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第十一話 九歳の誕生日 

テルファメート侯爵家の屋敷は、朝から祝いの空気に包まれていた。


大広間では使用人たちが忙しく行き交い、色とりどりの春の花が丁寧に飾られていく。


真っ白なテーブルクロスが広げられ、磨き上げられた銀食器が陽の光を受けてきらりと輝く。


厨房から漂う焼きたてのパンや焼き菓子の香りが、祝いの日の訪れを感じさせていた。


「こちらのお花は中央へ。」


「ケーキはもう少し後にお運びします。」


「お客様がお見えになる前に最終確認を。」


使用人たちの声が飛び交う中、誰もが今日という日を心待ちにしていることが伝わってくる。


今日は、テルファメート侯爵家の長女――ミリアの九歳の誕生日。


家族はもちろん、親交のある貴族たちも祝福に訪れる大切な一日だった。


その頃、二階の自室では。


「お嬢様、失礼いたします。」


侍女が最後のリボンを優しく結び終える。


鏡の前に立つミリアは、そっと自分の姿を見つめた。


淡いクリーム色のドレス。


裾には春の花を思わせる繊細な刺繍が施され、胸元には小さな真珠が上品に輝いている。


肩口には淡い水色のリボンが結ばれ、銀色の髪はゆるやかに整えられていた。


「……なんだか、少し照れますね。」


小さくはにかむミリアに、侍女たちは嬉しそうに微笑む。


「とてもお似合いですよ、お嬢様。」


「まるで春の妖精のようです。」


「ありがとうございます。」


少し照れくさそうに笑うミリア。


その様子を、部屋の中を飛び回っていたライトが目を輝かせながら見つめていた。


「かわいいーっ!」


勢いよくミリアの周りをくるくる飛び回る。


「ライト。」


「かわいい! かわいい! 今日はミリアが世界で一番かわいい!」


「ふふっ、大げさだよ。」


「ほんとだもん!」


ライトは腕を組んで胸を張る。


「みんな絶対びっくりする!」


「そうかな?」


「うん!」


その真っ直ぐな言葉に、ミリアの頬がほんのり赤く染まる。


前世では、誰かにこんなふうに褒められることなどほとんどなかった。


だからこそ、ライトの無邪気な言葉が少しくすぐったくて、それ以上に嬉しい。


「今日はごちそうがいっぱいだよね!」


ライトは期待に満ちた瞳で見上げる。


「やっぱりそこなんだ。」


「だって楽しみなんだもん!」


「あとでちゃんと一緒に食べようね。」


「やったー!」


嬉しさのあまり宙返りを始めるライトを見て、ミリアは思わず笑みをこぼした。


こうして笑い合える日々が、今は何よりも幸せだった。


その時だった。


コンコン――。


静かなノックが部屋に響く。


「ミリア、準備はできたか?」


扉の向こうから聞こえてきたのは、兄・リンタスクの優しい声だった。


「はい、お兄様。」


「入るぞ。」


扉が開き、部屋へ入ってきたリンタスクは、鏡の前に立つミリアの姿を見て、一瞬だけ言葉を失った。


「……。」


その表情を見たミリアは、不安そうに首を傾げる。


「お兄様?」


我に返ったリンタスクは、小さく笑ってミリアのもとへ歩み寄る。


「すごく似合ってる。」


その一言に、ミリアは照れくさそうにはにかんだ。


「ありがとうございます、お兄様。」


リンタスクは優しく妹の頭を撫でる。


「父上も母上も、きっと喜ぶ。」


そう言って少しだけ照れ笑いを浮かべると、兄らしい優しい笑顔で手を差し出した。


「さあ、みんな待ってる。行こうか。」


「はい。」


ミリアはその手を見つめ、小さく頷いた。


リンタスクに手を引かれるように部屋を出たミリアは、ゆっくりと階段を下りていく。


屋敷の中は相変わらず慌ただしい。


花を抱えた使用人とすれ違えば、


「ミリアお嬢様、お誕生日おめでとうございます。」


と、笑顔で祝福の言葉をかけられる。


「ありがとうございます。」


一人、また一人。


屋敷で働く人たちが足を止め、優しく頭を下げてくれる。


その温かな言葉に、ミリアは自然と笑顔になっていた。


(本当に素敵な人たちばかり……。)


