第25話 手がかりの先に
翌日。
学院の空気は、少しだけ変わっていた。
昨日エリック教授を訪ねたあと、沙耶香は学院中を走り回っていた。
各クラスの生徒に、昨日カミラを見かけなかったかと聞いて回っているらしい。
カミラが行方不明になったと知った一年四組の生徒たちも、次々と捜索に加わっていた。
「ねえねえ、シュン君。一年四組の生徒が一人いなくなったって聞いたんだけど」
「その子って……シュン君と同じ部活なんだよね?」
教室を出ようとしていた俺のところへ、ドナグとリンがやって来た。
「ああ、そうだけど。どうした?」
「実は……」
「あの……私たちも一緒に探したいの!」
なるほど……
今は少しでも人手が多いほうがありがたい。
それに、ドナグとリンは生徒たちの間でも顔が広い。
二人が手伝ってくれれば、情報を集める範囲も一気に広がるかもしれない。
そして、その予想はすぐに当たった。
ドナグとリンが加わったことで、俺たちは早くも新しい情報を手に入れることができた。
一つ目の情報。
昨日、カミラが工具鞄を持って教師区画の方向へ歩いていく姿を見た生徒がいた。
もっとも、これは俺たちもすでに知っていることだ。
カミラは姿を消す前、確かにそちらへ向かっていた。
そして、二つ目。
カミラが研究員の制服を着た男と話しているところを見た者がいた。
残念ながら、ドナグは男の顔までは聞き出せなかったらしい。
その男は目撃者に背を向けていたため、顔までは確認できなかったそうだ。
研究員か……
まさか。
昨日、俺と沙耶香を研究棟へ案内したあの研究員じゃないだろうな?
「でも……どう考えても、少しおかしいよな……」
昨日の研究員は、俺たちが研究棟へ入るのを手伝っただけじゃない。
わざわざエリック教授のところまで案内してくれた。
もし本当にカミラの失踪に関わっているのなら、そんなことをすれば事件の発覚を早めるだけだ。
疑いはそれほど強くない。
けれど今のところ、他に明確な容疑者もいない。
一応、疑っておくしかないか。
「シュン君! ここにいたんだ!」
そのとき、沙耶香が慌ただしく教室へ駆け込んできた。
「どうした? 沙耶香」
「わ、分かったの!」
何度か息を整えると、沙耶香はすぐに続けた。
「あの白衣を着てた人、研究棟のほうから来たんじゃなかったんだって! それに私、研究棟にも確認してきたんだけど、昨日私たちを案内してくれた研究員さんは、その時間もちゃんと研究棟にいたって!」
よし。
これで、あの研究員の疑いは完全に晴れた。
同時に分かったことがある。
犯人はエリック教授の名前を騙って、カミラを誘い出しただけじゃない。
わざわざ研究員の格好までして、カミラを信用させたんだ。
「でも……これからどうすればいいの?」
沙耶香の表情には、まだ焦りが残っていた。
無理もない。
カミラがどうやって騙されたのかは、だいたい分かった。
それでも――
誰が彼女を連れ去ったのか。
そして、今どこにいるのか。
肝心なことは何一つ分かっていない。
そのとき――
突然、校内放送が流れた。
『一年三組、ヴィナ・シュンさん。一年四組、神代沙耶香さん。至急、職員室まで来てください』
ミリアン先生の声が教室中に響き渡る。
放送が終わった瞬間。
さっきまでざわついていた教室が静まり返った。
そして、全員の視線が俺に集まる。
まさか、こんなことになるとは……
俺があれほど望んでいる目立たない学院生活が、こんな形で遠ざかっていくなんて。
……まあ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
どうやってこの視線から逃げるか考えるより、職員室へ向かうほうが先だ。
俺と沙耶香は顔を見合わせ、そのまま教室を出た。
職員室に到着し、扉を開ける。
「先生、俺たちを呼びました?」
「本当にごめんなさい!」
中へ入った途端。
ミリアン先生が深々と頭を下げた。
そして、その隣にはもう一人。
――オーサンワ・エリック教授が立っていた。
「私が魔法で連絡の真偽を確認しなかったせいで、カミラを一人で行かせてしまいました。完全に私の落ち度です!」
「分かった。ミリアンの失態については、ひとまず後だ」
エリック教授が彼女をちらりと見る。
「その件は、あとで俺からきっちり話を聞く」
……先生。
あとで大変そうだな。
「今は本題だ」
エリック教授が持っていたタブレットをこちらへ向ける。
「研究棟のシステムを使って、学院内で稼働している魔導設備の信号をもう一度調べ直した」
画面には、学院全体の地図が表示されていた。
その端にある一点だけが、はっきりと光っている。
「ここには、ずいぶん前に使われなくなった倉庫がある。普通なら、今さら大型の設備が動いているはずのない場所だ」
エリック教授が画面を指で示す。
「だが、そこから大量の機械反応を検知した」
俺はタブレットに表示された場所を見る。
学院の片隅。
雑草に囲まれた、一つの建物が映っていた。
それにしても……
この学院、改めて見るととんでもなく広いな。
研究棟だって学院の反対側にあって、俺たちが普段いる場所から歩けば十五分くらいかかる。
それなのに、地図に表示されている廃倉庫は――
距離を見る限り、三十分以上はかかりそうだ。
かなり人目につかない場所にある。
「じゃあ、カミラちゃんがそこにいるかもしれないってことですか?」
沙耶香がすぐに尋ねた。
「百パーセントとは言えない」
エリックが答える。
「だが、調べる価値は十分にある」
ようやく、カミラを探すための手がかりを一つ掴めた。
ただ。
地図を見ていると、別の疑問が浮かんできた。
どうしてこの倉庫だけ、学院の隅に建てられているんだ?
