
私も、その一人になれるよう努力しよう。
そう心に誓った。
やがて、生徒たちがそれぞれ思い思いの場所へ集まり始めると、一人の男性教師が教壇へ歩み出た。
三十代半ばほどだろうか。
柔らかな茶色の髪に、優しい茶色の瞳。
落ち着いた物腰からは、生徒たちを温かく見守るような安心感が伝わってくる。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。」
穏やかな声が教室に響く。
「一年A組の担任を務めます、アルベルト・クロードです。一年間、どうぞよろしくお願いいたします。」
私たちは一斉に立ち上がり、頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
先生は満足そうに微笑む。
「さて、まずは学院生活について、いくつか説明しておきましょう。」
そう言って教室を見渡した。
「本学院では、座席は固定ではありません。」
教室が少しざわめく。
「授業に支障が出ない範囲であれば、その日ごとに好きな席へ座っていただいて構いません。」
「えっ、自由なんですか?」
前の席から驚きの声が上がる。
先生は穏やかに頷いた。
「ええ。さまざまな仲間と交流し、多くの価値観に触れることも、この学院では大切な学びの一つだと考えております。」
「素敵な制度ですね。」
エレノア様が感心したように微笑む。
「いろいろな方とお話しできそうです。」
私も嬉しくなって頷いた。
ロナルド様も微笑みながら口を開く。
「毎日違う席に座れば、新しい発見もありそうですね。」
「はい。毎日が楽しみになりそうです。」
私が答えると、三人で顔を見合わせて笑った。
先生はそんな様子を見て、満足そうに頷く。
「それでは、本日は好きな席へ座ってください。」
その一言で、生徒たちは思い思いの席へ向かって歩き始めた。
私は窓際から差し込む柔らかな光に惹かれ、一番後ろの窓際の席へ向かう。
窓の外には学院の庭園が広がり、春風に揺れる花々が優しく目を楽しませてくれた。
「ミリア様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
振り返ると、エレノア様が少し遠慮がちに微笑んでいる。
「もちろんです。」
エレノア様は安心したように笑い、私の隣へ腰を下ろした。
少し離れた斜め前にはロナルド様が席に着き、こちらへ小さく会釈をしてくださる。
私も笑顔で会釈を返す。
その様子を見届けたライトは、窓辺まで飛んでいき、庭園を眺めながら小さく羽を震わせた。
『ここ、すっごく気持ちいいね!』
嬉しそうに振り返るライトに、私は小さく微笑むだけにする。
これから始まる学院生活。
どんな出会いが待っているのだろう。
胸いっぱいの期待を抱きながら前を向くと、アルベルト先生は名簿を閉じ、生徒たちをゆっくりと見渡した。
「それでは、お互いを知るためにも、一人ずつ自己紹介をお願いしましょう。名前だけでなく、簡単な趣味や目標なども話していただけると嬉しいですね。」
教室に小さな緊張が走る。
知らない者同士が集まったこの教室で、最初に話すのは勇気がいることだ。
「では、前の席から順番にお願いします。」
一人の男子生徒が立ち上がった。
「えっと……アルフレッド・ノーランです。剣術が得意です。一年間よろしくお願いします。」
「よろしく!」
教室から温かな拍手が起こる。
それをきっかけに、次々と生徒たちが立ち上がり、自分の名前や好きなこと、将来の夢を話していく。
魔道具作りが好きだという少女。
騎士団を目指している少年。
薬学に興味があるという令嬢。
一人ひとり違う夢を抱き、この学院へ集まってきたのだと思うと、自然と胸が温かくなった。
やがて、エレノア様の番が回ってくる。
エレノア様は優雅に立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべた。
「レイシアネート公爵家長女、エレノア・レイシアネートと申します。」
澄んだ声が教室に響く。
「まだまだ未熟ではございますが、皆様とともに多くを学び、実りある学院生活を送りたいと思っております。一年間、どうぞよろしくお願いいたします。」
美しい所作に、教室のあちらこちらから感嘆の声が漏れる。
「さすが公爵令嬢だ……。」
「綺麗な人だね。」
そんな囁きが聞こえ、エレノア様は少し照れたように席へ腰を下ろした。
