第27話 防御系魔法
鎖がぶつかり合う音が、薄暗い部屋の中に何度も響いていた。私は何度か身体を動かしてみたが、手首を拘束している鎖はまったく緩む気配がない。
「無駄に暴れるのはやめておけ」
男は顔すら上げなかった。
「わざわざお前を縛っておいて、魔法を使える余地まで残してやるほど俺は馬鹿じゃない」
……なるほど。
この鎖には、魔力を封じる素材が使われているらしい。
「ずいぶん用意周到なのね」
どうせ抜け出せないのなら、これ以上無駄に体力を使う意味もない。
私は抵抗するのを諦め、代わりに周囲を観察することにした。
少なくとも今のところ……
この男から、私を殺そうとする気配は感じない。
「これ……全部あなた一人で作ったの?」
私は周囲を見回した。
壁際には、さまざまな魔導装甲の部品が積み上げられている。
組み立て途中の腕や脚部装甲。
すでに完成している機体まであった。
「ああ。動けばそれでいい。どうせ実験用だからな」
「……じゃあ、完成してるあれも全部試作品?」
部屋の中へ視線を巡らせる。
自律型魔導装甲。飛行型魔導機械。それから、砲台のように見える装置がいくつか。
「他に何だと思った?」
男は、そんなことは当たり前だと言わんばかりに答えた。
「本当に大事な物を、あんな廃材で作るわけないだろ」
そう言いながらも、男の手は止まらない。
目の前にある魔導装甲を組み立てながら、隣のモニターに表示された赤い光点の動きも確認している。
「そういえば」
私は改めて男を見る。
「あなた、一体誰なの? どうしてお父さんとの写真なんて持ってるの?」
男の手が止まった。
ほんの一瞬。
沈黙が流れる。
「ハヴィック・スターリング」
男は淡々と答えた。
「二年A組だ」
「ハヴィック……」
「ああ」
ハヴィックは机の上に置かれた写真へちらりと目を向ける。
「お前が普段から研究棟に出入りしてるなら、名前くらい聞いたことがあるかもしれないな」
「……ないけど」
「……」
彼の手が一瞬だけ止まった。
「そうか」
……なんでちょっと残念そうなのよ。
「前は研究棟の実習生として、お前の父親の下で研究を手伝っていた」
「その写真は、その証拠みたいなものだ」
「なるほど……」
答えを聞いたあと、私はそれ以上追及しなかった。
少なくとも今のところ。
向こうから詳しい事情を話すつもりもなさそうだ。
そのとき――
「お?」
ハヴィックが突然モニターへ目を向けた。
画面に表示されていたいくつかの赤い光点が、はっきりと動き始めている。
彼の口元がわずかに吊り上がった。
「どうやら、ようやく動き始めたみたいだな」
ハヴィックは作業の手を止める。
「それじゃあ……」
「こいつらの性能を試させてもらうとするか」
*****
倉庫の中へ入ってしばらくすると。
周囲で停止していた魔導機械が、俺たちの存在を感知したかのように次々と起動し始めた。
「ん?」
先頭を歩いていた花穂が真っ先に異変を察知し、その場で足を止める。
次の瞬間――
二機の高速飛行型魔導機械が、壁の内部から飛び出してきた。
機体の下部には、それぞれ砲身が取り付けられている。
そして今――
その砲口は、まっすぐ俺たちへ向けられていた。
俺はすぐに魔眼で確認する。
やっぱり。
こいつらも魔力で動いている。
バン! バン!
ほとんど前触れもなく、二機の飛行型魔導機械が同時に砲撃を開始した。
赤色と黄色。
二種類の魔力弾が、まっすぐこちらへ飛んでくる。
武器そのものも、魔法を基礎にして作られているらしい。
「危ない!」
花穂が素早く両手を合わせる。
そして――
勢いよく左右へ開いた。
『展開せよ――電網!』
大量の雷光が俺たちの目の前で交差する。
あっという間に、巨大な網のような雷の障壁が展開された。
ドン! ドン!
二発の魔力弾が電網へ激突し、その場で爆発する。
爆風と煙が広がった。
しかし、攻撃は花穂の防御を突破できない。
「次は――」
全員が無事なのを確認すると、花穂は両手を胸元へ引き寄せた。
青白い雷光が、彼女の手の中へ急速に集まっていく。
やがて。
その光は一本の雷の矢へと形を変えた。
『貫け――雷箭!』
花穂が雷箭を勢いよく投げ放つ。
雷光が薄暗い通路を駆け抜け――
一機目の飛行型魔導機械を真正面から貫いた。
さらに機体から雷が弾け、もう一機まで巻き込む。
バン! バン!
二機はほぼ同時に動力を失い、そのまま床へ墜落した。
「無人機?」
花穂は墜落した機体へ近づき、軽く様子を確認する。
「この倉庫にある機械、全部起動させられてるってこと?」
ドナグが顎に手を当てた。
「今は進みながら、周りを警戒するしかなさそうですね」
俺たちは再び倉庫の奥へ進んでいく。
だが、それから間もなく――
ガコン。
横の壁が突然せり出した。
次の瞬間。
いくつもの黒い砲口が、壁の中から姿を現す。
「また来た!」
花穂が即座に反応した。
『電網!』
再び雷の障壁が俺たちの前に展開される。
ドドドドッ!