しかも、他の建物からわざわざ距離を取るように。
「それなら、早く行きましょう!」
沙耶香がすぐに言った。
「確実じゃなくても、カミラちゃんがそこに連れていかれた可能性はあるんですよね?」
「娘を助けるために、そこまで必死になってくれるのはありがたい」
しかし、エリックの表情は緩まなかった。
「だが、あの廃倉庫の内部は、お前たちが思っているほど単純じゃない」
「え?」
やっぱり。
わざわざあんな場所に建てられているのには、理由があるらしい。
「あそこは昔、学院が重要な収蔵品や魔導器具を保管するために使っていた施設だ」
エリックが説明を続ける。
「今はもう、保管されていた物はすべて別の場所へ移されているがな」
「ということは……」
俺は地図に映った倉庫を見る。
「中にある物を守るために、内部が迷路みたいな構造になってるんですか?」
試しに推測してみる。
「ああ、その通りだ」
エリックがうなずいた。
「侵入者を防ぐために通路はかなり複雑に作られていたし、昔は罠まで設置されていた」
「もっとも、長いこと使われていないから、昔の罠はもう全部撤去されている」
そこでエリック教授は、真剣な目で俺たちを見た。
「だが教師として、お前たち二人だけをカミラの救出に向かわせるわけにはいかない」
そして、タブレットの画面へ視線を戻す。
「それに、あれだけ大量の機械反応がある。誰かが新しい仕掛けを設置している可能性もあるからな」
「それなら大丈夫ですよ!」
ずっと隣で反省していたミリアン先生が、そこで突然口を開いた。
胸元の内ポケットへ手を入れ、一枚の依頼書を取り出す。
「魔法騎士団のほうもカミラの失踪を知って、今回の救出作戦に参加したいと学院へ正式に申し出てくれたの」
魔法騎士団……
待てよ。
ということは――
ドナグとリン。
それに、沙耶香のお姉さんまで今回の救出に参加するのか?
俺は隣にいる沙耶香へちらりと目を向けた。
「魔法騎士団……」
やっぱり。
魔法騎士団が来ると聞いた瞬間、沙耶香の表情が固まった。
「それなら助かる」
エリックの表情が、ようやく少しだけ和らいだ。
「人数が増えるなら、俺としても多少は安心できる」
どうやら、俺たちに断る余地はなさそうだ。
学院もエリック教授も認めている以上、俺たちも魔法騎士団の協力を受け入れるしかない。
ただ……
今回のカミラ救出は、思っていた以上に厄介なことになりそうだ。
*****
「うっ……ここは……?」
少しずつ意識が戻ってくる。
薄暗い部屋。
周囲で動いている機械から漏れるネオンのような光だけが、かろうじて室内を照らしていた。
両手も両足も、しっかりと固定されている。
閉ざされた暗い空間から感じる圧迫感に、自然と呼吸が浅くなる。
喉、乾いた……
そういえば、私。
さっき水って飲んだっけ……?
……違う。
思い出さなきゃ。
私はお父さんから呼び出されて、研究棟へ向かった。
それから研究棟の近くで、白衣を着た研究員らしい男に会った。
その人は、お父さんに頼まれて私を迎えに来たって言っていた。
それで……
私はその人についていって……
その先は――
何も覚えていない。
「目が覚めたか。エリックの娘」
前方から、知らない声が聞こえてきた。
「あなた……誰……?」
私は顔を上げる。
目の前に立っていたのは、まったく見覚えのない男だった。
男は私の質問には答えない。
ただ、薄く笑いながらこちらを見ている。
その男の隣にある机には、見たことのない設計図が大量に広げられていた。
そして――
一枚の写真。
「……お父さん?」
思わず目を見開く。
写真に写っている一人は、間違いなくお父さんだった。
しかも、今とほとんど姿が変わっていない。
ということは、かなり昔の写真ってわけじゃない。
そして、お父さんの隣に写っているもう一人。
それは――
目の前にいる、この男だった。
見た感じ、私とそこまで年齢も離れていない。
こいつ……
一体、誰なの?
「お前の父親も、そろそろお前がいなくなったことに気づいている頃だろう」
男は私の疑問など気にする様子もなく、机の上に置かれたタブレットへ目を向けた。
私も、その視線を追う。
画面にはいくつかの赤い光点が表示されていて、ゆっくりと動き続けていた。
「いいぞ」
男の口元が、わずかに吊り上がる。
「そうでなくては――」
そして、もう一度私を見る。
「わざわざお前をここまで『招待』した意味がないからな」
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