第21話 魔導生活支援部、初めての依頼
部活動見学週間は、思っていたよりも早く終わりを迎えた。
ミリアン先生は、提出されたばかりの入部届を手にすると、まだ何か用事が残っているらしく、慌ただしく部室を後にした。
俺とカミラも、それ以上詳しい自己紹介をすることはなかった。
こうして、魔導生活支援部の初顔合わせは、あっさりと解散することになった。
翌日。
学院へ向かっている途中――
「すみません、少し手伝ってもらえませんか?」
不意に、横から声をかけられた。
足を止め、声のした方を見る。
一人の少女が、大量の箱を抱えて歩いていた。
積み上げられた箱は彼女の頭よりも高く、前すらまともに見えていない。
そのため、足元を確かめるように、一歩ずつ慎重に進んでいた。
周囲には、手を貸してくれそうな人もいない。
本当なら、そのまま通り過ぎるつもりだった。
だが、次の瞬間――
「すみません、手伝ってもらえませんか?」
少女がもう一度、俺に声をかけた。
……見つかっていた。
どうやら、最初から俺の存在には気づいていたらしい。
直接頼まれてしまった以上、今さら見なかったことにするのも難しい。
それに、頭の中では断るべきか考えていたのに、身体はすでに動いていた。
「俺が持つよ」
一番上に積まれていた箱を、いくつか受け取る。
思ったほど重くはない。
ただ、少し揺らしただけで、中から小さな物音が聞こえた。
どうやら、壊れやすい物が入っているらしい。
「どこまで運べばいい?」
「部活動棟にある部室の一つまでお願いします」
部室の一つ?
「えっと……部活の名前は分かる?」
「分からないんです」
少女は小さく首を傾げた。
「でも、場所は教えてもらっているので、私が案内します」
「そう……」
どうやら、ついていくしかなさそうだ。
箱をいくつか運ぶだけなら、面倒事に巻き込まれることもないだろう。
「シュン君も一年生なんですか?」
「……うん」
「今日は暑いですね」
「そうだね……」
そこで会話が終わった。
しばらくの間、二人の間に沈黙が流れる。
……何だ、この気まずい状況は。
とはいえ、俺には次の話題なんて思いつかない。
結局、それからは一言も話さないまま、少女と一緒に部活動棟へ向かった。
相変わらず、ここには多くの生徒が集まっていた。
廊下では生徒や部員たちが行き交い、あちこちから新入生を勧誘する声が聞こえてくる。
やはり、俺はこういう賑やかな雰囲気が得意ではない。
少女の後ろを歩いているうちに、周囲の景色にも次第に見覚えが出てきた。
そして最後に――
彼女は、俺がよく知っている一枚の絵の前で立ち止まった。
「ここです」
「この部室に運べばいいみたいです」
俺は目の前の絵を見つめた。
ここは……
魔導生活支援部じゃないか。
だが、この少女にはまったく見覚えがない。
「もしかして……君もこの部活に入ったの?」
ひとまず、何も知らないふりをしておこう。
「はい」
少女は頷いた。
「締め切り直前に入部しました」
「そ、そうなんだ……」
俺は箱の中から、少女個人の物らしい茶器を取り出し、机の上に並べながら尋ねた。
「どうして、この部活に入ろうと思ったの?」
この部活は設立されたばかりだ。
存在を知っている生徒自体、ほとんどいないはずだった。
「ミリアン先生と偶然会ったら、突然こっちへ走ってきて、入部しないかって聞かれたんです」
少女は笑った。
「それで、そのまま入ることにしました」
ミリアン先生が自分から勧誘したのか……
ちょうど彼女が入部した経緯を聞き終えた時、絵の表面が波打った。
次の瞬間。
ミリアン先生とカミラが、続けて部室へ入ってきた。
「あら、二人とももう来ていたんですね」
「ミ、ミリアン先生……」
部室へ入ったミリアン先生は、すぐに俺たちを席へ座らせた。
全員が腰を下ろすと、少女が最初に立ち上がる。
「一年二組の神代沙耶香です。よろしくお願いします」
