第20話 魔導生活支援部
魔法道具研究会の見学を終えた後、部活動見学週間も、気づけば最終日を迎えていた。
あれから俺たちは、名前だけは妙に気になるものの、部員数はかなり少ない部活をいくつか見て回った。
迷宮の地図を専門に研究する「迷宮探索研究会」。
詠唱を歌の練習として扱う「詠唱芸術研究会」。
さらには、魔法をより儀式的に見せる方法を研究する、なんとも不思議な部活まであった。
ただ正直に言えば――
どれも、そこまで強く興味を引かれるものではなかった。
そのため、見学の速度はかなり早かったと思う。
ただし、一つだけ例外があった。
魔法騎士団部。
そこだけは、他の部活よりも長く滞在することになった。
理由は単純だ。
ドナグが入ってすぐ、壁に飾られていた一枚の写真をずっと見つめていたからだ。
あまりにも長く見ていたせいで、部員たちに「興味がある」と勘違いされた。
その結果、俺たちは三人まとめて、魔法騎士団部の歴史を一通り聞かされることになった。
内容については――
あまり興味がなかったので、ほとんど聞き流していた。
ただ、その中に少しだけ気になる名前がいくつか出てきた。
もっとも、それだけだ。
深く調べるつもりはなかった。
こうして、部活動見学週間は終わりを迎えようとしていた。
***
部活動見学週間、最終日。
ミリアン先生は、いつもより重い足取りで教室へ入ってきた。
教壇に立った彼女は、すぐには口を開かなかった。
ただ、やけに真剣な表情で俺たちを見渡している。
教室内のざわめきも、次第に静まっていった。
誰もが異変に気づいたのだろう。
「先生、何かあったんですか?」
眼鏡をかけた、知的な雰囲気の男子生徒が手を挙げた。
彼の名前は――
カテス・レイクレイ。
クラスの中でも、いつも冷静に周囲を見ている数少ない生徒だ。
「レイクレイ君、先に座ってください」
ミリアン先生は深く息を吸った。
「先生から、皆さんに伝えなければならないことがあります」
「もしかして、試験のことですか……?」
誰かが不安そうに尋ねた。
「試験ではありません」
彼女は目を閉じた。
先ほどまでの真剣な表情が、少しずつ言いづらそうなものへ変わっていく。
どこか、後ろめたさすら感じる顔だった。
「先生は……とても大事なことを言い忘れていました」
なぜだろう。
嫌な予感がした。
次の瞬間。
ミリアン先生が口を開く。
「部活動についてですが……この学院では、全ての生徒が必ず一つ以上の部活動に所属する決まりになっています」
「え?」
短い沈黙の後――
「ええええええええっ!?」
教室中が一気に騒がしくなった。
驚いているのは他の生徒だけではない。
正直、俺もかなり驚いた。
教室には、たちまち様々な声が飛び交う。
驚く者。
慌ててどの部活に入るか相談し始める者。
配られた部活紹介の紙を急いで確認する者。
だが、それ以上に俺には気になることがあった。
その時、レイクレイが再び手を挙げた。
「先生、すみません」
「もし最後まで部活動に入らなかった場合、どうなるんですか?」
いい質問だ。
ようやく俺が一番聞きたかったことを聞いてくれた。
その問いで、教室は一瞬静まり返る。
どうやら、部活動に入りたくないと思っているのは俺だけではなかったらしい。
「とても良い質問です」
ミリアン先生は改めて俺たちを見た。
そして――
かなり衝撃的な答えを告げた。
「部活動に所属しなかった場合……今学期の単位は不合格になります」
「ふ、不合格……!」
信じられない、といった様子で立ち上がる生徒がいた。
「はい」
ミリアン先生は頷いた。
「この学院は部活動を非常に重視しています。そのため、部活動も必修単位に含まれています。参加しない場合は、その単位を自分から放棄した扱いになります」
「で、でも、前の学校にはそんな決まりありませんでした!」
「それはあなたが通っていた学校の話です」
ミリアン先生は少し困ったように笑った。
「ドゥルート学院は、対外的には上流階級の子息子女を育てる学院として知られています。保護者の方々にとっては、成績だけではなく、多方面での成長も重要なのでしょう」
なるほど。
上流社会には、そういう考え方もあるのか。
「そ、そんな……」
何人かの生徒が絶望したような顔になる。
「そこまで心配しなくても大丈夫です」
ミリアン先生は慌てて付け加えた。
「もし合わない部活に入ってしまっても、中間試験の後に一度だけ転部の機会があります」
「ですから、皆さんは自分に合う部活を、時間をかけて考えてください」
少なくとも、救済措置はあるらしい。
思ったよりも理不尽な制度ではないようだ。
規則を説明し終えたミリアン先生は、教室の扉へ向かった。
そして、何かを思い出したように振り返る。
「そうだ」
「どうしても入りたい部活が見つからない人は、先生のところへ来てください。紹介できる部活を探します」
そう言って、彼女は教室を出ていった。
空気が一秒だけ止まったように感じた。
次の瞬間――
教室は再び騒ぎ出す。
「マジかよ!? 強制入部!?」
「ねえねえ、魔法料理研究会入らない?」
「いいね! さっきから気になってた!」
