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第22話 故障の裏に潜む悪意

俺たちは依頼書に書かれていた順番どおり、まず生物研究部へ向かった。


部室を出てからというもの、沙耶香はいつもより口数が少なかった。


おそらく、魔法騎士団部の依頼書に「神代花穂」という名前を見つけたからだろう。


けれど、沙耶香本人が何も話そうとしない以上、こちらから無理に聞くわけにもいかない。


生物研究部に到着すると、俺たちはすぐに故障した設備を確認した。


問題が起きていたのは、飼育区画にある水槽の送気装置だった。


水槽の中では、俺が今まで見たこともない小型の水生魔物が何種類か飼育されている。


送気装置が停止しているせいで、魔物たちは苦しそうに水面近くへ集まっていた。


カミラは装置の外殻を取り外し、中にある部品を確認する。


「やっぱり剣道部と同じね」


彼女が部品の一つに魔力を流し込む。


すると、本来なら正方向へ動くはずの回転軸が、完全に逆の方向へ回り始めた。


「魔力を流すと、逆回転する……」


「それに、研究部の部員さんたちによると、誰かに修理してもらってからこうなったみたいだよ」


聞き込みを終えた沙耶香が、集めた情報を持って俺たちのそばへやってきた。


あまりにも偶然が重なりすぎている。


どの設備も、誰かに修理されたあとから異常が起きていた。


まるで誰かが、各部活の間でわざと混乱を引き起こそうとしているかのようだ。


カミラが逆向きに取り付けられていた部品を直すと、送気装置は無事に動き始めた。


生物研究部の部員たちに別れを告げ、俺たちはすぐに次の目的地――幻想料理研究部へ向かった。


今回問題が起きていたのは、大型の魔導オーブンだった。


外から見るかぎり異常はない。


だが魔力を流すと、内部の加熱回路がすぐに停止してしまうらしい。


「こっちも同じ状態ね……」


カミラは眉間にしわを寄せ、しゃがみ込んでオーブンの外殻を取り外した。


彼女が修理を始めている間に、沙耶香は料理研究部の部員たちから事情を聞いていた。


返ってきた答えは、生物研究部とほとんど同じだった。


誰かに修理をしてもらったあとから、設備が故障するようになった。


さらに奇妙なのは――


誰一人として、その修理をした人物の顔を見ていないことだった。


「たしか、相手はいつも放課後に修理していたと思います」


部員の一人が記憶をたどりながら答えた。


「次の日に部室へ来ると、もう修理が終わっていたんです。学院から派遣された人だと思っていたので、特に確認もしませんでしたけど……」


部員がいない時間を選んで修理していたのか。


それなら、誰も相手の姿を見ていないことにも説明がつく。


けれど――


わざわざ人目を避けたうえで、部品を逆向きに取り付ける。


そいつの目的は、いったい何なんだ?