大量の砲撃が次々と電網へぶつかり、連続して爆発した。
「みんな、大丈夫?」
花穂は魔法を維持しながら、後ろを確認する。
「大丈夫です、先輩!」
ドナグがすぐに答えた。
全員が無事であることを確認し、俺たちはさらに先へ進む。
しばらくすると。
目の前の通路が二つに分かれていた。
「分かれ道……」
沙耶香が左右を見比べる。
「どうしよう? どっちがカミラちゃんのところに続いてるんだろう」
うーん……
ここから見ただけじゃ、どちらが正解かなんて分からないな。
「二手に分かれて進まないか?」
俺はそう提案した。
「片方が行き止まりだったとしても、すぐ引き返せる」
花穂は少し考えたあと。
「分かった」
「それじゃあ、二手に分かれて進みましょう」
最終的な組み合わせは――
俺と沙耶香。
もう一方が、ドナグ、リン、花穂の三人になった。
「沙耶香」
別れる直前。
花穂はまだ心配そうに妹を見ていた。
「本当に私と一緒じゃなくていいの?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
沙耶香は首を横に振る。
「この組み合わせでいいから」
「……そっちが行き止まりだったり、何かあったりしたら、すぐに知らせるのよ。分かった?」
「分かってるって」
どうやら。
花穂はやっぱり、沙耶香を自分の目が届かないところへ行かせるのが心配らしい。
確認を終えたあと。
俺たちは二手に分かれて行動を開始した。
俺と沙耶香は、片方の通路をさらに奥へ進んでいく。
ただ……
少し歩いてから。
俺は何度か後ろを振り返っていた。
「シュン君?」
沙耶香が俺の様子に気づく。
「どうしたの?」
「いや……何でもない」
俺はもう一度、誰もいない後方の通路を見る。
変だ。
さっきから……
誰かが俺たちのあとを追って、この倉庫へ入ってきたような気がする。
気のせいか?
いや。
この感覚……
たぶん、気のせいじゃない。
ただ、今の時点ではまだ確認できない。
ひとまず先へ進むしかないか。
それから先の仕掛けも、今までと大して変わらなかった。
壁から突然大量の魔導砲台が出てきたり。
飛行型魔導機械がどこからともなく飛び出してきて、そのまま攻撃してきたり。
ドン――!
また一発。
魔力弾がこちらへ飛んできた。
「シュン君!」
沙耶香が叫ぶ。
さっきは迷わず俺と組むことを選んだ彼女だけど。
よく考えれば。
沙耶香から見た俺は、魔力ランクのかなり低い生徒のはずだ。
実際に危険な状況になれば、不安になるのも当然か。
次の瞬間――
砲撃が俺を直撃した。
ドン!
大量の煙が、一瞬で俺の身体を包み込む。
「シュン君!」
沙耶香が反射的にこちらへ駆け寄ろうとした。
しかし。
目の前で突然起きた爆発に、身体が固まったようにその場から動けなくなっている。
「ど、どうしよう……」
煙が徐々に晴れていく。
俺はその場に立ったまま。
身体には、傷一つついていない。
「……え?」
沙耶香が目を大きく見開いた。
「ど、どうして……」
だが。
彼女が状況を理解するよりも先に――
別の砲口が沙耶香へ向いた。
ドン!
魔力弾が高速で彼女へ飛んでいく。
沙耶香は反射的に目を閉じ、両腕を身体の前へ出した。
ドン――!
爆発音が、すぐ耳元で響く。
しかし。
予想していた衝撃は来なかった。
「……?」
沙耶香がおそるおそる目を開く。
彼女の身体もまた、傷一つついていない。
その目の前では――
ほとんど透明な魔力障壁が、ゆっくりと消えていくところだった。
しかも。
その障壁は、飛んできた魔力弾を防ぐのに必要な分だけ。
砲弾とほぼ同じ大きさで展開されていた。
「これは……」
「防御系魔法だ」
「防御系魔法!?」
沙耶香が勢いよく俺を見る。
「それって、覚えるのがすごく難しいうえに、魔力もかなり消費する魔法じゃないの?」
「ああ」
俺は何気なく片手を上げた。
すると。
再び攻撃しようとしていた魔導機械たちが、突然すべての力を失ったかのように動きを止めた。
一機。二機。
次々と空中から落ちていく。
壁に設置されていた魔導砲台も、同時に光を失った。
あのとき。
デズモンド・ダムラの黒い結晶を処理したときと同じだ。
通路全体が――
一瞬で静まり返った。
「でも……」
俺は手を下ろした。
「この程度なら、俺には大したことない」
「……」
沙耶香は、床に散らばった動かなくなった魔導機械を見た。
そして。
ゆっくりと俺へ視線を戻す。
「シュン君」
「ん?」
しばらく黙ったあと。
沙耶香は小さく口を開いた。
「……シュン君って、一体何者なの?」
……
どうやら。
少しやりすぎたらしい。
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