第28話 最後の抵抗
通路は、すでに完全に静まり返っていた。
それから先、俺たちの前に魔導兵器が現れることはなかった。
「ねえねえ、シュン君って結局どれくらい強いの?」
通路を歩いている間も、沙耶香は俺の周りをうろうろしながら質問を続けていた。
「というか、シュン君の魔力ランクって……もしかして、あれも嘘なの?」
……後悔した。
やっぱり沙耶香の前で、あそこまで力を見せるべきじゃなかった。
おかげで完全に目をつけられてしまった。
「俺の魔力ランクは、本当にあのままだって言ったら信じる?」
沙耶香は迷うことなく首を横に振った。
「信じない」
……だよな。
「自分がどれくらい強いのかは言えないけど、見ての通り、魔法はそれなりに使える」
「じゃあ、さっき機械を全部止めたのも魔法?」
「ああ。魔法干渉って聞いたことあるか?」
沙耶香は少し考え込んだ。
「相手がうまく魔法を使えなくなるようにするやつ……? 本で読んだことがあるくらいだけど」
「だいたいそんな感じだ。原理としては電磁妨害に近い」
俺は説明を続ける。
「魔力の流れに干渉して、魔力回路に異常を起こしたり、機能を大幅に低下させたりする」
「じゃあ、あの機械たちもそのうちまた動き出すの?」
俺はうなずいた。
「時間の問題だな」
沙耶香は通路の脇に転がっている魔導機械を見ながら、納得したように何度かうなずいた。
そして突然、少し早足になって俺の前へ出る。
「たまに、本当に羨ましいなって思うんだ」
「羨ましい?」
「シュン君みたいな天才って、どんな魔法でもすぐ覚えられる感じがするから……お姉ちゃんもそうだし」
天才……か。
沙耶香から見れば、確かに俺はそう見えるのかもしれない。
でも。
俺は別に、天才なんかじゃない。
ただ幼い頃から、普通の人間よりずっと厳しく――
そして、ずっと長い時間。
修行を続けてきただけだ。
もし俺も他の人たちと同じスタート地点に立っていたのなら。
今の魔力ランクこそ、本来の俺に相応しいものだったのかもしれない。
「天才か……」
俺は少し考えてから言った。
「こんなこと言っても、あんまり慰めにはならないかもしれないけど」
「うん?」
「才能より、努力のほうが頼りになることもあるぞ」
沙耶香が一瞬きょとんとする。
「それって……私を励ましてくれてるの?」
「たぶん」
「ぷっ……」
沙耶香が小さく笑った。
「ありがとう、シュン君」
その頬が、ほんの少しだけ赤くなったように見えた。
なぜだろう。
さっきまで少し重かった空気も、それだけで多少和らいだ気がする。
その後、通路に魔導機械が現れることはなかった。
そのおかげで、俺たちは思ったよりも早く最後の部屋へ辿り着いた。
「カミラちゃん!」
部屋へ足を踏み入れた瞬間、沙耶香が叫んだ。
そこにいたのは――
部屋の端で拘束されているカミラ。
そして大量の自律型魔導装甲。
その奥には、すでに戦闘態勢に入っている見知らぬ男が立っていた。
ただし。
その男が対峙している相手は、俺と沙耶香ではなかった。
「どうやら、少し遅かったみたいだな」
男の前には、すでに戦闘準備を整えている花穂、ドナグ、リンの三人。
そして――
もう一人。
「やっぱり最後は、自分で来たんだな。オーサンワ・エリック」
エリック教授は、自作と思われる拳銃型の武器を手にしていた。
その銃口は、まっすぐ男へ向けられている。
今回のエリック教授は投影なんかじゃない。
間違いなく本人だ。
やっぱり。
さっきからずっと、誰かが俺たちのあとを追って倉庫へ入ってきたような気配がしていた。
まさか。
それがエリック教授だったとは。
「考え直したんだ」
エリック教授は銃口を下げないまま答えた。
「やっぱり娘の状態くらい、自分の目で確認するべきだと思ってな」
「研究室に隠れて何もしないよりは、よっぽどマシだ」
「こ、これは一体どういう状況なの……?」
沙耶香は完全に状況についていけていないようだった。
まあ。
俺も似たようなものだけど。
「エリック教授が……助けてくれた」
いつの間にか、リンが俺たちのそばまで来ていた。
いつも通りの淡々とした口調で説明する。
「大量の魔導機械に囲まれた……でも、教授が全部止めてくれたから……私たちは早くここまで来られた」
なるほど。
エリック教授なら、本物の電磁妨害装置みたいなものでも使ったんだろうか。
「結局、お前だって武器を俺に向けてるじゃないか!」
見知らぬ男が怒鳴る。
周囲の自律型魔導装甲も、それに反応するように一斉に銃口をエリック教授へ向けた。
「俺とお前は違う」
エリック教授は静かに言った。
「俺は、自分を強く見せるために武装したわけじゃない」
「自分を武装することの何が悪い!」
男の声は、さらに荒くなった。
ただ……
俺たちからすれば。
二人が何について言い争っているのか、さっぱり分からない。
これって……
喧嘩なのか?
