心臓 -1-
いずれ お前が
“気づいて”くれることを願うよ――
++++++
ざくり。
――ぶちん。
「このおねえちゃん……首を落としても血が出ない……あのキレイな血は、どこへいっちゃったの……?」
ホールほどに広い部屋の真ん中で、ユエはくすくすと笑いながら、また人形にナイフを突き立てた。アンティークと同じ金髪に青い目の人形だ。ユエの周囲にも人形が山と積まれ、そのどれもが手足を、首をもがれている。
その異様な光景に、セイジもカナも、しばし凍りついた。
「ユエさん、怒り狂うどころか変なスイッチ入っちゃったみたいなんデス。ずっとこんな感じで遊んでマス」
「……ユエ……!」
カナの口からやるせないつぶやきが漏れた。
瞬間――くるりと、ユエの仮面が動いた。
「あ、『首』。『首』が来たわ。あたしの『首』……」
ユエがふらりと立ち上がる。カナがびくりと震えた。セイジはとっさに、2人の間に割って入った。
「『首』じゃない。お前のものでもない。カナは、カナだ」
「……セイジくん? おねえちゃんは? 一緒じゃないの?」
「アンティークは――」
黒い感情に流されないよう、セイジはきつくこぶしを握る。
「燃えてしまったよ……サトルと一緒に。お前が作った罠にかかって……!」
ユエが首をかしげた。
「どうして……? どうしていなくなっちゃうの? どうしてあたしを置いていくの!? どうして誰も、そばにいてくれないの!?」
「!! な、なんだ!?」
ユエの叫びと同調するように、ふわりと、人形達が浮き上がった。
そしてユエは、虚ろにつぶやいた。
「カナちゃん……あなたも、行っちゃうの……?」
「――来る!」
アオイが動いたのと、ばらばらの人形の群れがセイジ達に殺到したのが、同時だった。
黒風が巻き起こり、人形を弾き返した。床に鎌を立てたアオイが顔だけをセイジに向ける。
「セイジ。僕達はどうすればいい?」
「! あ、ああ……サトルの話じゃ、許容オーバーの力を使わせてやれば、ユエを無力化できるかもしれないって」
「え……なんか思ったよりおおざっぱデスネ」
「でも、似たような話は聞いたことがあるわ。……やってみましょう」
セイレーンが凛と声を上げた。
「結界を維持するので、私はあまり攻撃に力を裂けないわ。セイジ、カナ、ユエをお願い! ビッグとアオイは2人の援護を!」
「ちょっと、なんであんたが仕切るのよ!」
「我々の力は、半ばユエの一部になっている。お前達の力の方が有効なはずだ。従ってはくれないか」
ビッグがカナをのぞき込んだ。カナは渋々といった風にうなずいた。それを見てセイレーンは続ける。
「リアラ、あなたは皆の治療に専念! コウはリアラをフォローして!」
「はい!」
「僕は護衛役デスカ。じゃあ丸腰ってのもなんだし……」
コウがカナを――カナが腰帯につけた鞭を、指さした。
「それ、返してもらおうかな」
「! あんた、やっぱり覚えて……!」
「それが僕のものだったってことくらいはネ」
コウがカナから鞭を受け取った。
セイレーンは最後に、アオイに問いかけた。
「アオイ。ユエと……戦えるわね?」
いまだ風の壁を保ちつつ、アオイははっきりと、うなずいた。
「心配はいらない」
「準備OKデスネ。それじゃ……行きマスカ?」
呑気なコウの一言と同時に、壁が解除された。
どっとばかりに人形のパーツが襲いかかる。まずその最前列を、ビッグが腕の一振りでたたき落とした。
「そういやあんた、その腕――」
セイジは今さらながらに気がついた。ビッグは微笑した。
「ヨシタカという人形遣いがくれた義手だ。友人と聞いたが?」
「あ、あいつ……」
「セイジ! ぼさっとしない!!」
カナのメテオが人形を打つ。そのうちのいくつかは粉々に砕かれてぱらぱらと床に散った。セイジもクロウナイフで人形の顔を割った。が、2つに割れた顔は再び浮き上がり、両側からセイジを襲った。
「っ、切ったくらいじゃ駄目なのかよ!」
ナイフの刃に力を込める。灯った白い光に照らされ、半分の顔が消し飛んだ。
と、セイジは後ろから肩をたたかれた。
「人形はあの2人に任せろ。お前は直接ユエを狙え。僕が、道を開く」
「アオイ……!」
「まさかお前達に力を貸すことになるとは思わなかった」
アオイがちらりとだけセイジを見た。セイジは苦笑した。
「それはこっちのセリフだ」
セイジはざっと部屋を見渡した。カナとビッグは無数の人形の欠片を相手に、引けを取ることなく奮闘している。その一部がセイレーンとリアラへ向かうが、コウがそれを寄せつけない。無造作に鞭を振るえば瞬時に人形が仕留められていく。