前世では、誕生日にこんなにもたくさんの「おめでとう」をもらうことはなかった。


だからこそ、一つひとつの言葉が胸に染み渡る。


その様子を見ていたライトは、ミリアの肩の上で嬉しそうに羽を揺らした。


「ミリア、愛されてるね!」


「うん。本当に幸せ。」


思わずこぼれたその言葉に、ライトもにっこり笑う。


大広間の前まで来ると、リンタスクが扉を開けた。


中ではリンフォルとミルティアが、最後の確認をしているところだった。


ミリアの姿に気付いたミルティアは、思わず目を細める。


「あら……。」


隣にいたリンフォルも、穏やかに微笑んだ。


「よく似合っている。」


「ありがとうございます、お父様、お母様。」


ミルティアはミリアのもとへ歩み寄り、ドレスの裾をそっと整える。


「もう本当に、お姉さんになったわね。」


「まだ九歳ですよ?」


「それでも、お母様には昨日まで小さかったあなたが、こんなに立派になったように見えるの。」


少し潤んだ瞳で微笑む母に、ミリアも照れくさそうに笑った。


リンフォルはそんな二人を見つめながら、優しく口を開く。


「今日は、王都から大切なお客様も来てくださる。」


「王都から……?」


「リンタスクの大切な友人でもある。」


父の言葉に、ミリアは兄の顔を見る。


しかしリンタスクは、いたずらが成功した子どものように笑うだけだった。


「会えば分かる。」


「お兄様、教えてください。」


「秘密だ。」


「もう……。」


兄妹のやり取りに、部屋の空気がふっと和らぐ。


その時だった。


コンコン――。


大広間の扉が静かに叩かれる。


「失礼いたします。」


執事が一礼し、落ち着いた声で告げた。


「旦那様、お客様をお乗せした馬車が、正門へ到着いたしました。」


リンフォルは静かに頷く。


「お迎えしよう。」


その一言で、大広間の空気が少しだけ引き締まった。


いよいよ、誕生日会が始まる。


リンフォルを先頭に、ミルティア、リンタスク、そしてミリアは玄関ホールへと向かった。


すでに使用人たちは左右に整列し、大きな扉の前で静かに来客を待っている。


屋敷の外では、豪華な紋章が刻まれた馬車がゆっくりと停車した。


御者が扉を開くと、一人の少年がゆっくりと姿を現す。


年の頃は十三歳。


柔らかな金色の髪に、澄んだ青い瞳。


まだ少年らしさを残しながらも、その立ち姿には王族としての品格が自然と漂っていた。


リンフォルとミルティアが一礼する。


「ようこそお越しくださいました。


レオナード・ウィル・タルトミア王太子殿下。」


「本日はお招きいただきありがとうございます、リンフォル侯爵。」


レオナードは穏やかに微笑み、一人ひとりへ丁寧に挨拶を返した。


その気さくな様子に、屋敷の空気もどこか柔らかくなる。


「リンタスク、久しぶりだね。」


「お久しぶりです、殿下。」


そう言いながらも、二人はどこか友人同士らしい笑みを交わす。


幼い頃から共に学び、競い合ってきた二人だからこその信頼関係が、そのやり取りから伝わってきた。


レオナードはふとリンタスクの隣へ視線を向ける。


「こちらが……。」


リンタスクは優しく妹の肩へ手を添えた。


「妹のミリアです。」


ミリアは一歩前へ出ると、美しいカーテシーを披露する。


「初めまして、レオナード・ウィル・タルトミア王太子殿下。


本日は私の誕生日会へお越しいただき、ありがとうございます。」


その所作は九歳とは思えないほど美しく、レオナードは思わず目を見開いた。


「なるほど。」


小さく笑みを浮かべる。


「リンタスクがいつも妹の話をしている理由が、よく分かったよ。」


「えっ……。」


ミリアは驚いて兄を見る。


「お、お兄様?」


リンタスクは少し照れくさそうに咳払いをした。


「……可愛い妹だからな。」


「もう、お兄様ったら。」


頬を赤く染めるミリアに、その場の全員が優しく笑った。


レオナードはしゃがんでミリアと目線を合わせる。