神代……
変わった名字だ。
「ヴィナ・シュンです」
「オサンワ・カミラ」
俺とカミラも、簡単に自己紹介を済ませた。
その直後。
部室に、短い沈黙が落ちる。
気まずい空気なのは分かっている。
だが正直なところ、自己紹介で他に何を話せばいいのか思いつかなかった。
「分かりました」
沙耶香が先に笑顔を見せた。
「それでは、二人ともよろしくお願いしますね!」
その笑顔は、あまりにも眩しかった。
一人で行動することに慣れた俺には、むしろどう反応すればいいのか分からない。
「はい」
ミリアン先生が手を叩いた。
「これで全員、顔と名前を覚えましたね。では今日は、最初の依頼を解決してもらいます!」
そう言って、一枚の紙を俺たちの前で揺らした。
「お?」
それまで冷めた表情をしていたカミラが、勢いよく顔を上げる。
「もう最初の部活動があるの?」
なぜだろう。
急にやる気を出した。
「そうです」
ミリアン先生は紙を机の上に広げた。
「これは、魔導生活支援部専用の依頼書です」
「困っている人が私たちに助けを求める時は、この大きさの紙に依頼内容を書いて、ここへ届けてもらうことになっています」
「なるほど」
入ったばかりの沙耶香も、依頼書を覗き込んだ。
「今回は、何と書かれているんですか?」
「今回の問題は――」
ミリアン先生が内容を確認する。
「魔導家具が正常に動かなくなったため、修理してほしいとのことです」
「すみません、先生」
俺は手を挙げた。
「魔導家具って何ですか?」
また、聞いたことのない言葉が出てきた。
その瞬間。
カミラが「本気で聞いてるの?」とでも言いたげな顔で俺を見る。
一方、沙耶香は笑顔のままだった。
だが、なぜだろう。
その笑顔の方が、かえって怖い。
仕方ないだろう。
今まで誰にも教わったことがないのだから。
「魔導家具というのは、家具に魔力回路を組み込み、自動で動けるようにしたものです」
ミリアン先生が説明する。
「自動で掃除や整理をしたり、人の代わりに簡単な作業をしたりする家具ですね」
「なるほど」
それなら、自宅にある自動で動く掃除機も、魔導家具の一種ということか。
「それより」
カミラはすでに立ち上がっていた。
「依頼人は誰?」
「今回の依頼は、剣道部から届いています」
剣道部か……
見学週間の時も、少し覗いただけだった。
あの場所に、修理が必要になるような魔導家具があるのだろうか。
「場所が分かってるなら、早く行こう」
そう言うなり、カミラはそのまま部室の外へ向かった。
「待って」
俺は彼女の背中を見つめる。
「依頼の内容を最後まで聞かなくていいのか?」
「着いてから見ればいい」
振り返りもせずに答えた。
……行動が早い。
「もう」
ミリアン先生が呆れたように息を吐く。
「依頼内容を最後まで聞かずに行ってしまいましたね」
そして改めて、俺たちを見る。
「とにかく、正常に動かなくなった魔導家具を直せば大丈夫です」
そう説明すると、先生も部室の入口へ向かった。
「それじゃあ、お願いしますね!」
その言葉だけを残し、部室を出ていく。
俺は沙耶香を見た。
「ごめん」
「入ったばかりなのに、あの二人があんな調子で」
なぜ俺が謝っているのか、自分でもよく分からない。
「大丈夫ですよ」
沙耶香は変わらず笑っている。
「私たちも行きましょう」
彼女も続いて部室を出ていった。
俺は荷物を持ち、二人の後を追って剣道部へ向かった。
***
剣道部。
弓道部と同じように、道場には整然と木の床が敷かれていた。
二つの部活の大きな違いは――
弓道部が半屋外の空間だったのに対し、こちらは完全な屋内施設だということだ。
木刀がぶつかり合う音が、何度も道場内に響く。
並んだ部員たちは正面を向き、繰り返し素振りをしていた。
踏み込むたびに、床から重い音が返ってくる。