「セイジ。こっちだ」
どっと風が起き、トンネルの様相になった。セイジは迷わず走った。
道の向こうにユエが見える。
ユエは――泣いているかのように、身をよじった。
「あなた達まで……あたしから去っていくの? そんなのイヤ、イヤよぉ……!」
「……何っ、言ってんだ!!」
セイジはユエに斬りかかった。が、寸前で手を止め、思いきり後ろに跳躍した。
ユエの周囲で無数の蔓が伸びる。手足に巻きついてこようとするのを切り払いながら、セイジは叫んだ。
「お前! アオイのことは、自分で『いらない』って言ったんだろうが!!」
「そうよ、いらない……いらないわ……? あたしのものにならないなら、みんなみんな、いらない!!」
アオイが飛び込んできた。ぐるりと鎌を回して蔓を一掃する。
しかし間を置かず、あの爆弾のような泡がアオイを囲んだ。アオイに防御する暇も与えないまま一気に破裂する。
「うあっ……!!」
「アオイ!!」
がくりと片膝をついたアオイは、セイジが駆け寄ろうとしたのを手を上げて制した。不意に、その身体がやわらかな光を帯びる。セイジがふり返ると、リアラと目が合った。リアラはうなずいた。
セイジはもう一度前を見た。それはまさに、ユエの両側でゆらりと水の龍が立ち上がった時だった。
「あたしは、こんなに……愛してあげてるのにぃ……っ!!」
突進してきた水龍を、セイジは正面から受けた。かざしたナイフで龍の顔面を裂き、胴から尻尾までまっぷたつにする。視界の端では、跳躍したアオイがもう一頭の龍の首を斬り飛ばしていた。
「……っは……さすがに、きっつ……」
セイジは痺れた右手を乱暴に振った。
と――
ねぇ……ビッグ? みんなに恐れられる気分はどう?
あなたがこの先、どんなに狂気に満ちようと
あたしは、あなたを愛してあげる――
肉声ではなかった。甘い甘い囁きは、脳に直接送り込まれたように感じられた。
嫌な予感にセイジがばっとふり返ると、ビッグは、明らかに動揺していた。
「あ……ユエ……!」
「お、おい、惑わされんなよ!! あんた達はもう解放されたはずだろ!?」
ねぇ、セイレーン?
その脚を斬ったのはだあれ? ……愛されていると思ってた父親でしょう?
大丈夫、代わりにあたしが愛してあげる
ねぇ、リアラ……疎外感を感じちゃったり……してる?
ごめんね、訳もなく選ばれるのは心苦しいでしょう?
でも、あたしは愛してあげる……!
「……っ!」
「ユエ……様……!!」
じわじわと、ユエの支配が広がっていくようだった。これこそがユエの本当の恐ろしさなのだと、セイジは悟った。
「くっそ……こんなの、どうすりゃいいんだ!?」
ねぇ、コウ……そしてアオイ
なぜあなた達を拾ったか、わかる?
親にさえ愛されなかったあなた達を
愛してあげられるのは
あたしだけなのよ――?
そして、最も影響を受けるのがアオイであろうことは、容易に想像できた。セイジは声を張り上げた。
「アオイ!! おい、俺の声が聞こえるか!?」
「……ユエ……」
「目ぇ覚ませ、アオイ!!」
これまで人形を寄せつけなかった風の道が、ふっと、消えた。だいぶ数を減らしているものの、それでもまだ勢いの衰えない人形の群れが向かってくる。
セイジは今度こそアオイに駆け寄った。アオイもすぐに我にかえった様子だったが、表情に迷いが生じている。
このままでは、形勢に関わる。
「ねえ、みんな……? あたしだけが……あなたたちを、愛してあげられるのよ……?」
ユエの言葉はそのまま呪詛のようだ。心に食い込み、侵していく。
考えるのをやめて、盲目的に従いたくなる。
「結局……本人を黙らせるしかないのか……!」
セイジが焦燥の中でつぶやいた時。突然、カナが引きつった声を上げた。
「――やっ、やだっ!!」
「えっ」
「カナ!!」
カナの首に人形の胴がとりつき、あの呪われた包帯に手をかけていた。鋭く叫んで飛び出したのはコウで、瞬く間に鞭で人形を刻む。至近だったにも関わらず、カナには傷1つつけていない。コウはそのままカナの肩をつかんだ。
「大丈夫か!?」
「う、うん、平気……」
言いかけたカナは、ぎょっと目を見張る。
「ってあんた、持ち場は……!」
今度はリアラが悲鳴を上げる。端から人形の欠片に飛びつかれ、振り払えない。
そこへなんとかビッグが駆けつけた。人形をはたき落として踏みつける。幸い、リアラに大きな怪我はなかったようだ。
「あ、ありがとう、ビッグさん」
「いや。無事で良かった……」
「――――あーもう。いい加減、面倒くさいデスネ」
やけにクリアなコウの声が響いた。
セイジの背中を、ぞくりと、冷たいものが走った。