「今日から私のことは、あまり堅く考えなくていい。」


「え?」


「リンタスクは私の大切な親友だ。だから君も、私にとって大切な妹のような存在だと思っている。」


その言葉は、とても自然だった。


王太子としてではなく、一人の少年として伝えてくれた言葉。


ミリアの緊張が、すっとほどけていく。


「ありがとうございます、レオナード殿下。」


「ふふ、それで十分だ。」


その穏やかな笑みに、ミリアも自然と笑みを返した。


その様子を見ていたライトも、嬉しそうに羽を揺らしている。


「ミリア、お兄ちゃんが一人増えたみたいだね!」


(そうだね。)


心の中でそっと答えた、その時だった。


再び正門の方から、馬車が近づく音が響く。


ガラガラ……。


先ほどとは違う紋章が描かれた豪華な馬車が、ゆっくりと屋敷の前へと停車する。


使用人が静かに一歩前へ出て、高らかに来客を告げた。


「ダーガトーク王国第二王子、


ロナルド・ユーア・ダーガトーク殿下、ご到着です。」


その名前を耳にした瞬間。


ミリアの瞳が、ぱっと嬉しそうに輝いた――。



使用人の澄んだ声が玄関ホールに響いた。


静かに扉が開かれる。


春風がふわりと吹き込み、その先から一人の少年が姿を現した。


濃紺を基調とした正装に身を包み、艶やかな黒髪を整えたその姿は、まだ十歳という年齢でありながら王族らしい気品を漂わせている。


真っ直ぐに伸びた背筋。


落ち着いた立ち居振る舞い。


その青い瞳は、まっすぐ前を見据えていた。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」


ロナルドはリンフォルとミルティアへ美しく一礼する。


「遠路よりお越しいただき、ありがとうございます。」


リンフォルも穏やかに礼を返した。


挨拶を終えたロナルドは、ゆっくりと顔を上げる。


そして、その視線は自然と一人の少女へ向けられた。


淡いクリーム色のドレス。


春の花を思わせる可憐な刺繍。


柔らかく整えられた銀色の髪。


そして、宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳。


一年ぶりに会うミリアは、以前より少しだけ背が伸び、幼さの中にも侯爵令嬢らしい気品が感じられる少女へと成長していた。


(……綺麗だ。昨年よりも、ずっと。)


その言葉が、思わず胸の奥に浮かぶ。


しかし、王族として感情を表に出すことはない。


ロナルドは静かに微笑み、ミリアの前まで歩み寄った。


「ミリア嬢。」


その声に、ミリアの表情がぱっと明るくなる。


「ロナルド様!」


一年ぶりの再会。


それなのに昨日も会っていたかのような、不思議な安心感があった。


ミリアは嬉しそうにカーテシーを披露する。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。」


「九歳のお誕生日、おめでとうございます。」


穏やかな祝福の言葉。


ミリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。」


その笑顔を見たロナルドは、心の中で小さく息をついた。


(やっぱり……この笑顔を見ると安心する。)


その様子を少し離れた場所から見ていたレオナードは、楽しそうに口元を緩める。


「ロナルド殿下。」


「はい、レオナード殿下。」


「一年ぶりとは思えませんね。」


「ええ。不思議と、そんな気がいたしません。」


二人は穏やかに笑みを交わした。


リンタスクもその会話に加わる。


「昨年、お二人が仲良く話している姿が印象に残っています。」


「私もです。」


ロナルドは素直に頷いた。


「ミリア嬢と過ごした時間は、とても楽しい思い出でした。」


その言葉に、ミリアも嬉しそうに笑う。


ライトはその様子を見ながら、ミリアの肩の上で小さく笑った。


「なんだか二人とも、すぐ仲良しに戻っちゃったね。」


(ふふ、本当だね。)