空気には、木材や汗、そして防具に使う手入れ油の匂いが混ざっていた。
「皆さん、真剣ですね」
沙耶香は傍らに立ち、剣を振る生徒たちを熱心に眺めていた。
一方、カミラは――
剣道部へ入ってからというもの、ずっと依頼人を探している。
ただ、相手を探す目つきがあまりにも鋭い。
彼女に見られた部員たちは、反射的に目を逸らしていた。
中には、黙って数歩離れていく者までいる。
「お待たせして、申し訳ありません」
落ち着いた声が聞こえた。
剣道着を身につけた一人の女子生徒が、こちらへ歩いてくる。
「剣道部部長の、フォークナー・コリンです」
カミラはすぐに前へ出た。
「ここの魔導家具に問題があるって聞いたけど?」
「はい」
コリンが頷く。
「問題の物は奥にあります。こちらへどうぞ」
俺たちは彼女について、道場の裏手にある部屋へ入った。
室内には、洗濯を終えた剣道着が何着も掛けられている。
隅には竹刀や防具、手入れ用の道具が並んでいた。
そして部屋の最奥には――
二台の洗濯機が並べられていた。
「問題が起きているのは、あの二台です」
外見を確認した限りでは、特に異常は見られない。
俺は洗濯機の前へ行き、操作用のボタンを何度か押してみた。
確かに機械は起動した。
だが、数秒も経たないうちに――
内部の回転音が、突然途切れた。
洗濯機は、再び完全に沈黙する。
「うん……私に見せて」
カミラは俺を横へ押し退けた。
その場にしゃがみ込み、洗濯機を分解し始める。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
その手つきは、驚くほど慣れていた。
あっという間に、外装や固定板、内部の部品が一つずつ取り外されていく。
……思っていたより、ずっと早い。
洗濯機の内部は、ひどく複雑な構造をしていた。
少なくとも、俺にはまったく理解できない。
次々に外された部品が、床の上へ綺麗に並べられていくのを眺めることしかできなかった。
「この機械、以前に誰かへ修理を頼んだ?」
カミラが突然、手を止めた。
取り外した部品の一つを手に取り、コリンへ尋ねる。
その言葉を聞き、俺もすぐに魔眼を発動した。
部品を詳しく観察する。
やはり――
魔力が流れる方向に、人の手が加えられている。
「この部品は、魔力を流すと本来なら正方向に回転するはず」
カミラはそう説明しながら、自分の魔力を部品へ送り込んだ。
次の瞬間。
部品が動き始める。
しかし――
回転する方向は、完全に逆だった。
「見て」
「今は逆方向に回ってる」
「ど、どうしてこんなことに……」
コリンは信じられない様子で部品を見つめた。
カミラの説明によると、機械が逆方向に作動すること自体、明らかな異常らしい。
「でも、こういう機械って普通は専門の人に修理してもらうよね?」
カミラが続けて尋ねる。
「以前に誰かへ頼んだことは?」
「そういえば……」
コリンは記憶を探るように考え込んだ。
「確かに、修理を依頼してから洗濯機がおかしくなりました」
俺はカミラを見る。
「カミラ。間違った部品を取り付ける可能性は、どのくらいある?」
できれば、また一連の事件が始まったとは考えたくない。
だが念のため、確認しておく必要がある。
この分野は、俺の専門ではない。
「何とも言えない」
カミラは部品を見つめた。
「取り付けを間違える可能性がないとは言えない。でも、修理した人の技術や部品の規格、魔力回路の配置、それに当日の作業員の体調まで考える必要がある」
つまり――
作業員が体調を崩して判断力が落ちていたのでなければ、誰かが意図的に仕掛けた可能性も残るということか。
数分後。
カミラは取り外していた部品を元の位置へ戻した。
洗濯機は、再び元通りの形へ組み上げられる。
「これで問題ないはず」
彼女は立ち上がり、手についた埃を払った。
「また何か起きたら、私たちのところへ来て」
コリンが改めて洗濯機を起動する。
