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第19話 初めての部活動見学(下)

弓道部を後にした俺たちは、そのまま部活動棟の内部へと足を運んだ。


屋外の賑わいとは違い、中の雰囲気はまるで大きな市場のようだった。


各部活動が教室の前に立ち、勧誘用のチラシを配っている。


中には、その場で活動内容を披露している部もあった。


「幻想料理研究会へようこそー!」


元気よく声を上げた先輩の手元では、泡立て器がひとりでに動き回っている。


卵、小麦粉、バターが宙に浮かび、順番にボウルの中へと吸い込まれていく。


炎魔法で火加減を調整し、風魔法で焼きムラをなくす。


そうして数分もしないうちに、一つのケーキが完成した。


「はい、試食どうぞ!」


「……ありがとうございます」


口に運んだ瞬間。


ふわりとした食感が広がる。


甘さもしつこくなく、層ごとの味わいも綺麗にまとまっていた。


……意外と美味しい。


実は俺も、一度だけ魔法で料理をしたことがある。


だが正直――


あまり美味しくなかった。


味のバランスが崩れたり、材料の配分を少し間違えただけで全体の味が変わってしまう。


だからこそ、今では自分の手で料理するようになった。


決められた工程に任せるよりも、


途中で「自分の求める味」に調整できる方が性に合っている。


「そうだ、ちょうどこれも出来たんです!」


先輩が新たな試作品を差し出してきた。


「これは……?」


透明感のある青いゼリーだった。


一口食べると、ひんやりとした清涼感が口の中に広がる。


果物とは違う。


どこか覚えのある味だ。


「魔力ゼリーですよ!」


「魔力ゼリー?」


「そうです! 魔力の少ない人向けに作られたお菓子で、食べると少しだけ魔力が回復するんです!」


「今ならお得ですよー!」


……なるほど。


この独特な風味。


魔力回復薬に似ているわけだ。


「もし興味があれば――」


「すみません。俺は手料理派なので」


丁重に勧誘を断り、俺たちは次の部活へ向かった。


さすがドゥルート魔法学院。


広さがある分、人の発想も無限に広がっていくらしい。


迷宮探索部。


詠唱芸術研究会。


幻獣飼育研究会。


さらには、


『優雅な魔法の使い方』を研究する礼法研究会まであった。


「部活……いっぱいある」


凜が小さく呟く。


「そうだな」


ドナグも頷いた。


「こんなにあるとは思わなかった」


凜とドナグは、自然と俺の前を歩いている。


二人は学院でも有名人だ。


歩いているだけで、周囲の視線を集めていた。


「あれ、パキシル・ドナグじゃない?」


「本物だ!」


「隣ってミルレ・リンだよね?」


「噂通りだ……」


「なんか、お似合いじゃない?」


そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


本人たちに聞こえているかどうかなど、お構いなしだ。


「おや、本当に君たちだったんだね」


聞き覚えのある声がした。


「シュト先輩」


「先輩、こんにちは」


アルヴィン・シュトがこちらへ歩いてくる。


「こんなところで会うとは珍しいね。部活動見学かい?」


「はい」


ドナグが頷く。


「凜とシュンと一緒に見て回ってるんです」


……いや、俺は別に「ちょうど」じゃない。


半ば強引に連れて来られただけだ。


「なるほど」


シュト先輩は眼鏡を押し上げた。


「せっかくだし、僕の所属している部活も見ていくかい?」


俺たちはシュト先輩の案内で、一つの教室へと向かった。


中は、まるで研究室のような空間だった。


扉を開けた瞬間。


様々な魔法道具が視界に飛び込んでくる。


机の上には分解途中の魔法道具。


壁には設計図。


隅には分類待ちの箱が積み上げられていた。


「ようこそ、魔法道具研究会へ」


「すごい……こんなに魔法道具が……」


ドナグが感嘆の声を漏らす。


「見たことないものもある……」


凜は机の上に置かれた分解済みの道具を覗き込みながら呟いた。


「入手が難しいものもあるからね」


シュト先輩は苦笑する。


「さすがに闇市には手を出さないけど、魔法道具を扱う店との付き合いもなかなか大変なんだ」


なるほど。


西側市場で妙に詳しかった理由は、ここにあったのか。


「先輩……あれは?」


ドナグが部屋の隅を指差す。


そこには、数十個もの魔法道具が積み上げられていた。