「ハヴィック!」
エリック教授が男の名前を呼んだ。
「何度も言ったはずだ!」
「俺たちがこうした技術を研究するのは、社会をより良くするためだ!」
「本来の目的?」
ハヴィックと呼ばれた男が鼻で笑った。
「お前たちの言う『本来の目的』ってやつは――」
その表情が歪む。
「結局、『条件を満たした人間』にしか認められないものなんじゃないのか!」
ハヴィック……
どうやら、それがこの男の名前らしい。
そして。
社会。
条件。
本来の目的。
二人の会話から察するに、過去に何かあったのは間違いなさそうだ。
「ハヴィック……?」
花穂がわずかに眉をひそめる。
「もしかして、二年一組のハヴィック・スターリング?」
「正解だよ、二年四組の神代花穂」
その言葉が終わった直後。
一機の自律型魔導装甲が花穂へ攻撃を仕掛けた。
だが。
花穂は軽く身体を横へずらしただけで、それを避ける。
「どうしてカミラさんを誘拐したの!」
「これが俺の最後の抵抗だからだ!」
再び魔導装甲が攻撃する。
花穂はそれも簡単に避け、そのまま片手を上げた。
『貫け――雷箭!』
轟ッ!
雷光が一瞬で装甲を貫いた。
反対側では、ドナグが紅蓮槍を振るい、迫ってくる自律型魔導装甲を次々と打ち倒している。
「どんな理由があっても、生徒を誘拐していい理由にはならない!」
ドナグが紅蓮槍の切っ先をハヴィックへ向けた。
「今すぐカミラさんを解放しろ!」
「見ただろ、ハヴィック」
エリック教授はまだ銃を構えたままだ。
「お前の今のやり方を、正しいと思う人間なんていない」
「黙れ……」
ハヴィックが俯く。
次の瞬間。
勢いよく顔を上げた。
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
感情が完全に爆発していた。
「お前たちみたいな奴らに、弱い人間が何を考えてるかなんて分かるわけないだろ!」
「だからといって、それが魔導装甲を作り、こんなことまでした理由になるわけじゃない!」
エリックも一歩も引かない。
「黙れ!」
ハヴィックが片手を突き出した。
白い光線が、一瞬でエリック教授へ向かって放たれる。
ガキン!
その前へドナグが飛び出した。
紅蓮槍を正面に構え、光線を受け止める。
あれは……
光魔法か。
どうやらハヴィックの魔法属性は光らしい。
ただ――
俺はドナグの手に握られた紅蓮槍を見る。
おかしい。
どうして、あの槍はあんなに長時間実体を維持していられる?
「ドナグは魔法騎士団に入ってから……正式な訓練を受けた」
俺の視線に気づいたのか、リンが再び口を開いた。
「今の紅蓮槍は……もうただの魔法じゃない」
「彼専用の武器になってる」
なるほど。
武器魔法を、さらに武装として定着させたのか。
武器魔法の武装化。
それは、十分に習熟した武器魔法を、本人専用の象徴的な武器として固定する技術だ。
一度武装化してしまえば。
次からは使用するたびに、大量の魔力を消費して一から召喚する必要がなくなる。
「そっちが先に攻撃したなら、俺も遠慮しないぞ!」
ドナグの空いている手に炎が集まる。
次の瞬間。
火球が一直線にハヴィックへ飛んでいった。
轟ッ!
一機の自律型魔導装甲が即座にハヴィックの前へ入り、その攻撃を代わりに受ける。
爆発が収まると。
装甲はそのまま地面へ倒れた。
残りは――
あと一機。
花穂も、もう雷箭は使わなかった。
雷属性の魔力が彼女の掌へ急速に集まり、鋭い雷の刃を形成していく。
次の瞬間。
花穂の姿が残像のように消えた。
バチィッ――!
雷刃が、何の抵抗もなく最後の自律型魔導装甲を貫く。
大量の火花を散らしながら。
装甲は轟音と共に倒れた。
これで。
倉庫の中でまだ戦えるのは、ハヴィックだけ。
そして――
机の上に置かれた、あの機械だけだ。
状況は明らかにハヴィック不利。
ハヴィックはカミラを人質にして時間を稼ごうとしたようだが。
残念ながら。
花穂とドナグは、その隙すら与えなかった。
バン!
ガキン!
ほんの数度の攻防。
それだけで、ハヴィックは二人によって床へ叩き伏せられた。
……弱いな。
どうやらハヴィックは、魔導機械に頼りすぎているらしい。
魔法そのものは決して弱くない。
だが。
実戦経験が明らかに足りていない。
俺が手を出す必要すらなく、花穂とドナグだけで決着がついてしまった。
ひとまず終わったと判断したのか。
沙耶香はすぐに机の近くへ走り、置かれていた鍵を手に取った。
そしてカミラの拘束を解いていく。
「カミラちゃん! 大丈夫?」
「……うん」
その一方で。
エリック教授は、床に倒れたハヴィックのそばへゆっくりと歩いていった。
銃口こそもう向けていない。
だが。
その手には、まだしっかりと銃が握られている。
「終わりだ、ハヴィック」
「……終わり?」
ハヴィックは俯いたまま。
その口元に――
突然、小さな笑みを浮かべた。
「いや」
「まだだ……」
ゴゴゴゴゴ――!
突然。
倉庫全体が激しく揺れ始めた。
俺はすぐに周囲を見回す。
……どうやら。
まだ、そう簡単には終わってくれないらしい
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