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第五話 帰れない約束

事件から数日後。


神崎悠真は仕事帰りにスマホを見ていた。


夜月からのメッセージ。


『来て』


一言。


相変わらずだった。


『どこに?』


『神社』


『何の用?』


数秒後。


返信が来る。


『たい焼き』


悠真は思わず立ち止まった。


『怪異関係ある?』


『たぶん』


『たぶんってなんだ』


既読。


返信なし。


「絶対関係ないだろ……」


そう言いながら神社へ向かっている自分も大概だった。


夕方。


境内へ入ると、夜月はいつものベンチに座っていた。


案の定。


たい焼きを食べていた。


「やっぱり。」


夜月が顔を上げる。


「来た。」


「来ちゃったよ。」


「暇だった?」


「仕事終わりだ。」


「でも来た。」


「来ちゃったんだよ。」


「つまり来たかった。」


「違う。」


「そう。」


全然納得していない顔だった。


夜月は袋を差し出す。


「はい。」


「何。」


「たい焼き。」


「くれるの?」


「半分。」


「なんで半分なんだよ。」


「食べきれない。」


悠真は無言になる。


夜月も無言。


数秒。


「嘘だろ。」


「何が。」


「さっき団子食べてたろ。」


夜月が視線を逸らした。


「忘れて。」


「やっぱり嘘じゃねぇか。」


「細かい。」


「細かくない。」


夜月は少し頬を膨らませる。


「太るぞ。」


沈黙。


嫌な予感がした。


夜月がゆっくり振り向く。


笑顔だった。


目が笑っていない。


「帰る?」


「すみませんでした。」


即座に謝罪した。


夜月は満足そうにたい焼きを頬張る。


「理不尽だ……。」


「当然。」


「どこが。」


「全部。」


意味が分からなかった。


だが機嫌は良さそうだった。


風が吹く。


境内の木々が揺れる。


しばらく沈黙。


不思議と気まずくない。


夜月がぽつりと呟いた。


「でも。」


「ん?」


「嫌じゃない。」


悠真は首を傾げる。


「何が?」


「こういうの。」


「たい焼き?」


「違う。」


夜月は少しだけ視線を逸らした。


「人といるの。」


その言葉に悠真は少し驚く。


「友達いないのか?」


夜月が無言で睨む。


「冗談。」


「殴る。」


「すみません。」


夜月はため息をついた。


「別に一人でも平気。」


「そう見える。」


「でも。」


少しだけ間が空く。


「あなたといると静か。」


悠真は目を瞬いた。


「静か?」


「うるさくない。」


「褒めてる?」


「たぶん。」


「便利だな、その”たぶん”。」


「便利だから。」


「便利に使うな。」


夜月は小さく笑った。


自然な笑顔だった。


悠真は思わず見惚れる。


夜月が気付いた。


「何。」


「いや。」


「何よ。」


「たい焼き食べてるだけなのに絵になるなって。」


夜月が固まる。


数秒後。


顔を逸らした。


耳が赤い。


「……馬鹿。」


「褒めたんだけど。」


「うるさい。」


「なんで怒るんだよ。」


「うるさい。」


その時だった。


夜月の表情が変わる。


境内の奥。


古いベンチ。


そこに一人の女子高生が座っていた。


夕陽を見つめている。


「いた。」


「何が。」


「女の子。」


悠真は見る。


誰もいない。


「見えない。」


「知ってる。」


夜月はゆっくり歩き出した。


女子高生の前まで行く。


しゃがむ。


目線を合わせる。


そして優しく微笑んだ。


「こんばんは。」


少女は反応しない。


夜月は急かさない。


「今日は少し涼しいね。」


沈黙。


「待ち合わせ?」


少女の肩が少し震えた。


夜月は微笑む。


「そっか。」


「ちゃんと来てくれるといいね。」


少女の目から涙が零れた。


「ずっと待ってるの。」


「うん。」


「来ないの。」


「うん。」


夜月は否定しない。


ただ隣へ座る。


「好きな人?」


少女は小さく頷いた。


「約束してたの。」


「ここで会うって。」


夜月は静かに聞いていた。


少女は笑う。


泣きながら。


「告白する予定だったんだ。」


「勇気出したんだね。」


夜月が優しく言う。


少女は少し照れ臭そうに笑った。


その後。


二人は少女について調べ始めた。


