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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第27章
110/117

心臓 -1-



   いずれ お前が

  “気づいて”くれることを願うよ――



         ++++++



 ざくり。

 ――ぶちん。


「このおねえちゃん……首を落としても血が出ない……あのキレイな血は、どこへいっちゃったの……?」

 ホールほどに広い部屋の真ん中で、ユエはくすくすと笑いながら、また人形にナイフを突き立てた。アンティークと同じ金髪に青い目の人形だ。ユエの周囲にも人形が山と積まれ、そのどれもが手足を、首をもがれている。

 その異様な光景に、セイジもカナも、しばし凍りついた。

「ユエさん、怒り狂うどころか変なスイッチ入っちゃったみたいなんデス。ずっとこんな感じで遊んでマス」

「……ユエ……!」

 カナの口からやるせないつぶやきが漏れた。

 瞬間――くるりと、ユエの仮面が動いた。

「あ、『首』。『首』が来たわ。あたしの『首』……」

 ユエがふらりと立ち上がる。カナがびくりと震えた。セイジはとっさに、2人の間に割って入った。

「『首』じゃない。お前のものでもない。カナは、カナだ」

「……セイジくん? おねえちゃんは? 一緒じゃないの?」

「アンティークは――」

 黒い感情に流されないよう、セイジはきつくこぶしを握る。

「燃えてしまったよ……サトルと一緒に。お前が作った罠にかかって……!」

 ユエが首をかしげた。

「どうして……? どうしていなくなっちゃうの? どうしてあたしを置いていくの!? どうして誰も、そばにいてくれないの!?」

「!! な、なんだ!?」

 ユエの叫びと同調するように、ふわりと、人形達が浮き上がった。

 そしてユエは、虚ろにつぶやいた。

「カナちゃん……あなたも、行っちゃうの……?」

「――来る!」

 アオイが動いたのと、ばらばらの人形の群れがセイジ達に殺到したのが、同時だった。

 黒風が巻き起こり、人形を弾き返した。床に鎌を立てたアオイが顔だけをセイジに向ける。

「セイジ。僕達はどうすればいい?」

「! あ、ああ……サトルの話じゃ、許容オーバーの力を使わせてやれば、ユエを無力化できるかもしれないって」

「え……なんか思ったよりおおざっぱデスネ」

「でも、似たような話は聞いたことがあるわ。……やってみましょう」

 セイレーンが凛と声を上げた。

「結界を維持するので、私はあまり攻撃に力を裂けないわ。セイジ、カナ、ユエをお願い! ビッグとアオイは2人の援護を!」

「ちょっと、なんであんたが仕切るのよ!」

「我々の力は、半ばユエの一部になっている。お前達の力の方が有効なはずだ。従ってはくれないか」

 ビッグがカナをのぞき込んだ。カナは渋々といった風にうなずいた。それを見てセイレーンは続ける。

「リアラ、あなたは皆の治療に専念! コウはリアラをフォローして!」

「はい!」

「僕は護衛役デスカ。じゃあ丸腰ってのもなんだし……」

 コウがカナを――カナが腰帯につけた鞭を、指さした。

「それ、返してもらおうかな」

「! あんた、やっぱり覚えて……!」

「それが僕のものだったってことくらいはネ」

 コウがカナから鞭を受け取った。

 セイレーンは最後に、アオイに問いかけた。

「アオイ。ユエと……戦えるわね?」

 いまだ風の壁を保ちつつ、アオイははっきりと、うなずいた。

「心配はいらない」

「準備OKデスネ。それじゃ……行きマスカ?」

 呑気なコウの一言と同時に、壁が解除された。

 どっとばかりに人形のパーツが襲いかかる。まずその最前列を、ビッグが腕の一振りでたたき落とした。

「そういやあんた、その腕――」

 セイジは今さらながらに気がついた。ビッグは微笑した。

「ヨシタカという人形遣いがくれた義手だ。友人と聞いたが?」

「あ、あいつ……」

「セイジ! ぼさっとしない!!」

 カナのメテオが人形を打つ。そのうちのいくつかは粉々に砕かれてぱらぱらと床に散った。セイジもクロウナイフで人形の顔を割った。が、2つに割れた顔は再び浮き上がり、両側からセイジを襲った。

「っ、切ったくらいじゃ駄目なのかよ!」

 ナイフの刃に力を込める。灯った白い光に照らされ、半分の顔が消し飛んだ。

 と、セイジは後ろから肩をたたかれた。

「人形はあの2人に任せろ。お前は直接ユエを狙え。僕が、道を開く」

「アオイ……!」

「まさかお前達に力を貸すことになるとは思わなかった」

 アオイがちらりとだけセイジを見た。セイジは苦笑した。

「それはこっちのセリフだ」

 セイジはざっと部屋を見渡した。カナとビッグは無数の人形の欠片を相手に、引けを取ることなく奮闘している。その一部がセイレーンとリアラへ向かうが、コウがそれを寄せつけない。無造作に鞭を振るえば瞬時に人形が仕留められていく。