続いて立ち上がったのは、ロナルド様だった。
教室の空気が少しだけ引き締まる。
穏やかな笑みを浮かべたまま、ロナルド様は一礼した。
「ダーガトーク王国からきました、ロナルド・ユーア・ダーガトークです。」
その名前を聞いた瞬間、小さなどよめきが広がる。
「第二王子殿下……。」
「本当に同じクラスなんだ。」
ロナルド様は周囲の反応を気にすることなく、落ち着いた声で続けた。
「身分に関係なく、皆さんと共に学び、互いに高め合える一年にしたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。」
その誠実な言葉に、生徒たちの表情も自然と和らいでいく。
大きな拍手が教室を包んだ。
そして、いよいよ私の番。
ゆっくりと立ち上がると、多くの視線が私へ向けられた。
少しだけ胸が高鳴る。
でも、大丈夫。
深く息を吸い、笑顔を浮かべる。
「テルファメート侯爵家長女、ミリア・テルファメートと申します。」
一礼すると、静かに言葉を続けた。
「まだ学ぶことばかりですが、皆様と励まし合いながら成長していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。」
拍手が響き、私はほっと胸をなで下ろしながら席へ座った。
ライトは肩の上で小さく拍手をしている。
『ミリア、上手だったよ!』
私は視線だけで「ありがとう」と返した。
その後も数人の自己紹介が終わり、アルベルト先生は満足そうに頷く。
「皆さん、ありがとうございました。」
名簿へ目を落とし、軽く確認してから顔を上げる。
「これで今日来ているのは、全員ですね。」
――その時だった。
コンコン。
静かな教室に、扉を叩く音が響く。
生徒たちの視線が一斉に入口へ向く。
「失礼いたします。」
落ち着いた少年の声。
扉がゆっくりと開き、一人の少年が姿を現した。
深緑の髪には、陽の光を受けて金髪にも見える髪が混じっている。
整った顔立ちに、どこか人懐っこさを感じさせる柔らかな笑み。
教室は一瞬、水を打ったように静まり返った。
突然姿を現した少年に、生徒たちの視線が一斉に集まる。
「あれはウィクルド王国の……。」
「ダーガトーク王国よりも、もっと西にある国よね?」
「そんな遠い国から来たの?」
驚きと興味が入り混じった声が、教室のあちこちから聞こえてくる。
アルベルト先生は穏やかに微笑み、生徒たちへ向き直った。
「皆さん、お待たせしました。」
「もう一人、一年A組で共に学ぶ、仲間を紹介します。」
小さなどよめきが広がる中、少年は教壇の前まで歩み出る。
そして教室全体を見渡すと、優雅な所作で一礼した。
「改めまして――ウィクルド王国より参りました、フェイル・ゼ・ウィクルドです。」
落ち着いた優しい声が、教室に響く。
「そんなに見つめられると、少し緊張してしまいますね。」
その一言に、張り詰めていた空気がふっと和らいだ。
あちこちから笑い声が漏れ、教室に柔らかな空気が広がる。
フェイル様は照れくさそうに笑いながら、言葉を続けた。
「この春から留学生として、こちらで学ばせていただくことになりました。」
「私はウィクルド王国の王弟という立場ではありますが、学院では皆さんと同じ一人の生徒です。」
「どうか気を遣わず、気軽に接していただけると嬉しいです。」
その言葉に、生徒たちの表情から緊張が少しずつ消えていく。
フェイル様は続けて、小さく肩をすくめた。
「兄上からは、『若いうちに世界を見て、多くのことを学んでこい』と言われまして。」
「兄上の頼みとなると、なかなか断れませんからね。」
困ったように笑う姿に、教室はどっと笑いに包まれた。
「皆さんと一緒に学び、たくさんの思い出を作れたら嬉しいです。」
「どうぞよろしくお願いいたします。」
深々と頭を下げると、大きな拍手が教室中に響く。
――話しやすそうな方。
それが、フェイル様への第一印象だった。
けれど、その穏やかな笑顔の奥には、言葉では表せない何かを秘めているようにも感じる。
その違和感が何なのか、この時の私にはまだ分からなかった。
アルベルト先生は満足そうに頷く。
「ありがとうございます。それではフェイル君、後ろの窓際の席へどうぞ。」
「はい。」
フェイル様は教壇を降り、ゆっくりと席へ向かう。
私たちの近くを通り過ぎると、一瞬だけ目が合った。
「よろしくお願いします。」
