レクイエム -5-
「……お、わっ!?」
ぐらりと大きく足下が揺れ、セイジは思わず声を上げた。
続いてドンッと衝撃が走る。とっさにカナを抱いて姿勢を低くしたセイジは、それ以上何もないことが分かると、そっと顔を上げた。
周囲は真っ白な空間に変化していた。そして目の前には、鉄色の扉があった。
「俺達……何もしてないよな? サトルとアンティークが何か見つけてくれたのかな」
「なら、2人が中にいるのかもね」
多少の緊張感は保ちながら、セイジは扉に触れた。と、扉はひとりでに開き、ひとりでに、セイジとカナを招き入れた。気づいた時には、2人はもう部屋の中だった。
「――あ! お前ら……!?」
先客が一斉にこちらを見た。
「あれ? 呼ぶ前に自分から来ちゃいましたヨ、この人」
「セイジ……! よくここまで無事で!」
「役者がそろったとはこのことね。これも運命だというのかしら……?」
コウ、ビッグ、セイレーンが立て続けに言った。セイジは頬を引きつらせた。
「ご、5人揃うと、なかなかの迫力だな」
「あんた達、なんで……アオイも一緒なんて!」
カナが警戒してメテオを構えた。しかし、アオイの代わりに進み出たのは、真っ青な顔をしたリアラだった。
「セイジさん……! サトちゃんは? どこ!?」
「へ? サトルなら、アンティークと一緒に西の通路から――」
言いかけた、その時。
突然襲い来た喪失感に、セイジはびくりと身体を震わせた。
「……え? ……アンティーク……?」
「どうかしたの」
「アンティークの気配が……消えた……」
カナが何か答えるより早く。リアラが、悲鳴を上げた。
「サトちゃん……!!」
「な……なんだよ、何が起こって……!」
――『運命の間』西フロアで火災が発生しました
全員、速やかに避難してください――
ピエロゲームの時とは違う警報音がこだました。リアラが両手で顔を覆った。
「セイジ……西フロアって!」
「サトルとアンティークがいる場所じゃねーか!?」
セイジは部屋を飛び出そうとした。が、その前に、リアラに手を掴まれた。
「待って! どこに行くの!?」
「決まってる、2人を助けに行くんだよ!!」
「無駄よ!! もう……間に合わない……!」
「まだ分からないだろ!?」
「分かるよ!! 私の身体は、サトちゃんにもらったんだもの!!」
リアラの悲痛な叫びに、セイジの身体から力が抜けた。頭の中がぐらぐらと揺れているようだった。
ビッグが、悼むように目を伏せた。
「『許可なく団長室へ立ち入れば、滅びの道を歩むことになる』。……誰かが犠牲にならなければここへはたどり着けない、という意味だったようだな……」
「……嘘……だろ……?」
セイジも本当は感じていた。
アンティークはもう、どこにもいない。
――セイジ……ありがとうございました
――セイジ、カナちゃんを守ってあげてね――
「……!! 最初から、こうなるって分かってたのか!?」
だんっと壁をたたき、今はいない2人に怒鳴りつける。
「ふざけんなよ!! 俺はあいつらに、礼も何も言ってねぇぞ!? 2人がいなかったら、俺が……死んでたかもしれないのに……!!」
「気持ちは察するけれど、立ち止まっている暇はないわよ、セイジ」
冷徹とも思える声が聞こえた。セイジはセイレーンに目を向けた。
彼女だけでなく、リアラを含めて、5人全員の視線がセイジに注がれている。
「やることがあるからこそ、ここへ来たのよね? 早くしないとこちらにも火の手がまわってくるわ」
「それとも、ここは逃げマスカ? 参考までに言っときますケド、この団長室に“無傷”で入れるのは、僕らもこの1回だけデスヨ」
「我々もユエのことを相談するために来た。しかしまだ結論を出せずにいたところだ。こうなった以上……新しい団長が決定を下すなら、それに従おうと思う」
ビッグの言を受けて、アオイが壁の垂れ幕を指さした。
「ユエはこの奥だ。『セイジ』、お前はここへ何をしに来た?」
5人とカナに注視され、セイジはのろのろと、アオイに視線を移す。
「……俺達は……ユエの持ってる、アオイの札を壊しに……」
「その必要はない。――僕の札は、ユエ自身が壊した」
え、とリアラが動揺の声を漏らした。アオイは驚いた様子のビッグ達をふり返り、寂しげに微笑した。
「もう僕は……いらないそうだ」
「『人格』が、戻ったってこと……?」
つぶやいたカナに、アオイがうなずく。
「だから『首』も、もういらない」
「……!」
「決断を。お前はユエをどうするつもりだ、セイジ」
セイジはアオイが示した赤い垂れ幕を見る。
耳障りな警報が鳴り続ける中、心はだんだんと、暗い怒りに支配されていく。
「……『ユエ』……あいつの、せいで……!」
「――殺すの?」
カナに強く手をつかまれ、セイジははっとした。
「ユエを殺して、2人の仇をとるの?」
「……」
「おじいちゃんとの約束があるんでしょ? それって、あの人形との約束でもあったんじゃないの? それを破ったら……後悔、しない?」
カナの手は震えていた。これは、命を奪うということを知っている手だ。
セイジにはそれをさせたくないと――伝わってくる。
「……カナ」
「え? ……あっ」
「ごめん。少しだけ……」
セイジはカナを、ぎゅっと抱きしめた。カナは一瞬だけ硬直したが、ぎこちなく手を伸ばし、セイジの背をたたいた。
その暖かさを確認する。
別れ際にアンティークが守れと言った、大切なモノ――
「俺は……ユエの、『力』を奪う」
セイジは顔を上げた。
心臓を絞るような胸の痛みは消えない。――それでも。
「また何かしでかす前に、あいつを無力化してやる。あんた達にも手を貸してほしいんだ。……頼めるか?」
「……。安心したわ」
ざあっと、セイレーンの周りで水柱がたった。しかし実際に水はなく、ただ、大気が薄青く染まった。
「ユエほどの力はないけど、この水の結界で延焼を遅らせることくらいはできる。……あなたが私心でユエを殺そうとしたら、私も考えるところだったわよ」
「私もだ。止めはしないが、手を貸すことはなかったかもしれないな」
ビッグが他の4人を見渡し、目を合わせて確認した。
セイレーン、リアラ、アオイはそれぞれにうなずいた。コウは1人、やや遠い目をしてため息をついた。
「ま、仕方ないデスネ……」
「決まりだな。――我ら5人は、正統なる『団長』の血に従う。力を貸そう、セイジ」
「……ねえ、そろそろ離してってば」
カナがセイジを押し返し、つんと横を向いた。
「こんなことするの……今回だけだからね」
「……ああ」
セイジはなんとか、笑うことができた。それから静かに深呼吸をする。
これ以上、ぐずぐずしてはいられない。
「よし。――行こう」
ぶあつい垂れ幕に手をかける。セイジはそれを、一気に引いた。




