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第17話 社団活動と、少しだけ騒がしい日常

違法集団事件が一段落したことで、学院にも久しぶりの平穏が戻っていた。


少なくとも――表面上は。


一日休みを挟み、俺は再び教室へ戻ってきた。


教室へ足を踏み入れた瞬間、小柄な少女が慌てた様子でドナグの元へ駆け寄っていく姿が目に入る。


「あ、あの……ドナグ君!」


少女は緊張したように立ち止まり、深く頭を下げた。


「私はライカローン・ヴィメです……! 父を助けてくれて、本当にありがとうございました!」


ライカローン。


その姓を聞いた瞬間、すぐに理解した。


――あの商人の娘か。


ドナグは突然礼を言われたことに戸惑ったようで、しばらく目を丸くしていた。


「え? あ、いや……気にしなくていいって!」


彼は照れくさそうに頭を掻く。


「俺たちが勝手に助けに行っただけだし!」


だがヴィメは何度も頭を下げ続けていた。


周囲の生徒たちも、そんな様子をこっそり眺めている。


今やドナグは、一年生の中でもかなり有名な存在になっていた。


当然だろう。


Fランクでありながら、二年生B+のグレイン・バルシュを打ち倒したのだから。


俺はそれ以上気にせず、そのまま自分の席へ向かった。


しかし座った直後。


前の席の男子が勢いよく振り返ってくる。


「シュン君! 大丈夫だったの!?」


「違法集団に攫われたって聞いたんだけど!」


どうやら噂は、すっかり学院中に広がっているらしい。


「問題ない。怪我もしてない」


平然と答えた――その瞬間。


まるで合図だったかのように、周囲の生徒たちまで集まってきた。


「本当に学生まで攫うのかよ……」


「工場の中ってどんな感じだった?」


「動く機械兵がいたってマジ?」


「怖くなかったの?」


質問が次々飛んでくる。


俺はできる限り短く返した。


「まあ」


「そこまでじゃない」


「君たちが思ってるほどじゃないよ」


……実際、一番危険だった部分は俺が片付けたのだが。


それを説明する気は当然ない。


そんな風に教室が騒がしくなり始めた頃――


鐘が鳴った。


生徒たちは慌てて席へ戻っていく。


しばらくして教室の扉が開いた。


「はい、それじゃあ皆さん席についてくださいねー」


ナデラ・ミリアン先生が、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら教室へ入ってくる。


まるで先日の事件など存在しなかったかのように。


「今日からは、少し授業内容を進めていきます」


そう言いながら、彼女は黒板へ術式を書き始めた。


「これまでは魔法の種類や基礎詠唱を教えてきましたが――」


黒板上部に文章が浮かび上がる。


『同一魔法でも、詠唱の長さと魔力量によって効果は変化する』


「今日は、これについてですね」


言い終えると、ミリアン先生は軽く手を掲げた。


「例えば――」


「『火球ファイアボール』」


瞬間。


火炎が圧縮される。


ドォン!!


放たれた火球が壁へ直撃し、大きな爆発音が教室を揺らした。


壁には深い凹みが刻まれている。


「おお……!」


「ただの火球なのに!?」


初めて魔法理論に触れる生徒にとっては十分衝撃的だったのだろう。


だが――


逆に言えば、ある程度魔法に慣れている者には基礎中の基礎でもある。


俺も正直、そう感じていた。


教室内には既に集中が切れている生徒もいる。


窓の外を見る者。


机に突っ伏す者。


ペンを回し始める者。


当然、ミリアン先生が見逃すはずもなかった。


彼女は教室をゆっくり見渡し――


ふっと微笑む。


「もし自分の実力に自信がある人がいるなら」


「今ここで先生がお相手しますよ?」


空気が凍った。


先ほどまでだらけていた生徒たちが、一瞬で姿勢を正して教本を開く。


……怖い。


だがミリアン先生は何事もなかったかのように笑顔へ戻った。


「よろしい」


「それでは――」


彼女の視線が教室を巡る。


そして、ある人物で止まった。


「ドナグ君」


「一度やってみてください」


「え!? 俺ですか!?」


突然の指名に、ドナグは明らかに狼狽える。


クラス中の視線が集まる中、彼は反射的に隣のリンを見た。


リンは無言で小さく頷く。


それだけで、ドナグは覚悟を決めたようだった。


「……よし!」


立ち上がり、深呼吸。


そしてミリアン先生の動きを真似る。


「『燃えろ、火球ファイアボール』!」


火炎が形成され――


轟ッ!!