穏やかな笑顔を向けられ、私も自然と微笑み返す。
「はい、よろしくお願いいたします。」
エレノア様も優しく会釈をし、ロナルド様も「よろしく」と穏やかに頷いた。
フェイル様は窓際の席へ腰を下ろし、静かに前を向く。
その横顔はどこか落ち着いていて、この教室に来たばかりとは思えないほど自然だった。
肩の上では、ライトが興味津々といった様子でフェイル様を眺めている。
『なんだか面白そうな子だね!』
私は思わず笑いそうになるのをこらえ、視線だけで返事をした。
アルベルト先生は教壇へ戻り、教室を見渡す。
「それでは、一年A組最初の授業を始めましょう。」
学院の歴史や校則、これから一年間の授業内容について説明が始まる。
私は真剣に耳を傾けながらも、ときどき後ろの席へ視線を向けた。
フェイル様は穏やかな表情で話を聞き、ときおり窓の外へ目を向けては、静かに微笑んでいる。
――不思議な方。
それが、私のフェイル様への新たな印象だった。
午後の授業を終えると、教室は一気に賑やかになった。
「また明日ね!」
「寮を見に行かない?」
あちこちで楽しそうな声が飛び交い、新しい友人との会話に花を咲かせる生徒たちの姿が見える。
「ミリア様。」
エレノア様が優しく微笑んだ。
「今日はありがとうございました。また明日、お会いしましょう。」
「はい。また明日。」
互いに笑顔で挨拶を交わし、エレノア様は教室を後にする。
「それでは、僕も失礼します。」
ロナルド様も穏やかに一礼した。
「今日は同じクラスになれて嬉しかったです。」
「私もです。また明日、よろしくお願いいたします。」
「はい。」
優しく微笑むと、ロナルド様も教室を出て行った。
教室に残る生徒も少なくなった頃、私は小さく息をつく。
「ふぅ……。」
その瞬間だった。
『ぷはぁーーっ!!』
肩の上でライトが大きく羽を広げた。
『もう我慢するの大変だったーっ!』
思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ。」
『朝からずーっと静かにしてたんだよ!? 僕、すっごく頑張った!』
「ええ、とても偉かったですよ。」
小さな声でそう答えると、ライトは嬉しそうに胸を張った。
『でしょ、でしょ?』
その様子があまりにも可愛らしくて、私はくすりと笑う。
『でもね!』
ライトはくるりと一回転すると、楽しそうに続けた。
『学院って面白いね! いろんな人がいて、すっごく賑やか!』
「そうですね。」
私は窓の外へ視線を向ける。
夕日に照らされた学院は、朝とはまた違う穏やかな表情を見せていた。
「これから、たくさんの方と出会えるのでしょうね。」
『うん!』
ライトは元気よく頷く。
『それに、あのフェイルって子! なんだか面白そう!』
「ふふっ。」
確かに、不思議な人だった。
穏やかで話しやすそうなのに、どこか本心を隠しているようにも見える。
いつか、もっと話してみたい。
そんなことを思いながら、私は荷物をまとめ始めた。
一方その頃——。
廊下を歩いていたロナルドは、忘れ物に気づき教室へ戻ってきていた。
「教科書を机に置いたままでしたね。」
扉の近くまで来たその時、不意に教室の中から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
そっと中を覗くと、そこには誰もいない教室で、柔らかな笑みを浮かべるミリアの姿があった。
「ふふっ、本当に可愛いですね。」
優しく語りかける声。
けれど、その視線の先には誰もいない。
ロナルドは思わず足を止めた。
(誰と話しているんだろう……。)
耳を澄ませても、聞こえるのはミリアの声だけ。
それでも彼女は、まるで誰かが目の前にいるかのように微笑み、静かに頷いている。
不思議な光景だった。
しかし、盗み聞きをするつもりはない。
ロナルドは静かに視線を伏せる。
(僕の知らないミリア嬢がいる……。)
そう思いながらも、それ以上踏み込むつもりはなかった。
(いつか、自然に話してくれる日が来るのだろうか。)
その小さな疑問だけを胸にしまい、踵を返した。
やがて廊下へ足音が遠ざかる。
そのことに気づかないまま、私はライトと他愛のない話を続けていた。
この日から始まった学院生活。
新たな仲間との出会いは、きっと私の運命を少しずつ動かしていく。
そんな予感を胸に抱きながら、私は夕暮れの学院を後にした。