「おい、コウ……!?」
人形を払いながら見やれば、コウはユエを睨んでいた。もし可能ならば『睨み殺す』というほどの凶悪な目つきだ。
「そろそろうんざりなんデスヨ。ちょっと本気……出しマスカ?」
「だ、ダメ! あんたはいいから!!」
「コウ、やめておけ」
カナだけでなくアオイまでが引き止める言葉を口にした。が、1度火のついた猛獣は止まらない。
「今日は特別、出血大サービスで」
「やめっ……セイジ! 止めて!!」
――だって、あいつ……小さい時から無茶な訓練させられたり、獣にやられたりして
本当は身体、ボロボロなんだ
あの入れ墨は全部、傷を隠すためのものだし
たぶんだけど……いつだって、相当痛むんじゃないかな――
カナの話がセイジの頭をよぎった。
その次の瞬間には、コウはユエの目前に迫っていた。どこをどう走ったかもまるで見えなかった。
「コウ……っ!?」
さすがにユエも焦った声を上げた。その足下から壁を作るように炎が噴き上がる。
コウはそれを嘲笑った。
「この僕に、“炎”とは――」
こぶしを振り上げる。火に巻かれることなど完全に度外視だった。
「笑わせますネ」
コウはユエの横面を殴り飛ばした。
ユエは文字通り吹っ飛んだ。壁にぶつかり、床に落ちる。衝撃で仮面が砕け、素顔があらわになった。
「あ……う……っ」
「おお……ユエさんの顔、初めて見ましたヨ……」
「あ――あああああああぁっ!!」
ゴウッ、と音を立てるほどの旋風が起こった。この時には追いついていたセイジが、コウに飛びつき、床に押しつけた。
「みんな……無事か!?」
目を開けるのさえ困難だったが、セイジは無理にも周囲を確認した。
セイレーンとリアラはビッグが守っているようだ。カナとアオイも自主的に床に伏せて耐えている。風は人形まで巻き込んでいて、そちらの心配は今はなさそうだった。
「……あたしも、死体を人形にする能力がほしかった……そうしたらみんな殺して、みんな人形にして、みんなずっとあたしのそばに置いておくのに……」
「……!!」
わずかな間があって。セイジの耳に、カナの叫びが届いた。
「おかあさん!! もうやめてよ!! 人間は人形じゃないんだよ!? 物じゃないんだ……! そうやって無理やりそばに置いたって、おかあさんが恨まれるだけだ!!」
「カナ…!」
セイジはゆっくりと立ち上がった。刃に光を宿す。風を切るイメージでナイフを掲げる。――なんとか、前へ進めそうだった。
「……ユエ様……!」
「ユエ――!」
声が聞こえる。
誰もがユエの名を呼んでいる。
徐々に前進しながら、セイジはきつく眉根を寄せた。
「――おい。ユエ」
まじない師の至近に風はなかった。攻撃を仕掛けてくる気配もない。セイジはユエを前に、ナイフを収めた。
「お前は一体、何をやってるんだ?」
「だって、あたし……こんなになってまで、まだ生きてなきゃいけない……それが団長の『罰』だったから……」
ユエは両手で顔を覆い、うずくまった。
「寂しいの!! あたしは1人で永遠を生きなきゃならない!! もうイヤ……誰か、あたしを愛してよぉ……!!」
ガッと、セイジはユエの胸ぐらをつかんだ。ユエが怯えた顔を上げた。
「ヒ……ィ!」
「あんた……力はあるのに、意外とバカだったんだな」
『運命の間』に入った時、ユエの寂しさを嫌というほど見せつけられた。
しかしセイジには違和感があった。その寂しさは――間違っているのではないか、と。
「もっとよく見ろよ! あの5人も、カナも! なんでここにいると思ってる!!」
セイジは醜い老婆の顔を、正面から見据えた。
しっかりと目を合わせ、言い放つ。
「いい加減気づけ!! あんたは、自分で自分を“1人”にしてるだけだ!!」
ユエが小さな目を見張った。
「あ……団……長……?」
「じいちゃんがどういうつもりだったか、俺は知らない。だけどそんなの関係ない。ちゃんと自分の目で、あいつらを見てやれよ」
ユエの風が弱まった。がしゃがしゃと人形が床に落ちる。
そんな中を、真っ先に立ち上がったアオイが駆け寄ってきた。
「ユエ……!」
「あ……アオイ……?」
セイジはユエから手を離す。すとんと座り込んだユエは、他の者にも視線を向けた。皆が、ユエを見ている。
「……みんな……?」
「――っ、セイジ……!!」
セイレーンが、不意に切羽詰まった声を上げた。呼吸が乱れて、ひどく苦しそうだった。
「ごめんなさい……水の結界、もうあまり長いこと、保ちそうにないわ……!」
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