「セイジ。こっちだ」

 どっと風が起き、トンネルの様相になった。セイジは迷わず走った。

 道の向こうにユエが見える。

 ユエは――泣いているかのように、身をよじった。

「あなた達まで……あたしから去っていくの? そんなのイヤ、イヤよぉ……!」

「……何っ、言ってんだ!!」

 セイジはユエに斬りかかった。が、寸前で手を止め、思いきり後ろに跳躍した。

 ユエの周囲で無数の蔓が伸びる。手足に巻きついてこようとするのを切り払いながら、セイジは叫んだ。

「お前! アオイのことは、自分で『いらない』って言ったんだろうが!!」

「そうよ、いらない……いらないわ……? あたしのものにならないなら、みんなみんな、いらない!!」

 アオイが飛び込んできた。ぐるりと鎌を回して蔓を一掃する。

 しかし間を置かず、あの爆弾のような泡がアオイを囲んだ。アオイに防御する暇も与えないまま一気に破裂する。

「うあっ……!!」

「アオイ!!」

 がくりと片膝をついたアオイは、セイジが駆け寄ろうとしたのを手を上げて制した。不意に、その身体がやわらかな光を帯びる。セイジがふり返ると、リアラと目が合った。リアラはうなずいた。

 セイジはもう一度前を見た。それはまさに、ユエの両側でゆらりと水の龍が立ち上がった時だった。

「あたしは、こんなに……愛してあげてるのにぃ……っ!!」

 突進してきた水龍を、セイジは正面から受けた。かざしたナイフで龍の顔面を裂き、胴から尻尾までまっぷたつにする。視界の端では、跳躍したアオイがもう一頭の龍の首を斬り飛ばしていた。

「……っは……さすがに、きっつ……」

 セイジは痺れた右手を乱暴に振った。

 と――



   ねぇ……ビッグ? みんなに恐れられる気分はどう?

   あなたがこの先、どんなに狂気に満ちようと

   あたしは、あなたを愛してあげる――



 肉声ではなかった。甘い甘い囁きは、脳に直接送り込まれたように感じられた。

 嫌な予感にセイジがばっとふり返ると、ビッグは、明らかに動揺していた。

「あ……ユエ……!」

「お、おい、惑わされんなよ!! あんた達はもう解放されたはずだろ!?」



   ねぇ、セイレーン?

   その脚を斬ったのはだあれ? ……愛されていると思ってた父親でしょう?

   大丈夫、代わりにあたしが愛してあげる


   ねぇ、リアラ……疎外感を感じちゃったり……してる?

   ごめんね、訳もなく選ばれるのは心苦しいでしょう?

   でも、あたしは愛してあげる……!



「……っ!」

「ユエ……様……!!」

 じわじわと、ユエの支配が広がっていくようだった。これこそがユエの本当の恐ろしさなのだと、セイジは悟った。

「くっそ……こんなの、どうすりゃいいんだ!?」



   ねぇ、コウ……そしてアオイ

   なぜあなた達を拾ったか、わかる?

   親にさえ愛されなかったあなた達を

   愛してあげられるのは

   あたしだけなのよ――?



 そして、最も影響を受けるのがアオイであろうことは、容易に想像できた。セイジは声を張り上げた。

「アオイ!! おい、俺の声が聞こえるか!?」

「……ユエ……」

「目ぇ覚ませ、アオイ!!」

 これまで人形を寄せつけなかった風の道が、ふっと、消えた。だいぶ数を減らしているものの、それでもまだ勢いの衰えない人形の群れが向かってくる。

 セイジは今度こそアオイに駆け寄った。アオイもすぐに我にかえった様子だったが、表情に迷いが生じている。

 このままでは、形勢に関わる。

「ねえ、みんな……? あたしだけが……あなたたちを、愛してあげられるのよ……?」

 ユエの言葉はそのまま呪詛のようだ。心に食い込み、侵していく。

 考えるのをやめて、盲目的に従いたくなる。

「結局……本人を黙らせるしかないのか……!」

 セイジが焦燥の中でつぶやいた時。突然、カナが引きつった声を上げた。

「――やっ、やだっ!!」

「えっ」

「カナ!!」

 カナの首に人形の胴がとりつき、あの呪われた包帯に手をかけていた。鋭く叫んで飛び出したのはコウで、瞬く間に鞭で人形を刻む。至近だったにも関わらず、カナには傷1つつけていない。コウはそのままカナの肩をつかんだ。

