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第三話 東雲夜月という人

第二話の一件から三日後。


神崎悠真は会社のデスクで報告書をまとめていた。


問題になっていたアパート203号室。


あれ以来、怪奇現象は一度も起きていないらしい。


新しい入居希望者も見つかり、管理担当者は喜んでいた。


「偶然……だよな」


悠真は報告書を閉じる。


あの日のことを思い出す。


見えない少女。


見えない会話。


見えない別れ。


結局、自分は何も見ていない。


だから信じきれない。


だが、全部を偶然で片付けるには出来すぎていた。


その時。


スマホが震える。


夜月からだった。


『来て』


一言。


『どこに?』


『神社』


『なんで?』


『来れば分かる』


『雑すぎる』


既読。


返信なし。


「絶対面倒なやつだろ……」


そう呟きながらも、仕事終わりには神社へ向かっていた。


夕方。


街外れの神社。


鳥居の前に黒髪の女性が立っていた。


東雲夜月。


相変わらず目立つ。


通り過ぎる人たちが振り返るほどの美人だ。


本人はまったく気にしていない。


「来た。」


「来ちゃったよ。」


「暇だった?」


「仕事終わりだ。」


「でも来た。」


「来ちゃったんだよ。」


「つまり来たかった。」


「違う。」


「そう。」


全然納得していない顔だった。


夜月は鳥居の前で立ち止まる。


そして静かに一礼した。


悠真も慌てて真似をする。


「律儀だな。」


「当たり前。」


夜月はそう言って鳥居をくぐった。


参道の中央ではなく端を歩く。


悠真も隣へ並んだ。


「神社の人みたいだな。」


「違う。」


「霊媒師だろ?」


「それとこれとは別。」


夜月は真面目な顔になる。


「神社には神社のルールがある。」


「ルール?」


「参拝方法とか。」


夜月は境内を見渡した。


「よく変な参拝方法とか紹介してる人いるでしょ。」


「あー。」


「運気が上がるとか。」


「あるな。」


「神社が決めてるなら、それを守ればいい。」


夜月はそう言った。


「神社には神社の考え方がある。」


「そんなもんか。」


「そんなもの。」


境内の大きな御神木を見上げる。


立派な杉だった。


「御神木も同じ。」


「触ったらパワーもらえるとか?」


「勝手に決めない。」


即答だった。


悠真は思わず笑う。


「厳しいな。」


「神様の家にお邪魔してるだけなのに。」


「家?」


「そう。」


夜月は御神木を見上げる。


「人の家に行って勝手に家具触らないでしょ。」


「確かに。」


「同じ。」


少しだけ微笑む。


「参拝させてもらってる。」


「だから私は神社のルールを守る。」


その言葉には妙な説得力があった。


拝殿へ到着する。


夜月は賽銭を入れ、鈴を鳴らし、丁寧に参拝した。


悠真も隣で頭を下げる。


しばらくして参拝を終える。


「何お願いしたんだ?」


夜月は首を傾げた。


「お願い?」


「神社ってお願いする場所じゃないのか?」


「違う。」


「違うのか?」


「私は挨拶。」


夜月は空を見上げた。


「いつもありがとうございます。」


「今日も参拝させていただきます。」


「見守ってくださってありがとうございます。」


「それだけ。」


悠真は少し意外だった。


「願い事は?」


「別に。」


「しないんだ。」


「感謝が先。」


そう言った横顔はどこか穏やかだった。


神社を出た後。


夜月は境内のベンチへ向かい、当然のように腰を下ろした。


その手には団子。


いつの間に買ったのか分からない。


「何してるんだ?」


「おやつ。」


「さっきまで神聖な空気だったのに。」


「団子は大事。」


「怪異より?」


「怪異の次くらい。」


「順位高いな。」


夜月は一本差し出した。


「はい。」


「え?」


「一個あげる。」


「珍しい。」


「いらないなら返して。」


悠真は慌てて受け取る。


「もらう。」


「現金。」


「団子は別。」


夜月は少しだけ笑った。


二人並んで団子を食べる。


端から見れば完全にデートだった。


本人たちは気付いていない。


「美味しい。」


夜月が満足そうに呟く。


「機嫌いいな。」


「団子だから。」


「安いな。」


「失礼。」


少しだけ頬を膨らませる。


悠真は吹き出した。


「そんな顔もするんだな。」


「どんな顔。」


「年相応。」


夜月がじっと睨む。


「私、二十四。」


「知ってる。」


「年相応。」


「普段が大人っぽすぎるんだよ。」


夜月はそっぽを向く。


耳が少し赤かった。


「というか。」


悠真が言う。


「よく考えたら俺たち何してるんだろうな。」


「団子食べてる。」


「そうなんだけど。」


「怪異探しに来たんじゃないのか。」


「その前に団子。」


「優先順位。」


夜月は真面目な顔になる。


「怪異が逃げるかもしれない。」


「うん。」


「団子もなくなるかもしれない。」


「うん?」


「つまり団子が先。」


「その理論で霊媒師やって大丈夫か?」


「大丈夫。」


即答だった。


「不安しかない。」


風が吹く。


木々が揺れる。


境内に心地よい音が響いた。


しばらく沈黙。


不思議と気まずくない。


夜月がぽつりと呟く。


「でも。」


「ん?」


「嫌じゃない。」


悠真は首を傾げた。


「何が?」


「こういうの。」


「団子?」


「違う。」


夜月は少し視線を逸らした。


「人といるの。」


その言葉に悠真は少し驚く。


「友達いないのか?」


夜月が無言で睨む。


「冗談。」


「殴る。」


「すみません。」


夜月はため息をつく。


「別に一人でも平気。」


「そう見える。」


「でも。」


少しだけ間が空いた。


「あなたといると静か。」


悠真は目を瞬いた。


「静か?」


「うるさくない。」


「褒めてる?」


「たぶん。」


「その”たぶん”便利だな。」


「便利だから。」


「便利に使うな。」


夜月は小さく笑った。


自然な笑顔だった。


悠真は思わず見惚れる。


夜月が気付いた。


「何。」


「いや。」


「何よ。」


「団子食べてるだけなのに絵になるなって。」


夜月が固まる。


数秒後。


顔を逸らした。


耳が真っ赤だった。


「……馬鹿。」


「褒めたんだけど。」


「うるさい。」


「なんで怒るんだよ。」


「うるさい。」


悠真は首を傾げる。


夜月は団子を食べるふりをしながら視線を合わせない。


その姿が少しだけ可愛かった。


その時だった。


夜月の表情が変わる。


神社の入口付近。


小さな男の子が立っていた。


泣いている。


「迷子か?」


悠真が言う。


夜月は首を横に振った。


「違う。」


「知り合い?」


「違う。」


「じゃあ何?」


夜月は男の子を見つめる。


「……やっぱり見えないのね。」


悠真はため息をつく。


「まさか。」


「そのまさか。」


男の子は霊だった。


夜月はゆっくりしゃがむ。


目線を合わせる。


そして驚くほど優しい声で語りかけた。


「こんばんは。」


男の子は泣いていた。


「怖がらなくていい。」


「私はあなたを傷つけない。」


夜月は微笑む。


「お家に帰ろうか。」


男の子は首を横に振る。


「帰れない。」


「どうして?」


「わからない。」


夜月は小さく頷いた。


責めない。


急かさない。


ただ隣に座る。


「大丈夫。」


「一緒に探そう。」


悠真はその姿を見つめていた。


霊は見えない。


でも。


夜月が誰かを本気で救おうとしていることだけは分かった。


そしてそれは。


とても綺麗なことのように思えた。

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