「これでもう大丈夫!」


カミラは修理道具を片づけると、魔導オーブンを再起動させた。


オーブンの表面に刻まれた魔力回路が、一つずつ光を放つ。


しばらくすると、内部から正常に作動する音が聞こえてきた。


「おおっ! 本当に動いたよ、カミラちゃん!」


沙耶香がオーブンのそばへ駆け寄り、再び光り始めた操作盤を眺める。


料理研究部の部員たちも次々と集まり、カミラの修理技術に感心していた。


「はいはい。お礼はあとでいいから」


カミラは立ち上がり、手についた埃を払った。


「まだもう一つ、行かないといけない部活があるでしょ」


口では素っ気なく言っている。


けれど、よく見ると口元がわずかに緩んでいた。


褒められたこと自体は、やはり嬉しいらしい。


俺たちは幻想料理研究部に別れを告げ、最後の依頼先へ向かった。


魔法騎士団部。


扉の前に立ったところで、俺はもう一度、隣にいる沙耶香へ目を向けた。


彼女はさっきから、ほとんど自分から話そうとしていない。


「これで最後だ」


俺は扉に手をかける。


「入ろう」


「ええ」


カミラがうなずいた。


「……行こう」


俺たちから半歩ほど遅れていた沙耶香も、ようやく口を開いた。


その声は、いつもより少しだけ重い。


まるで何かを決意したような声だった。


俺たちは魔法騎士団部の扉を開けた。


中の様子は、剣道部とはまるで違っていた。


壁際にはさまざまな形の盾が整然と並べられ、その上には大きさも形も異なる剣が掛けられている。


細身のレイピア。


一般的な大きさの片手剣。


中には、見ているだけでも重さが伝わってくるほど分厚い大剣まであった。


部屋の奥からは、金属同士がぶつかる音と、魔法が弾ける音が聞こえてくる。


「来てくれたのね、魔導生活支援部の皆さ――」


橙色の長い髪をした女性が、足早に俺たちのもとへ近づいてきた。


しかし、言葉の途中で俺たちの後ろに立っていた沙耶香に気づく。


その瞬間、彼女の笑顔が消えた。


「結局、この部に入ったのね。沙耶香」


先ほどまでとは違い、その声には厳しさが混じっていた。


「もう言ったでしょ」


沙耶香はすぐに言い返す。


「私は騎士団部には入らないって、お姉ちゃん!」


お姉ちゃん?


待て。


今、沙耶香は何と言った?


