心臓 -2-
「げ……マジかよ!」
決して忘れていたわけではなのだが、急なことで、セイジは焦った。来た道にまじないがかかっていたため、戻りの道がどの程度のものか見当がつかない。
全員が逃げ切るまで、セイレーンの力は持続できるのか――?
「……セイジくん、カナちゃん……」
そんなところへ足下から声がして、セイジは軽く目を見張る。
「え……ユエ?」
「逃げて……ここにいてはだめ……! ここはもうすぐ燃え尽きる! あたしは……あなた達の命がほしかったわけじゃない……!!」
ユエは小さくうずくまり、か細い声で続けた。
「ただ……あの方の血を、あたしが受け継ぎたかった……それだけなの……」
「――セイジ」
ぽんと、アオイがセイジの肩を押した。
「ここが燃えだす前に。行け」
「えっ……いや、待てよ、お前は?」
「僕は残る。まだ……するべきことがある。それが今、分かった」
「はあ!?」
アオイは横に移動して、セイジとユエを遮るように立った。
「行ってくれ。……頼む」
「セイジ……言ってるでしょう、もう時間がないわ」
セイレーンがビッグに支えられながら歩み寄ってきた。後ろからはリアラも。セイジはぎくりとした。
「お前ら、まさか……」
「私達もここに残るわ。5つの間に選ばれた、最後の責任を果たすために……」
「冗談……!! セイレーンお前! ゲンのオッサンはどうする気だよ!! ビッグ、エリがお前のこと待ってんだぞ!?」
するとビッグが、困ったように笑った。
「そうだな。いつか会えたら……『また遊ぼう』と、エリに伝えてくれ」
「セイジさん、カナさん。あなた達は何が何でも生き延びて。サトちゃんもきっと、それを望んでる……!」
リアラもまた、アオイのそばに立った。そしてセイレーンがセイジをきつく睨んできた。
「早く行きなさい。さもないと……今度は、私達5人が相手になるわ」
「……!!」
もはや、彼らの意志を動かすことなどできない――
セイジはそう悟り、ぎりりと歯噛みした。
「……ああ、分かったよ!! 恨むぞお前ら……!!」
「気を付けてね。あなた達に水の加護がありますように……」
一転して、セイレーンが微笑んだ。セイジはそれを睨み返し、カナをつかまえて彼らに背を向けた。
そんなカナの後ろ姿を、床に座ったままのコウが見ていた。――と。
「イテッ」
「コウ。お前はさっさと行ってこい」
いきなり後ろから蹴りつけたアオイが、強引にコウを立たせた。
コウは背中をさすりながら、他の3人を見た。全員が「早く行け」という顔をしていた。
「……。あー、もう!」
コウは足早に歩き出す。たった今2人の姿が消えたばかりの垂れ幕をくぐると、セイジとカナは、まさに『間』を出ようとしているところだった。
先に気づいたセイジがカナに合図した。ふり返ったカナが息を呑む。
セイジは、カナの背を押し出した。
「絶対、来いよ」
「……分かってる……」
セイジはすぐに部屋を出ていった。
室温が上がっているようだった。火の手はもう、間近に迫っているのかもしれない。
「まだ……炎が怖いデスカ?」
コウが言って、カナはうつむいた。
「……怖いよ。炎もあんたも」
「じゃあ早く逃げないと」
「あんたは結局……裏切ってても、おかあさんのところに残るの?」
コウは肩をすくめた。
「そうデスネ」
「――私! あんたが何考えてるのか、やっぱり全然分からない!! いつも私1人で空回っちゃって、本当……バカみたいだ……!!」
「……」
泣きそうな顔のカナに、コウが歩み寄った。
そっと、頬に手が触れる。カナは驚いてコウを見上げた。
「まあ……この際だから、本当のこと教えてやろうか?」
「え……?」
「『炎のステージ』で、お前が何かしでかすってこと……最初からユエに聞いてた。知ってて、止められなかった。……ごめん」
「……! なんであんたが謝るの! 私の方、こそ……!」
「それと、もう1つ」
少しだけためらう風にしてから、コウは、小さくため息をついた。
「記憶は全部くれてやる覚悟と言ったけど、正直言えば、いつも怖かったよ。いつか突然、お前のことも全部……消えてしまうんじゃないか、って……」
見たことのないようなコウの表情に、カナは胸をつかれた。
「……コウ……!」
「だけどこうして、最後まで忘れなかった。もう……充分だ」
充分だ。
もう、思い残すことはない――
そんな響きに感じられた。カナの目に、涙が溢れた。
「……嫌だ、やっぱり嫌だよ……! 行っちゃイヤだ……!!」
「……。じゃあ仕方ない。“約束”してやるから、早く逃げろよ」
カナの手に、コウはあの鞭を押しつけた。
「また、これなの……?」
「縁起物らしいから。どうしてかは忘れたけど、お前がこれを持ってきた時……嬉しかった」
「……っ!!」
「ほら、行け」
とんっと突き放されたカナは、鞭を抱きしめ、叫んだ。
「私、そんなに気が長くないから! 早く戻ってこないと、あんたのことなんて忘れちゃうんだからね!!」
「……心しておきマスヨ」
「だから!! 絶対……戻ってきて……!!」
カナはくるりと身をひるがえし、駆け去った。コウはひらひらと手を振り、来た道をまた戻っていった。
++++++




