第18話 初めての部活動見学(上)
翌日の授業は、特に何事もなく終了した。
終業の鐘が鳴った瞬間、それまで静かだった教室は一気に騒がしくなる。
夕食の話をする者。
寮へ戻る約束をする者。
そして、どの部活を見に行くかで盛り上がる者たち。
そんな中、俺はいつも通り静かに鞄を持ち、そのまま帰ろうとしていた。
――その時。
「シュン君、部活見学行く?」
横から、凜に声を掛けられた。
俺は少しだけ目を瞬かせる。
……そういえば、そんな話もあったな。
だが正直、そこまで興味があるわけじゃない。
誰かの集団に混ざるより、一人でいる方が気楽だ。
やっぱり断ろう。
そう思って口を開きかけた瞬間――
「どうしたんだ、凜?」
ドナグがこちらへ歩いてきた。
「部活見学に行こうと思って。シュン君も誘ってた」
凜が淡々と答える。
するとドナグは、なぜか少し驚いたような顔で俺を見た。
……いや、別にそんな反応されるようなことか?
だが周囲のクラスメイトたちも、どこか微妙な視線を向けてきている。
まあ、無理もない。
違法集団事件以降、凜が俺に話しかける回数は明らかに増えていた。
もっとも、その理由について俺自身はまったく分かっていないのだが。
……そんなに俺って、厄介事に巻き込まれそうな顔をしているのか?
俺がどう断ろうか考えていると――
「はぁ……分かった」
ドナグが諦めたように息を吐いた。
「じゃあ、シュン君も一緒に回ろうぜ」
……退路が消えた。
しかも断るタイミングまで失った。
その瞬間、俺は一つの事実に気づく。
最初に即答で断らなかった時点で、もう負けていたのだと。
迷いがあったからこそ、相手に“興味がある”と思わせてしまう。
あるいは――
俺自身、誰かに誘われることを少しだけ期待していたのかもしれない。
「……分かった」
約一秒間の葛藤の末。
俺は結局、二人と一緒に部活見学へ向かうことになった。
*
部活棟は、学院西側に存在する。
ドゥルート魔法学院が、生徒たちの部活動専用に用意した区域だ。
建物の規模は想像以上だった。
屋外運動場から研究棟、さらには半地下施設まで存在している。
……さすが名門学院。
近づいただけで、賑やかな声が一気に押し寄せてきた。
「新入生ー! 剣術部どう!?」
「魔導研究会、部員募集中ですー!」
「料理研究部、本日試食無料ですよー!」
あちこちで上級生たちが勧誘を行っている。
中には広場で実際に魔法を披露している者までいた。
炎、水流、風刃、光属性魔法。
様々な魔法が飛び交い、まるで祭りのような熱気に包まれている。
そんな中、最初に目に入ったのは屋外コートを走り回る生徒たちだった。
「君たち! バスケ部に興味ある!?」
やたら元気な先輩がこちらへ駆け寄ってくる。
「いえ、見学で――」
ドナグが答えかけた瞬間。
先輩の動きが止まった。
「……ん?」
じっとドナグの顔を見る。
そして次の瞬間――
「えっ!? お前、グレイン・バルシュ倒した一年か!?」
その一言で、周囲が一気にざわついた。
「マジで本人!?」
「Fランクの化け物だ!」
「思ったより若っ!?」
さらに近くにいた女子生徒たちまで集まり始める。
「決闘見たよ!」
「競技場半分燃やしたって本当!?」
「火球魔法教えて!」
気づけば、
ドナグは完全に人だかりに包囲されていた。
熱気の壁に押し出される形で、俺と凜は外側へ追いやられる。
「……いつもこんな感じなのか?」
思わず聞くと、凜は平然と頷いた。
「うん」
表情は相変わらず薄い。
どうやら慣れきっているらしい。
俺は中から聞こえてくる、若干盛られた噂話を聞かなかったことにした。
「先に別のところ見る?」
凜が別の棟を指差す。
「いいのか? ドナグ、まだ捕まってるけど」
「なんとかすると思う」
凜はあっさり言った。
助けに行く気は一切ないらしい。
……少しだけ薄情じゃないか?