「大丈夫か!?」

「う、うん、平気……」

 言いかけたカナは、ぎょっと目を見張る。

「ってあんた、持ち場は……!」

 今度はリアラが悲鳴を上げる。端から人形の欠片に飛びつかれ、振り払えない。

 そこへなんとかビッグが駆けつけた。人形をはたき落として踏みつける。幸い、リアラに大きな怪我はなかったようだ。

「あ、ありがとう、ビッグさん」

「いや。無事で良かった……」


「――――あーもう。いい加減、面倒くさいデスネ」


 やけにクリアなコウの声が響いた。

 セイジの背中を、ぞくりと、冷たいものが走った。

「おい、コウ……!?」

 人形を払いながら見やれば、コウはユエを睨んでいた。もし可能ならば『睨み殺す』というほどの凶悪な目つきだ。

「そろそろうんざりなんデスヨ。ちょっと本気……出しマスカ?」

「だ、ダメ! あんたはいいから!!」

「コウ、やめておけ」

 カナだけでなくアオイまでが引き止める言葉を口にした。が、1度火のついた猛獣は止まらない。

「今日は特別、出血大サービスで」

「やめっ……セイジ! 止めて!!」


 ――だって、あいつ……小さい時から無茶な訓練させられたり、獣にやられたりして

   本当は身体、ボロボロなんだ

   あの入れ墨は全部、傷を隠すためのものだし

   たぶんだけど……いつだって、相当痛むんじゃないかな――


 カナの話がセイジの頭をよぎった。

 その次の瞬間には、コウはユエの目前に迫っていた。どこをどう走ったかもまるで見えなかった。

「コウ……っ!?」

 さすがにユエも焦った声を上げた。その足下から壁を作るように炎が噴き上がる。

 コウはそれを嘲笑った。

「この僕に、“炎”とは――」

 こぶしを振り上げる。火に巻かれることなど完全に度外視だった。

「笑わせますネ」

 コウはユエの横面を殴り飛ばした。

 ユエは文字通り吹っ飛んだ。壁にぶつかり、床に落ちる。衝撃で仮面が砕け、素顔があらわになった。

「あ……う……っ」

「おお……ユエさんの顔、初めて見ましたヨ……」

「あ――あああああああぁっ!!」

 ゴウッ、と音を立てるほどの旋風が起こった。この時には追いついていたセイジが、コウに飛びつき、床に押しつけた。

「みんな……無事か!?」

 目を開けるのさえ困難だったが、セイジは無理にも周囲を確認した。

 セイレーンとリアラはビッグが守っているようだ。カナとアオイも自主的に床に伏せて耐えている。風は人形まで巻き込んでいて、そちらの心配は今はなさそうだった。

「……あたしも、死体を人形にする能力がほしかった……そうしたらみんな殺して、みんな人形にして、みんなずっとあたしのそばに置いておくのに……」

「……!!」

 わずかな間があって。セイジの耳に、カナの叫びが届いた。

「おかあさん!! もうやめてよ!! 人間は人形じゃないんだよ!? 物じゃないんだ……! そうやって無理やりそばに置いたって、おかあさんが恨まれるだけだ!!」

「カナ…!」

 セイジはゆっくりと立ち上がった。刃に光を宿す。風を切るイメージでナイフを掲げる。――なんとか、前へ進めそうだった。

「……ユエ様……!」

「ユエ――!」

 声が聞こえる。

 誰もがユエの名を呼んでいる。

 徐々に前進しながら、セイジはきつく眉根を寄せた。

「――おい。ユエ」

 まじない師の至近に風はなかった。攻撃を仕掛けてくる気配もない。セイジはユエを前に、ナイフを収めた。

「お前は一体、何をやってるんだ?」

「だって、あたし……こんなになってまで、まだ生きてなきゃいけない……それが団長の『罰』だったから……」

 ユエは両手で顔を覆い、うずくまった。

「寂しいの!! あたしは1人で永遠を生きなきゃならない!! もうイヤ……誰か、あたしを愛してよぉ……!!」

 ガッと、セイジはユエの胸ぐらをつかんだ。ユエが怯えた顔を上げた。

「ヒ……ィ!」

「あんた……力はあるのに、意外とバカだったんだな」

 『運命の間』に入った時、ユエの寂しさを嫌というほど見せつけられた。

 しかしセイジには違和感があった。その寂しさは――間違っているのではないか、と。

「もっとよく見ろよ! あの5人も、カナも! なんでここにいると思ってる!!」

 セイジは醜い老婆の顔を、正面から見据えた。

 しっかりと目を合わせ、言い放つ。


「いい加減気づけ!! あんたは、自分で自分を“1人”にしてるだけだ!!」


 ユエが小さな目を見張った。

「あ……団……長……?」

「じいちゃんがどういうつもりだったか、俺は知らない。だけどそんなの関係ない。ちゃんと自分の目で、あいつらを見てやれよ」

 ユエの風が弱まった。がしゃがしゃと人形が床に落ちる。

 そんな中を、真っ先に立ち上がったアオイが駆け寄ってきた。

「ユエ……!」

「あ……アオイ……?」

 セイジはユエから手を離す。すとんと座り込んだユエは、他の者にも視線を向けた。皆が、ユエを見ている。

「……みんな……?」

「――っ、セイジ……!!」

 セイレーンが、不意に切羽詰まった声を上げた。呼吸が乱れて、ひどく苦しそうだった。

「ごめんなさい……水の結界、もうあまり長いこと、保ちそうにないわ……!」



         ++++++



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