今度は問題なく動き始めた。
内部からも、異常な音は聞こえない。
「本当に直った……!」
コリンは感激した様子で、俺たちに深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「別に」
カミラは淡々と答える。
「私たちがやるべきことをやっただけ」
依頼を終えた俺たちは、剣道部を後にした。
「ねえねえ、カミラちゃん」
沙耶香が自然な様子で、カミラの隣に並ぶ。
「機械のこと、すごく詳しいんですね」
「別に、大したことじゃない」
カミラが答える。
「父さんが科学者みたいなものだから、昔からこういう物に触れる機会が多かっただけ」
カミラちゃん……
もうそんな呼び方をするほど仲良くなったのか。
少し羨ましい。
「そういえば」
沙耶香が今度は俺を振り返った。
「シュン君は、どうして急にあんなことをカミラちゃんに聞いたんですか?」
シュン君……
その呼び方は、思ったより悪くない。
「念のため、確認しただけだよ」
「何かおかしいと思ったんですか?」
「まだ分からない」
何よりも気になるのは、あの部品に残っていた魔力だ。
魔力を入力するだけで、部品が逆方向へ回転する。
単なる不注意で起きたとは、どうしても思えない。
俺たちは、再び部室へ戻った。
中へ足を踏み入れた瞬間。
ミリアン先生が、すでに教壇の前へ座っているのが見えた。
そして俺が真っ先に目を留めたのは――
机の上に置かれた数枚の白い紙だった。
「まさか……」
しかも、一枚ではない。
三枚だ。
「皆さんは今、最初の部活動を終えたばかりですし、本当なら少し休ませてあげたいのですが……」
ミリアン先生は苦笑しながら、依頼書を手に取った。
「皆さんが戻ってくるまでに、新しい依頼が届いてしまいました」
カミラがすぐに前へ出る。
「どんな依頼?」
「同じです」
ミリアン先生は、何とも言えない表情を浮かべた。
「全て、魔導家具に関する問題です」
また魔導家具か。
俺たちは顔を見合わせた。
それから三人揃って、依頼の内容を確認する。
一通目。
生物研究部からの依頼。
飼育設備が突然、正常に動かなくなったらしい。
二通目。
幻想料理研究部からの依頼。
こちらも、調理設備に異常が発生している。
そして最後の一通は――
魔法騎士団部から届いた依頼だった。
三件の依頼。
全て、設備の故障だ。
「三件とも、設備の問題……」
やはり、不自然だ。
俺はミリアン先生を見る。
「先生」
「これらの依頼を解決した後、原因を調査してもいいですか?」
「原則としては、駄目です」
ミリアン先生は即答した。
「前回の事件が大きくなりすぎたので、学院側から通達が出ています。調査が必要な事件や、生徒へ危害が及ぶ可能性のある問題は、必ず事前に報告しなければなりません」
「ただ――」
彼女は微笑んだ。
「方法がまったくないわけではありません」
「魔導生活支援部は、困っている生徒を助けるために作った部活動ですから」
俺はすぐに言葉の意味を理解した。
「つまり、正式に依頼を受けていれば、その依頼を解決するためという名目で、堂々と調査できるということですか?」
ミリアン先生は頷いた。
「その通りです。まずは、この三件の依頼を解決してください。調査許可の手続きは、先生が進めておきます」
「ありがとうございます」
俺は他の二人を振り返った。
「行こう……」
しかし。
沙耶香から返事はなかった。
彼女は机の前に立ったまま。
一枚の依頼書だけを、微動だにせず見つめている。
「沙耶香?」
「どうしたの?」
俺とカミラが彼女を見る。
「あっ!」
沙耶香は我に返ったように肩を震わせた。
「い、今行きます!」
俺は、彼女が見つめていた依頼書へ視線を落とした。
魔法騎士団部から届いた依頼だ。
そして依頼人の欄には、はっきりと名前が記されていた。
――神代花穂。