藤崎美咲。


三年前。


高校二年生。


交通事故で亡くなっていた。


事故の日。


好きな人へ想いを伝える約束の日だった。


神社へ戻る。


夜月は少女の隣へ座る。


「好きだったの?」


少女は頷く。


「うん。」


「会いたい?」


「会いたい。」


夜月は優しく笑った。


「会わせてあげる。」


少女の目が大きくなる。


その時。


悠真が聞いた。


「夜月。」


「何。」


「好きな人とかいるの?」


夜月が固まる。


「急に何。」


「なんとなく。」


夜月は少し考える。


「いない。」


即答だった。


「即答だな。」


「いないから。」


夜月が聞き返す。


「あなたは。」


「ん?」


「好きな人。」


悠真は少し考える。


「今はいないな。」


夜月は小さく頷く。


「そう。」


少女がくすりと笑った。


「お兄ちゃんたち付き合ってるの?」


「違う。」


「違う。」


声が重なった。


少女は楽しそうに笑う。


「息ぴったり。」


夜月が顔を逸らす。


耳が少し赤かった。


「違う。」


「なんで怒るんだよ。」


「怒ってない。」


どう見ても怒っていた。


数日後。


二人は少女の想い人を見つけた。


大学生になっていた青年だった。


彼もまた。


三年前で時間が止まっていた。


神社のベンチ。


夕暮れ。


青年は震える声で言った。


「会いたかった。」


少女は泣いた。


青年も泣いた。


「ごめん。」


「もっと早く来ればよかった。」


少女は首を横に振る。


そして笑った。


夜月は静かに見守る。


その時だった。


少女が空を見上げた。


夕陽が沈んでいく。


「もっと生きたかったな。」


その言葉に。


夜月の表情が止まる。


少女は寂しそうに笑った。


「文化祭も。」


「卒業式も。」


「大学も。」


「やりたいこといっぱいあったんだ。」


声が震える。


「お母さんとも。」


「お父さんとも。」


「もっと一緒にいたかった。」


夜月は何も言わない。


ただ静かに聞いていた。


少女は笑う。


泣きながら。


「生きてる時は当たり前だと思ってた。」


「明日が来るの。」


「大人になるの。」


「全部。」


「でも違った。」


夕風が吹く。


「本当は当たり前じゃなかった。」


夜月は小さく目を閉じる。


少女は悠真の方を見る。


見えていないはずなのに。


それでも言った。


「だから。」


「生きてる人はちゃんと生きてね。」


「会いたい人に会って。」


「言いたいこと言って。」


「後悔しないでね。」


夜月が頷く。


「うん。」


「約束する。」


少女は嬉しそうに笑った。


「ありがとう。」


夜月は静かに手を振る。


「幸せになってね。」


少女は最後に笑った。


そして夕陽の中へ溶けるように消えていった。


帰り道。


しばらく沈黙が続いた。


やがて悠真が口を開く。


「夜月。」


「何。」


「霊ってさ。」


「うん。」


「みんな後悔してるんだな。」


夜月は少し考えた。


「後悔もある。」


「未練もある。」


「怒りもある。」


「愛情もある。」


風が吹く。


夜月は空を見上げた。


「でも一番多いのは。」


少しだけ寂しそうに笑う。


「生きたかった。」


悠真は黙る。


「もっと生きたかった。」


「もっと話したかった。」


「もっと笑いたかった。」


「もっと一緒にいたかった。」


「そういう人達。」


夜月は静かに続けた。


「だから私は。」


「生きてる人には生きてほしい。」


その言葉は。


霊媒師としてではなく。


東雲夜月自身の本音のように聞こえた。


しばらく歩いた後。


夜月がぽつりと言う。


「もし。」


「ん?」


「突然会えなくなったらどうする?」


「誰が。」


夜月は少しだけ迷う。


「私。」


悠真は眉をひそめた。


「縁起でもないな。」


「例えば。」


少し考える。


そして答えた。


「探す。」


夜月が立ち止まる。


「え?」


「探す。」


「見つからなかったら?」


「見つかるまで探す。」


夜月は何も言わなかった。


ただ。


少しだけ嬉しそうに笑った。


「……馬鹿。」


「なんで。」


「変な人。」


その声は。


どこか優しかった。

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