分解されたもの。


そのままの形を保ったもの。


だが共通しているのは――


普通の魔法道具とは異なる魔力の流れだった。


「その通り」


シュト先輩の表情がわずかに引き締まる。


「それらは全て、生徒会が回収した違法道具だ」


指輪。


首飾り。


腕輪。


一見すると、普通の魔法道具と見分けがつかない装飾品も混ざっている。


唯一の共通点は。


どれも、不快な魔力の揺らぎを纏っていることだった。


分解された後ですら、その違和感は消えていない。


違法集団の事件は終わった。


だが、残された問題までは消えていなかった。


空気が少しだけ重くなる。


「会長の許可をもらって、魔法道具研究会でも調査を続けているんだ」


「違法道具の本当の秘密を探るためにね」


「秘密?」


ドナグが首を傾げる。


「でも、出所は分かったんじゃ……」


「理論上はね」


シュト先輩は視線を落とした。


「だけど、どうしても違和感が残る」


「もしかしたら、他にも違法道具を扱っている組織が存在するのかもしれない」


……なるほど。


完全ではないが、かなり核心に近い。


「でも、安心していい」


シュト先輩はすぐに普段通りの表情に戻った。


「工場事件以降、生徒たちが違法道具に手を出すケースは確実に減っている」


「少なくとも、僕たちの行動が無意味だったわけじゃない」


「よかった!」


ドナグが安堵したように笑った。


シュト先輩は、本当に人を安心させるのが上手い。


さすが年長者だ。


その後も、シュト先輩は研究会の設備や活動内容を案内してくれた。


そして、再び部室の前まで戻ってくる。


「さて」


「君たちは、まだ他の部活も見て回るんだろう?僕はここまでにしておくよ」


俺たちが立ち去ろうとした時だった。


「ああ、そうだ」


シュト先輩が何かを思い出したように口を開く。


「一週間後には、所属する部活を決めないといけないからね」


「分かりました」


俺たちは揃って返事をした。


……いや。


正確には、一人だけ返事に少し間があった。


その言葉に、引っかかりを覚えたからだ。


――必ず選ばないといけないのか?


× × × × × × × × × × × × ×


職員室。


ナデラ・ミリアンは、自分の机で書類仕事に追われていた。


「そういえば、ミリアン先生」


一人の男性教師が声をかける。


「生徒たちに、部活動のことは説明しましたか?」


「部活動?」


ミリアンは顔を上げた。


「ええ、部活動見学週間だってことは伝えましたよ?」


「うーん……」


男性教師の表情が微妙に曇る。


「ミリアン先生」


「まさか、『必ず部活動に入らなければいけない』って説明してないんですか?」


「……え?」


職員室の空気が止まった。


「まさか……」


「えっと……先生も部活動に入らないといけないんですか?」


男性教師は信じられないものを見るような顔をした。


「……知らなかったんですか?」


そう言って、一冊の教師用手引きを取り出す。


「生徒は必ずどこかの部活動に所属します。これは必修単位です」


「所属しなければ……卒業できません」


ミリアンの表情が固まった。


「それから教師は――」


「自分で部を立ち上げるか、既存の部活動の顧問になります」


「もし所属していなかった場合……賞与が減額されます」


「……どのくらい?」


「年間賞与だったと思います」


「……」


「……」


「全部?」


「たしか」


職員室に沈黙が落ちた。


ミリアンの額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。


「今から部活を作るのって……間に合います?」


「まず、自分が何の部活を担当できるのか考えた方がいいと思います」


「魔法対戦研究会とか?」


「それ、ただ生徒と戦いたいだけですよね?」


「あはは……」


ミリアンは困ったように笑うしかなかった。


そんな彼女を見て、男性教師は大きくため息をつく。


「とりあえず……生徒への連絡だけは忘れないでくださいね」


「は、はい……」


こうして。


外では生徒たちの明るい勧誘の声が響く一方で、


職員室では別の意味で慌ただしい時間が流れていた。


それでも――


部活動週間は、少しずつ終わりへと近づいていくのだった。


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