だが本人が当然のように言っている以上、きっと日常茶飯事なのだろう。
そうして俺たちは、先に屋内エリアへ向かうことにした。
日差しの下で汗を流す運動系より、凜は静かな場所の方が好きらしい。
まあ俺も、ああいう熱血空間は得意じゃない。
“青春”の圧が強すぎて、自分だけ場違いな気分になる。
俺たちは室内エリアを歩いていく。
途中には――
魔導具を研究している研究会。
小型幻獣を飼育している生物研究部。
甘い香りが漂う魔法料理研究部。
……思った以上に、この学院の部活はカオスだった。
そして最後に辿り着いたのは、半開放式の道場。
入口には木札が掛けられている。
――弓道部。
「弓道部?」
俺は少し首を傾げた。
「どんな部活なんだ?」
「……弓を引く部活」
凜が少し考えてから答える。
「集中力を鍛えたり……そんな感じ」
「私も詳しくは知らない」
以前よりは、少しだけ話すようになった気がする。
するとその時――
「いい説明ね。集中力だけじゃなく、姿勢矯正や精神鍛錬にもなるのよ」
聞き覚えのある声が後ろから響いた。
振り返る。
「……会長?」
ヴィルタ・ソフィアが、笑みを浮かべながら立っていた。
そしてその隣には――
なぜか疲れ切った顔のドナグ。
どうやら人混みから救出されたらしい。
「部活見学?」
「はい」
俺が頷くと、ソフィアは楽しそうに微笑む。
「弓道部に興味があるの?」
「会長も詳しいんですか?」
「詳しいも何も――」
彼女はさらりと言った。
「私、弓道部の部長だから」
……この人、どれだけ肩書き持ってるんだ。
そう言って、ソフィアは更衣室へ入っていく。
しばらくして現れた彼女は、白と黒の弓道着に身を包んでいた。
ただでさえ目立つ人なのに、衣装が変わっただけで空気まで変わる。
凛とした美しさ。
優雅さ。
そして、どこか張り詰めた威圧感。
通りがかった生徒たちも、つい足を止めて見入っていた。
「それじゃ、案内するわね」
俺たちはソフィアの後に続き、道場へ入る。
そこには、静かに弓を引く部員たちの姿があった。
動きは整然としていて、無駄な音はほとんどない。
聞こえるのは、弦が震える音と矢が風を切る音だけ。
外の喧騒とは、まるで別世界だった。
「部長、お疲れ様です!」
部員たちが一斉に頭を下げる。
ソフィアは軽く手を上げた。
「今日は見学だから、気にしなくていいわ」
そして部員たちは、後ろにいる俺たちに気づく。
特にドナグを見た瞬間、何人かが明らかに驚いていた。
……本当に有名になったな。
その後、ソフィアは自身の弓を手に取る。
「じゃあ、普段の練習を少し見せるわね」
射位に立つ。
弓を引く。
矢を番える。
その一連の動きは、一切の無駄がなかった。
次の瞬間――
パァン!
矢が一直線に飛び、正確に的の中心を射抜く。
風が吹き抜ける。
黒髪が静かに揺れた。
……なるほど。
確かに、この部活は彼女によく似合う。
「弓道部はこんな感じかしら」
ソフィアが弓を下ろしながら言う。
「弓を引いて、座禅して、掃除して」
……後半の方が面倒そうだな。
その後、俺たちも実際に弓を触らせてもらうことになった。
まず最初はドナグ。
初射にしては悪くない。
二射目にはかなり中心へ寄せていた。
「へえ、経験あるの?」
ソフィアが感心したように尋ねる。
「家が貴族なんで、少しだけ」
……なるほど。
ドナグが貴族出身というのは初耳だった。
まあ、この学院には貴族も多い。
もちろん、俺みたいな例外もいるわけだが。
続いて凜。
一射目からかなり中心に近い。
二射目に至っては、ほぼ的の中央だった。
「凄いわね、凜さん」
凜は小さく頷くだけだった。
そして最後に、弓が俺へ渡される。
俺は静かに弓を見つめた。
本物を触るのは初めてだ。
昔の戦士たちが弓を引く姿を、本の中で何度も見たことはある。
だから少しだけ、興味はあった。
弦を軽く弾く。
思ったより重い。
そのまま構え、矢を放つ。
一射目。
四〜五点辺り。
二射目。
多少マシになったが、それでも七点程度だった。
「大丈夫よ」
ソフィアが笑う。
「誰にでも苦手なものはあるもの」
「またいつでも練習しに来なさい」
「遠慮しておきます」
俺は即答した。
弓を引く感覚は理解できた。
なら、今はそれで十分だ。
他の部活も見てから決めればいい。
そうして俺たちは、弓道部へ軽く礼を告げると。
次の部活へ向かって歩き出した。