一年という時間を感じさせない再会。


その穏やかな空気に、屋敷を包んでいた春の風まで優しく微笑んでいるようだった。


そんな中、ロナルドはそっと手に持っていた小さな箱へ視線を落とす。


(喜んでくれると……いいなぁ。)


ロナルドは一度深呼吸すると、胸元に抱えていた小さな箱を両手でそっと差し出した。


「ミリア嬢。」


「はい?」


「ささやかだけど、誕生日のお祝いだよ。」


淡い紺色の包装紙に包まれた小箱には、銀色の細いリボンがきれいに結ばれている。


「わぁ……。」


ミリアは目を輝かせながら、両手で大事そうに受け取った。


「ありがとうございます、ロナルド様。」


その笑顔だけで、ロナルドの胸はじんわり温かくなる。


「開けてもいいですか?」


「もちろん。」


ミリアは優しくリボンをほどき、そっと蓋を開けた。


箱の中には、小さな銀細工の髪飾りが入っていた。


可憐な花をかたどったその中央には、淡いエメラルド色の宝石が一粒だけきらりと光っている。


派手すぎず、それでいて上品な美しさを放つ逸品だった。


「とても……素敵です。」


ミリアは思わず見入ってしまう。


光を受けてきらめく髪飾りは、まるで春風に揺れる花みたいだった。


「気に入ってもらえただろうか。」


少し緊張した様子でロナルドが尋ねる。


「はい!」


ミリアは満面の笑みで頷いた。


「すごく嬉しいです。大切にしますね。」


その言葉に、ロナルドはほっと胸を撫で下ろした。


「それは良かった。」


少しだけ表情がやわらぐ。


そんな二人の様子を見守っていたレオナードが、穏やかに微笑んだ。


「ロナルド殿下。」


「はい、レオナード殿下。」


「その髪飾りを選ぶために、何軒も工房を回られたそうですね。」


ロナルドは少し照れたように視線をそらす。


「……せっかくの誕生日ですから。」


「ふふ。その気持ち、きっとミリア嬢にも伝わっていますよ。」


リンタスクも優しく笑う。


「ロナルド殿下らしい贈り物ですね。」


「ありがとうございます。」


短い返事だったが、耳はほんのり赤くなっていた。


その変化に気付いたのはライトだけだった。


「ねぇ、ミリア。」


(どうしたの?)


「ロナルド、なんか照れてるよ?」


(そうかな?)


ミリアは首をかしげる。


「きっと、喜んでもらえて安心したんだよ。」


「そっかぁ。」


ライトは納得したように頷いた。


もちろん、その本当の理由に気付く者は誰もいない。


ミルティアは優しく微笑みながら、髪飾りを手に取った。


「本当に素敵ね。」


そう言うと、ミリアの髪へそっと飾ってみせる。


銀色の髪によく映え、エメラルドの宝石が春の日差しを受けてきれいに輝いた。


「わあ……。」


ミリアは鏡がなくても分かるくらい嬉しそうに微笑む。


ロナルドはその姿を見つめながら、小さく息をついた。


(……本当によく似合ってる。)


