第六話 消えた神隠し
「子供がいなくなったんです。」
依頼人の女性は泣いていた。
神社の社務所。
悠真と夜月は向かいに座っている。
「警察にも連絡しました。」
「学校にも。」
「友達にも聞きました。」
女性は震える声で続けた。
「でも見つからないんです。」
夜月は静かに話を聞いていた。
途中で口を挟まない。
責めない。
否定しない。
ただ最後まで聞く。
「お名前は?」
「高橋健太です。」
「十歳。」
夜月は小さく頷いた。
「最後に見た場所は?」
「神社の裏山です。」
その言葉に。
夜月の表情が少しだけ変わった。
悠真は見逃さなかった。
依頼人が帰った後。
悠真は聞く。
「何か気になるのか?」
夜月は窓の外を見る。
裏山の方角。
「嫌な感じがする。」
「怪異?」
「分からない。」
その答えが一番怖かった。
翌日。
二人は裏山へ向かっていた。
神社の関係者以外ほとんど入らない場所。
古い山道。
木々が生い茂っている。
「本当にいるのか?」
「いる。」
「また見えるのか。」
「見える。」
「便利だな。」
夜月が少しだけ笑った。
しかしその表情はすぐ消える。
「おかしい。」
「何が。」
「静かすぎる。」
確かに。
鳥の声が聞こえない。
風もない。
妙な静寂。
まるで山全体が息を潜めているようだった。
「帰りたい。」
「だめ。」
「即答だな。」
「来たのはあなた。」
「連れてきたのはお前。」
そんな会話をしながら進む。
だが三十分ほど歩いた頃。
悠真は違和感を覚えた。
「なあ。」
「何。」
「あの木。」
夜月も見る。
目印にしていた大きな杉。
さっき通った。
確かに通った。
「……。」
夜月が黙る。
「夜月。」
「うん。」
「これ。」
「うん。」
「迷ってるよな。」
「迷ってる。」
即答だった。
「怖いこと言うな。」
「事実。」
二人は同じ場所をぐるぐる回っていた。
一本道のはずなのに。
「スマホは?」
「圏外。」
「こっちも。」
夜月は立ち止まる。
そして静かに目を閉じた。
深く息を吸う。
懐から札を取り出す。
「道を示せ。」
小さく呟く。
札を指先で折る。
何も起きない。
少なくとも悠真には。
しかし夜月は頬を押さえた。
顔色が少し悪い。
「大丈夫か?」
「大丈夫。」
「絶対大丈夫じゃない顔してる。」
「大丈夫。」
「説得力ないぞ。」
夜月は無視した。
そして歩き出す。
しばらく進む。
すると。
古い祠が見えてきた。
苔むした小さな祠。
長い年月放置されていたのだろう。
半分崩れていた。
夜月が立ち止まる。
「いた。」
「子供か?」
「うん。」
悠真は目を凝らす。
何も見えない。
だが夜月の視線の先には。
確かに何かがいるらしい。
「健太くん。」
夜月が優しく呼ぶ。
返事はない。
「怖かったね。」
しばらく沈黙。
やがて。
小さな男の子が姿を現した。
夜月にだけ見える。
泣いていた。
「帰れない。」
「うん。」
「帰りたい。」
夜月はしゃがむ。
目線を合わせる。
「大丈夫。」
「一緒に帰ろう。」
男の子が頷く。
その時だった。
夜月の表情が変わる。
男の子の後ろ。
祠の奥。
そこに何かがいた。
人ではない。
霊でもない。
それなのに。
強い存在感がある。
「夜月?」
「動かないで。」
低い声だった。
悠真も息を飲む。
空気が重い。
何かいる。
見えないのに分かる。
祠の奥から声がした。
『帰るな。』
低く。
寂しそうな声。
夜月は男の子を庇うように前へ出る。
「あなた。」
『帰るな。』
「どうして?」
『一人になる。』
夜月の目が少し細くなる。
「そう。」
『皆いなくなる。』
『忘れる。』
夜月は静かに頷いた。
「寂しかったのね。」
悠真は驚く。
そんな状況で最初に出る言葉がそれなのか。
存在は黙る。
夜月は続けた。
「昔ここで祀られていたの?」
沈黙。
そして。
小さな肯定。
夜月は理解した。
かつてこの土地を守っていた存在。
だが時代と共に忘れられた。
祠は壊れ。
名前も失われた。
誰にも思い出されないまま。
一人になった。
だから。
子供を連れて行った。
友達が欲しかった。
ただそれだけだった。
「帰してあげて。」
夜月が言う。
『嫌だ。』
「この子には家族がいる。」
『嫌だ。』
空気が震える。
木々が揺れる。
夜月は深く息を吐いた。
「ごめん。」
その声は優しかった。
「でも。」
「この子は連れて帰る。」
夜月は札を取り出す。
「境を定める。」
「迷いを鎮める。」
「月代結界。」
空気が変わる。
悠真には見えない。
だが。
山の音が消えた。
風が止まる。
静寂。
圧倒的な静寂。
夜月の額に汗が浮かぶ。
顔色も悪い。
それでも前を向く。
「一人だったね。」
存在は震える。
「寂しかったね。」
夜月の声は変わらない。
「でも。」
「もう終わりにしよう。」
長い沈黙。
やがて。
存在は小さく呟いた。
『……忘れない?』
夜月は微笑む。
「忘れない。」
『本当に?』
「約束する。」
存在は静かに目を閉じた。
そして。
ゆっくり消えていった。
山に風が戻る。
鳥の声も聞こえた。
健太は無事保護された。
両親と再会し。
泣きながら抱きしめられていた。
夜。
神社。
事件は終わった。
だが夜月は社務所の畳で横になっていた。
「だから言っただろ。」
悠真が言う。
「無理するなって。」
「うるさい。」
「倒れてるじゃねぇか。」
「少し寝れば治る。」
「絶対治らないやつだろ。」
夜月は布団へ顔を埋める。
「うるさい。」
「子供か。」
「帰る?」
「その脅しやめろ。」
夜月は少しだけ笑った。
そのまま眠ってしまう。
静かな寝息。
悠真はため息をつく。
「無茶ばっかりだな。」
窓の外を見る。
月が出ていた。
その時。
夜月が小さく呟いた。
寝言だった。
「おかしい……。」
「ん?」
夜月は目を閉じたまま言う。
「見てたのは……私じゃない……。」
悠真は首を傾げる。
「何がだ?」
返事はない。
夜月は眠ったままだった。
翌朝。
目を覚ました夜月に聞いてみた。
「昨日寝言言ってたぞ。」
「何て。」
「見てたのは私じゃないって。」
夜月の動きが止まる。
珍しく真面目な顔だった。
「覚えてない。」
「そうか。」
しばらく沈黙。
やがて夜月は窓の外を見る。
そして小さく呟いた。
「でも。」
「何。」
「たぶん間違ってない。」
「何が?」
夜月は悠真を見る。
少しだけ困ったような顔だった。
「あの土地神。」
「私を見て怯えてたんじゃない。」
「じゃあ誰を?」
夜月は答えない。
数秒。
悠真の後ろを見る。
まるで。
そこに誰かいるかのように。
「……分からない。」
その言葉だけ残して。
夜月は静かに視線を逸らした。