嘆く者。
妙に前向きな者。
すでに教室を飛び出し、部活動棟へ向かう者までいた。
「凜……俺、行きたい部活があるんだ」
「一緒に来てくれるか?」
「うん……」
「あの……って、あれ? いない?」
俺はすでに教室の外、廊下にいた。
ドナグの困惑した声が聞こえる。
明らかに、俺を探している。
俺たちは一緒に部活見学をした。
だから部活の話になれば、自然と俺のことも思い出す。
俺はそれを分かっていた。
だから先に逃げた。
部活動か。
結局、どこに入ればいいのだろう。
今のところ、特別入りたいと思える部活はない。
だが入らなければ単位を落とす。
「困ったな……」
最終的に、俺は一つの結論に辿り着いた。
ミリアン先生に頼んで、適当な部活を紹介してもらうしかない。
もしかすると、適当に入った部活でも、案外気に入るかもしれない。
そもそも俺はまだ、「部活動」というものをよく分かっていないのだから。
「急げ急げ!」
「今日中に決めないと単位が!」
廊下では、多くの生徒が慌ただしく部活動棟へ向かっていた。
おそらく彼らも、ついさっきこの事実を知ったのだろう。
俺はその流れに逆らうように、ゆっくり職員室へ向かった。
中にはすでに何人もの生徒がいて、教師たちに部活について相談している。
「あっ! ヴィナ・シュン君」
ミリアン先生は俺に気づくと、すぐに笑顔を向けてきた。
「どうしましたか?」
彼女は俺の名前を覚えていた。
少しだけ感動した。
入学してしばらく経つというのに、未だに俺の名前を覚えていないクラスメイトもいるというのに。
「部活動の相談ですか?」
「はい」
「うーん……」
ミリアン先生は少し考え込む。
「シュン君は、入りたい部活はありますか? それとも、何か趣味や好きなことは?」
「今のところ、ありません」
俺だって、あるならそうしたかった。
もしあったなら、今ここに立っていない。
「それじゃあ、苦手なものはありますか?」
「運動とか」
「今のところ、それもありません」
改めて考えると、特に嫌いなものも思い浮かばない。
「そうですか……」
ミリアン先生は引き出しを探り始めた。
しばらくして、一枚の入部届を取り出す。
俺は一番上に書かれた部活名を見た。
――魔導生活支援部。
聞いたことのない部活名だった。
そして顧問欄には、こう書かれている。
ナデラ・ミリアン。
「これは……?」
俺は顔を上げた。
「私が新しく作った部活です!」
彼女は明るく笑った。
新設の部活か。
「この部活は何をするんですか?」
「えっと……」
ミリアン先生は少し考え込んだ。
「実は、まだ完全には決まっていません」
まだ決まっていないのか。
「ただ、今のところの方針としては、困っている人を助ける部活にしようと思っています」
なるほど。
つまり、まだほとんど決まっていないらしい。
「もし依頼がなかった場合は?」
「部室で好きなことをしていて大丈夫です」
なるほど。
聞こえは悪くない。
どうせ、俺には他に行きたい部活もない。
「では、これで」
俺はペンを取り、申込書に自分の名前を書いた。
「これでいいですか?」
「はい、大丈夫です!」
ミリアン先生は嬉しそうに申込書を受け取った。
「それじゃあ、シュン君は先に部室で待っていてください」
そう言って、彼女は部室の場所を教えてくれた。
学院の部活動数は、年々増え続けているらしい。
すでに一棟丸ごと部活動用に使っているにもかかわらず、教室は足りなくなっていた。
そこで学院が考えた方法は、かなり常識外れだった。
壁に飾られた絵画を入口にし、その中に教室ほどの広さの空間を作る。
そうして、新しい部室が生まれたのだという。
「……たしか、この絵だったな」
俺は先生に教えられた通り、廊下の奥へ向かった。
そして、指定された絵の前で足を止める。
手を伸ばすと、指先が画布をすり抜けた。
次の瞬間。
俺は絵の中の空間へ足を踏み入れていた。
「これが……部室?」
中は意外なほど普通だった。
ほとんど一般教室と変わらない。
ただ、机と椅子は後方へ寄せられており、中央には長机が一つだけ置かれていた。
俺は室内を軽く見て回った。
何か隠されていないか、念のため確認する。
だが、特に何も見つからなかった。
仕方なく、適当な椅子に座って待つことにする。
しばらくして。
画布が再び波打った。
「やっぱり中で待っていましたね!」
ミリアン先生が入ってきた。
その後ろには、もう一人の少女がいる。
高く結ばれたポニーテール。
長い髪が歩くたびに揺れていた。
「彼女は……?」
「さあ、自己紹介をお願いします!」
少女が一歩前に出る。
「私の名前は、オサンワ・カミラ」
「よろしく」
オサンワ……カミラ?
その姓に、どこか聞き覚えがある気がした。
「君は一年三組でしょ?」
彼女は俺を見る。
「私は一年四組」
「知らなくても普通だと思う」
そう言うと、彼女は適当に椅子を引いて腰掛けた。
「この子は、私の友人の娘さんです」
ミリアン先生が笑顔で言う。
「今日から魔導生活支援部の一員になります!」
「二人とも、仲良くしてくださいね!」
これ……いくらなんでも無茶があるだろ!?