その想いは胸の奥にそっとしまい込む。


今はまだ、友達として。


それだけで十分だと、自分に言い聞かせながら――。


大人たちが来客との挨拶を交わす間、子どもたちは庭園へと案内された。


色とりどりの花々が風に揺れ、小鳥たちのさえずりが穏やかな空気を彩っている。


「こちらの花壇は、お母様が特にお気に入りなんです。」


ミリアは楽しそうに歩きながら振り返った。


「季節ごとに植え替えてくださるので、いつ来ても違う景色が楽しめるんですよ。」


「素敵ですね。」


レオナードは優しく微笑む。


「花だけでなく、この庭全体からテルファメート侯爵家の温かさが伝わってきます。」


「ありがとうございます。」


ミリアは少し照れくさそうに笑った。


その様子を見ていたロナルドも穏やかに口を開く。


「昨年も美しい庭だと思いましたが、今年はさらに綺麗に感じます。」


「本当ですか?」


「ええ。」


ロナルドは優しく頷く。


「きっと、案内してくださる方がいるからでしょう。」


思いがけない言葉に、ミリアは一瞬きょとんとした後、ふわりと笑った。


「ふふっ、ロナルド様はお話がお上手ですね。」


その笑顔を見つめながら、ロナルドも自然と微笑む。


少し離れた場所では、レオナードとリンタスクが二人の様子を見守っていた。


「ロナルド殿下も、ずいぶん表情が柔らかくなられましたね。」


リンタスクが小さく呟く。


レオナードは穏やかに頷いた。


「ミリア嬢には、人の心を和ませる力があるのでしょう。」


「昔からそうなんです。」


リンタスクは少し誇らしげに笑う。


「家族だけでなく、屋敷のみんなまで笑顔にしてしまいますから。」


そんな会話をよそに、ライトは花壇の上を楽しそうに飛び回っていた。


「わぁー! このお花、去年より増えてる!」


くるくると宙返りをしながら庭を見回していると、不意に羽ばたきが止まる。


「……あれ?」


ふと視線を向けた先。


ロナルドの少し後ろ、木漏れ日の差す木陰に、小さな黒い影が静かに浮かんでいた。


漆黒の羽。


夜空を思わせる長い髪。


金色の瞳が、穏やかにロナルドを見つめている。


ライトは誰にも気付かれないよう、そっと近付いた。


「やっぱりいた。」


黒い妖精は、わずかに視線だけを向ける。


「久しぶりだね、ライト。」


その声は静かで、どこか落ち着いていた。


「まだ契約しないの?」


ライトが首をかしげる。


黒い妖精はロナルドへ視線を戻し、ふっと微笑んだ。


「まだだよ。」


「彼は、まだその時ではない。」


「そっか。」


ライトは小さく頷く。


「でも、ずっと待ってるんでしょ?」


「もちろん。」


黒い妖精の表情は、とても穏やかだった。


「私は、彼が生まれた時から見守っている。」


その言葉に、ライトは少しだけ安心したように笑う。


「じゃあ、もう少しかぁ。」


「ああ。」


黒い妖精は優しくロナルドを見つめる。


「時が来れば、彼はきっと私を見つけてくれる。」


その言葉を最後に、黒い羽が春風へ溶けるように揺れた。


次の瞬間には、その姿は跡形もなく消えていた。


ライトは黒い妖精がいた場所をしばらく見つめ、小さく微笑む。


(また会えるよね。)


そう心の中で呟くと、羽をぱたぱたと動かしながらミリアのもとへ戻っていった。


その頃――。


庭園では変わらず穏やかな時間が流れていた。


レオナードとリンタスクは少し離れた場所で談笑し、ロナルドはミリアの隣をゆっくりと歩く。


「この花、もうすぐ満開になるんですよ。」


そう言って振り返るミリアに、ロナルドは穏やかに微笑んだ。


(……やっぱり、ミリア嬢といると落ち着く。)


言葉にすることはない。


ただ、この穏やかな時間が、何より心地よかった。


そんな穏やかな空気の中――


ミリアの肩へ戻ったライトが、いつものように元気よく声を上げる。


「ミリア!」


「ライト?」


「ううん、なんでもない!」


にっこりと笑うライトにつられ、ミリアも思わず笑みを浮かべる。


その様子を見つめていたロナルドは、ほんの一瞬だけ首を傾げた。

(……今、誰かの視線を感じたような……。)


しかし周囲には、レオナードたちとミリアしかいない。


気のせいだったのだろう。


そう思い直したロナルドは、小さく微笑み、そのままミリアの隣を歩き続けた。


それぞれの想いを胸に抱きながら、穏やかな春の時間は静かに流れていった。

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