俺もカミラも、すぐには状況を理解できなかった。


故障した設備の場所を聞こうとしていたカミラも、開きかけた口を閉じている。


「ごめんなさい。困惑させてしまったわね」


橙髪の女性も俺たちの反応に気づいたのか、こちらへ向き直った。


「私の名前は神代花穂(くましろかほ)。魔法騎士団部の部長で、今回の依頼人よ」


神代花穂。


やはり沙耶香と同じ名字だ。


「あなたたちの部員である神代沙耶香は、私の妹なの」


まさか魔法騎士団部の依頼人が、沙耶香の姉だったとは。


依頼書を見たとき、沙耶香の様子が急に変わったのも納得だ。


「部長! 何を騒いで――」


奥の部屋から、もう一つ聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ、シュン!」


ドナグが部屋から出てくる。


どうやら、こいつは魔法騎士団部に入ったらしい。


「知り合いなのね」


花穂は俺とドナグを交互に見た。


「同じクラスなんです」


俺はドナグとの関係を簡単に説明した。


「それなら、もう一人とも同じクラスなのね」


「もう一人?」


その言葉が終わると同時に、部屋の入口から再び物音がした。


俺は音のした方向へ顔を向ける。


見覚えのある銀白色の長い髪が、視界に入った。


そして、あの独特で見覚えのある冷たい空気。


リンがゆっくりと部屋から姿を現す。


やはり彼女も、この部に入っていたのか。


しかもドナグと一緒だ。


「シュン君……」


リンが足を止める。


「どうして……ここにいるの……?」


「君たちの部長から、設備の修理を依頼されたんだ」


「じゃあ……シュン君が入ったのは……魔導生活支援部……?」


俺はうなずいた。


別に隠すようなことでもない。


「挨拶はそこまでにしましょう」


花穂が俺たちの会話を遮った。


「今日来てもらったのは、魔力測定器を修理してほしいからよ」


「魔力測定器?」


また俺の知らない言葉が出てきた。


「魔法騎士団部が、部員の実力を測るために使っている設備よ」


花穂に案内され、俺たちは奥にある試験場へ移動した。


試験場の中央には、かなり大型の機械が置かれている。


機械の正面には太い金属の杭が立てられ、その周囲には魔力回路が刻まれた何本もの管が接続されていた。


「金属杭に向かって魔法を放つと、機械が魔力出力、術式の完成度、それから攻撃の安定性を分析するの」


花穂は隣にある操作盤を軽く叩いた。


「部員たちは普段、これを使って自分の技が安定して最大威力を出せているか確認しているわ」


なるほど。


簡単に言えば、あの金属杭に全力で攻撃し、機械に実力を判定してもらう装置らしい。


俺が機械の仕組みについて考えている間に、カミラはすでに機械のそばへしゃがみ込み、外殻を取り外し始めていた。


「おい、カミラ」


「何?」


彼女は顔も上げずに答える。


「せめて説明が終わってから分解したらどうだ?」


「私たちの依頼は、機械を修理することでしょ?」


それは……


たしかに間違ってはいない。


俺も、なぜ止めようとしたのか自分でもよく分からない。


ただ、あまりにも唐突に分解し始めたから、思わず声をかけてしまっただけだ。


「学院が人を呼んで修理してから、この機械は正常に使えなくなったの」


花穂が隣から補足する。


カミラは答えず、そのまま内部の魔力回路を調べ続けた。


やがて彼女は、機械の奥から一つの部品を取り出した。


これまで訪れた部活の設備と同じだ。


その部品も、誰かによって意図的に逆向きに取り付けられていた。


そのせいで魔力を入力すると、回路全体が誤った方向へ作動してしまう。


「やっぱりか……」


俺は思わず小さくつぶやいた。


「やっぱり?」


花穂がすぐに俺を振り返る。


「あなたたち、何か知っているの?」


「シュン。また何か事件に巻き込まれてるのか?」


ドナグもこちらへ近づいてきた。


「私たちも……手伝える……」


リンもドナグの隣から小さく言葉を続ける。


「お姉ちゃん。これは私たちの部が受けた依頼だよ」


沙耶香が突然、俺たちと花穂の間に立った。


「そっちが関わる必要はないから」


「必要がない?」


花穂は沙耶香を見つめる。


「あなたたちの反応を見るかぎり、同じ故障に遭遇したのは初めてではないのでしょう?」


どうして一目で分かったんだ?


