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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第27章
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心臓 -2-


「げ……マジかよ!」

 決して忘れていたわけではなのだが、急なことで、セイジは焦った。来た道にまじないがかかっていたため、戻りの道がどの程度のものか見当がつかない。

 全員が逃げ切るまで、セイレーンの力は持続できるのか――?

「……セイジくん、カナちゃん……」

 そんなところへ足下から声がして、セイジは軽く目を見張る。

「え……ユエ?」

「逃げて……ここにいてはだめ……! ここはもうすぐ燃え尽きる! あたしは……あなた達の命がほしかったわけじゃない……!!」

 ユエは小さくうずくまり、か細い声で続けた。

「ただ……あの方の血を、あたしが受け継ぎたかった……それだけなの……」

「――セイジ」

 ぽんと、アオイがセイジの肩を押した。

「ここが燃えだす前に。行け」

「えっ……いや、待てよ、お前は?」

「僕は残る。まだ……するべきことがある。それが今、分かった」

「はあ!?」

 アオイは横に移動して、セイジとユエを遮るように立った。

「行ってくれ。……頼む」

「セイジ……言ってるでしょう、もう時間がないわ」

 セイレーンがビッグに支えられながら歩み寄ってきた。後ろからはリアラも。セイジはぎくりとした。

「お前ら、まさか……」

「私達もここに残るわ。5つの間に選ばれた、最後の責任を果たすために……」

「冗談……!! セイレーンお前! ゲンのオッサンはどうする気だよ!! ビッグ、エリがお前のこと待ってんだぞ!?」

 するとビッグが、困ったように笑った。

「そうだな。いつか会えたら……『また遊ぼう』と、エリに伝えてくれ」

「セイジさん、カナさん。あなた達は何が何でも生き延びて。サトちゃんもきっと、それを望んでる……!」

 リアラもまた、アオイのそばに立った。そしてセイレーンがセイジをきつく睨んできた。

「早く行きなさい。さもないと……今度は、私達5人が相手になるわ」

「……!!」

 もはや、彼らの意志を動かすことなどできない――

 セイジはそう悟り、ぎりりと歯噛みした。

「……ああ、分かったよ!! 恨むぞお前ら……!!」

「気を付けてね。あなた達に水の加護がありますように……」

 一転して、セイレーンが微笑んだ。セイジはそれを睨み返し、カナをつかまえて彼らに背を向けた。

 そんなカナの後ろ姿を、床に座ったままのコウが見ていた。――と。

「イテッ」

「コウ。お前はさっさと行ってこい」

 いきなり後ろから蹴りつけたアオイが、強引にコウを立たせた。

 コウは背中をさすりながら、他の3人を見た。全員が「早く行け」という顔をしていた。

「……。あー、もう!」

 コウは足早に歩き出す。たった今2人の姿が消えたばかりの垂れ幕をくぐると、セイジとカナは、まさに『間』を出ようとしているところだった。

 先に気づいたセイジがカナに合図した。ふり返ったカナが息を呑む。

 セイジは、カナの背を押し出した。

「絶対、来いよ」

「……分かってる……」

 セイジはすぐに部屋を出ていった。

 室温が上がっているようだった。火の手はもう、間近に迫っているのかもしれない。

「まだ……炎が怖いデスカ?」

 コウが言って、カナはうつむいた。

「……怖いよ。炎もあんたも」

「じゃあ早く逃げないと」

「あんたは結局……裏切ってても、おかあさんのところに残るの?」

 コウは肩をすくめた。

「そうデスネ」

「――私! あんたが何考えてるのか、やっぱり全然分からない!! いつも私1人で空回っちゃって、本当……バカみたいだ……!!」

「……」

 泣きそうな顔のカナに、コウが歩み寄った。

 そっと、頬に手が触れる。カナは驚いてコウを見上げた。

「まあ……この際だから、本当のこと教えてやろうか?」

「え……?」

「『炎のステージ』で、お前が何かしでかすってこと……最初からユエに聞いてた。知ってて、止められなかった。……ごめん」

「……! なんであんたが謝るの! 私の方、こそ……!」

「それと、もう1つ」

 少しだけためらう風にしてから、コウは、小さくため息をついた。

「記憶は全部くれてやる覚悟と言ったけど、正直言えば、いつも怖かったよ。いつか突然、お前のことも全部……消えてしまうんじゃないか、って……」

 見たことのないようなコウの表情に、カナは胸をつかれた。

「……コウ……!」

「だけどこうして、最後まで忘れなかった。もう……充分だ」

 充分だ。

 もう、思い残すことはない――

 そんな響きに感じられた。カナの目に、涙が溢れた。

「……嫌だ、やっぱり嫌だよ……! 行っちゃイヤだ……!!」

「……。じゃあ仕方ない。“約束”してやるから、早く逃げろよ」

 カナの手に、コウはあの鞭を押しつけた。

「また、これなの……?」

「縁起物らしいから。どうしてかは忘れたけど、お前がこれを持ってきた時……嬉しかった」

「……っ!!」

「ほら、行け」

 とんっと突き放されたカナは、鞭を抱きしめ、叫んだ。

「私、そんなに気が長くないから! 早く戻ってこないと、あんたのことなんて忘れちゃうんだからね!!」

「……心しておきマスヨ」

「だから!! 絶対……戻ってきて……!!」

 カナはくるりと身をひるがえし、駆け去った。コウはひらひらと手を振り、来た道をまた戻っていった。



         ++++++



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