いや、考えてみれば当然か。


俺自身がさっき「やっぱり」と口にしてしまったのだから、気づかれてもおかしくない。


「それが何?」


沙耶香の声が明らかに強くなる。


「私たちの部は、どんな依頼でも受けるんだよ。同じような故障が続いたって、別に不思議じゃないでしょ?」


沙耶香が怒るところを見たのは、これが初めてだった。


いや。


正確に言えば。


魔法騎士団部へ来てから、彼女の表情はずっと険しいままだ。


どうやら沙耶香と花穂の間にあるのは、単なる部活の方針の違いだけではないらしい。


「落ち着け、沙耶香」


この一言だけで、彼女が素直に落ち着くとは思っていない。


だが今は、花穂たちからの追及にも答える必要がある。


「まだ聞いていないかもしれませんが」


俺は花穂、ドナグ、リンへ視線を向ける。


「前回の事件が大きくなりすぎたせいで、学院は生徒が危険を伴う事件を独自に調査することを禁止しました」


「なぜ?」


花穂の注意が、予想どおり俺の話へ向く。


「以前、一つ事件があったんです。学院側は、俺たちが勝手に動けば、さらに多くの生徒を危険に巻き込む可能性があると判断しました」


「もしかして……違法な道具事件のことか?」


ドナグはすぐに、以前の事件へ思い当たったらしい。


俺は肯定するようにうなずく。


「その事件だ」


「だから正式な許可を得るまでは、君たちを調査に加えることはできない」


花穂はまだ納得していない様子だった。


それでも、この理由なら一応は受け入れられたらしい。


それ以上追及することなく、カミラが測定器を組み直す様子を黙って見ていた。


「直ったわ」


カミラは立ち上がり、最後の工具を鞄へ戻した。


続いて操作盤に手を置き、機械へ魔力を流し込む。


測定器が低い作動音を響かせる。


しばらくすると、画面に結果が表示された。


B+。


六十五点。


「機械自体は、もう問題なさそうね」


数値を確認したカミラは、操作盤から手を離した。


次に花穂が金属杭の前へ立つ。


彼女が右手を上げると、その掌に大量の雷属性魔力が集まり始めた。


次の瞬間。


まばゆい雷光が、一直線に金属杭へ突き刺さる。


轟音とともに、試験場全体がわずかに揺れた。


画面に表示された数値が急速に上昇する。


そして最後に止まった結果は――


SS。


九十点。


さすがは魔法騎士団部の部長だ。


その実力は、かなりのものらしい。


「本当に問題なさそうね」


花穂は満足そうにうなずいた。


それから、工具を片づけているカミラへ顔を向ける。


「機械を直せるだけでなく、魔力もなかなかのものね」


「どう? 中間試験が終わったあと、魔法騎士団部へ移る気はない?」


「残念だけど」


カミラは顔も上げないまま答えた。


「興味ないわ」


「そう。残念ね」


花穂が軽く息を吐く。


「せっかく、いい実力を持っているのに」


続いて、彼女は俺と沙耶香へ視線を移した。


「あなたたちは?」


「私は絶対に入らないよ、お姉ちゃん」


沙耶香は迷うことなく答える。


「何回聞かれても、答えは同じだから」


「俺も興味はありません」


少なくとも、見るからに毎日訓練が必要そうな部活へ入る気はまったくない。


依頼を終えた俺たちは、魔法騎士団部を離れ、自分たちの部室へ戻ることにした。


帰り道では、誰も自分から話そうとしなかった。


俺はこっそり沙耶香の様子をうかがう。


表情そのものは、普段とそれほど変わっていない。


それでも、人間関係が得意ではない俺にさえ分かる。


今の彼女は、全身から重苦しい空気を漂わせていた。


沙耶香と花穂の間に何があるのかは、今は聞かないほうがよさそうだ。


部室へ戻った俺たちは、しばらく座って休憩した。


それから間もなくして、ミリアン先生も部室へ戻ってきた。


「みんな、お疲れさま」


先生は教卓まで歩き、持っていた資料を机の上へ置く。


「それと、一ついい知らせがあるわ」


「へえ?」


カミラが顔を上げた。


「やっといい知らせが来たの?」


「ええ」


ミリアン先生がうなずく。


「教師研究棟でも、いくつかの魔導設備に似たような問題が起きたの。すでに先生たちが修理したけれど、学院側も、これだけ故障が続くのは偶然ではないと考え始めているわ」


教師が使用する設備にまで問題が起きたのか。


どうやらこの件は、単なる機械の故障では済まされないらしい。


「そこで学院は、魔導生活支援部が今回の異常について調査することを特別に許可してくれました」


ようやく正式な許可が下りた。


「それから、もう一つ」


ミリアン先生はカミラへ顔を向ける。


「カミラ。さっき、お父さんから学院内の伝達装置を通じて連絡があったわ」


「あの親父が?」


カミラが眉をひそめる。


「何の用?」


「研究棟でもいくつか設備が故障しているらしくて、先に手伝いに来てほしいそうよ」


ミリアン先生は机の資料へ目を落とした。


「ここの依頼資料は、シュン君と沙耶香に整理してもらうから。あなたはそのままお父さんのところへ行ってあげて」


「こういうときだけ、本当に人使いが荒いんだから……」


カミラは口では文句を言っていた。


「どうせまた、機械の修理を手伝えってことでしょ」


それでも彼女は諦めたように工具鞄を持ち、一人で部室を出ていった。


「そういえば……」


沙耶香は閉じた扉を眺めた。


「私たち、カミラちゃんのお父さんが誰なのか、まだ知らないよね」


「うん。俺もちょうど気になっていた」


俺と沙耶香は同時にミリアン先生を見る。


そういえば。


ミリアン先生は以前、カミラを直接この部に入れたのは、友人の娘だからだと言っていた。


もしかして、その友人というのがカミラの父親なのか?


「カミラのお父さんは、オーサンワ・エリックという人よ」


ミリアン先生が答える。


「この学院でも指折りの魔導科学者で、生活を便利にする魔導設備を数多く生み出してきたわ」


「あなたたちが今日、各部活で修理した機械の中にも、彼が設計した魔力回路を使っているものがいくつかあるの」


なるほど。


故障した設備は、どれも少なからずエリックの技術と関係しているらしい。


「それに、彼は私の友人でもあるの」


ミリアン先生は話を続ける。


「私が教師になったばかりの頃、何度も助けてもらったわ」


「なるほど」


俺はうなずいた。


「だから先生は、カミラを直接この部に入れたんですね」


「それは、その……」


ミリアン先生が気まずそうな笑みを浮かべる。


……どうやら理由は、単に友人の娘だからというだけではないらしい。


かなり個人的な事情も混ざっていそうだ。


「こほん」


ミリアン先生は軽く咳払いし、強引に話を戻した。


「とにかく、本題に戻りましょう」


「学院は現在、誰かが悪意を持って設備を故障させていると考えています」


先生は資料の中から新しい依頼書を一枚取り出し、俺たちの前へ置いた。


「そこで魔導生活支援部への次の依頼は、裏で機械に細工をしている人物を突き止めること」


「もちろん、私も一緒に協力するわ」


俺はその依頼書を手に取った。


そこに書かれている内容は、たしかに今回連続して発生した魔導設備の故障を調査するというものだった。


そして、一番下にある依頼人の欄には――


ドゥルート魔法学院教師一同。


そう記されていた。


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