壁へ命中。


先ほど同様に凹みはできたが、規模はミリアン先生より明らかに小さい。


「うん、いいですね」


ミリアン先生は頷いた。


「詠唱短縮はできています」


「でも、まだもっと削れますね」


さらに彼女は続ける。


「それと、魔力量の調整も意識してみてください」


ドナグは真剣な顔で頷いた。


再び術式を構築する。


今度は明らかに圧縮が違う。


「――『火球ファイアボール』」


瞬間。


火炎の輝きが増した。


直後――


轟ッ!!


壁に空いた穴は、先ほどよりさらに巨大。


むしろミリアン先生のものを上回っていた。


教室が静まり返る。


「……マジかよ」


「Fランクだろ……?」


「意味わかんねぇ……」


囁きが広がっていく。


だがミリアン先生は特に驚いた様子もなく、軽く笑うだけだった。


「皆さん、分かりましたか?」


「詠唱の長さと魔力制御は、魔法の威力に大きく関係します」


「だからこそ、基礎魔法を甘く見てはいけません」


とはいえ。


もはや半分以上の生徒は授業どころではない。


視線は全て、壁の大穴に集中していた。


俺は一人、静かに講壇を見つめる。


……やはり。


面白いのは授業内容ではなく、ミリアン先生本人だ。


魔力制御が異様に精密。


爆発位置すら完璧に制御している。


――強い。


授業はそのまま終了した。


ミリアン先生は教本を閉じ、ふと思い出したように振り返る。


「あ、そうだ」


「今週は部活動見学週間ですよー」


「興味がある人は、ぜひ見に行ってくださいね」


そう言い残し、教室を去っていった。


次の瞬間。


教室が一気に騒がしくなる。


「うわ、もう部活週間か!」


「俺、剣術部行こうかな!」


「魔導研究会も人気らしいよ!」


さらに数人の女子がドナグの元へ集まっていく。


「その……前は誤解しててごめんね!」


「ドナグ君、本当はすごかったんだね!」


当の本人は完全に困り果てていた。


「ちょ、ちょっと待って――!」


その一方で。


俺は別のことを考えていた。


……部活動?


何だそれは。


新しい試験か?


それとも特殊な授業か?


少し悩んだ末、俺は前の席へ声をかける。


「悪い、少し聞きたいんだけど」


「ん? どうしたシュン君?」


「部活動って……何?」


「…………は?」


相手は完全に固まった。


「いや、お前それ本気で言ってる?」


「……本気だけど」


「知らない」


前の席の男子は目を見開く。


「お前、今までどうやって生きてきたんだよ……」


「前の学校にも部活くらいあっただろ?」


その質問は、正直かなり困る。


まさか「学校自体初めてです」とは言えない。


結局、曖昧に誤魔化すしかなかった。


「……今まで、あまり関わったことなくて」


彼は呆れたようにため息をつく。


「はぁ……いいか? 部活ってのは――」


しかし。


説明が始まる直前。


別の声が横から入った。


「部活は」


俺はそちらを見る。


いつの間にか、リンが隣に立っていた。


無表情のまま、こちらを見る。


「放課後に、同じ趣味の人たちが集まって活動するもの」


「友達も作れる」


淡々とした説明。


だが妙に分かりやすかった。


「……なるほど」


俺は頷く。


「ありがとう」


「別に」


極めて短い会話。


それだけだった。


なのに――


教室が数秒静まり返る。


ドナグですら驚いた顔をしていた。


「お、おいリン……急にどうしたんだよ?」


「シュン君が知らなかったから」


彼女は当然のように答える。


だが周囲の生徒たちはそう思っていなかった。


「え、リンが自分から話しかけた?」


「珍しくない……?」


「しかも相手シュンだぞ?」


「リンって基本ドナグ以外と話さないのに……」


話題が一瞬でこちらへ向かい始める。


……面倒だ。


俺は即座に立ち上がった。


「大体分かった」


「じゃあ、先に帰る」


逃げるが勝ちだ。


そのまま素早く教室を後にする。


背後ではまだ騒ぎが続いていたが、やがて再び部活動の話題へ戻っていった。


廊下を歩きながら、俺は小さく息を吐く。


もし部活動というのが、本当に「友達を作る場所」なのだとしたら――


正直、あまり向いていない気がする。


昔から、一人でいる時間が長すぎた。


だが――


父さんが俺をこの学院へ送った理由を考えると。


きっと、「普通の学園生活」を経験しろ、という意味なのだろう。


窓の外では夕陽がゆっくり沈み始めていた。


「……まあ、いいか」


「まだ時間はある」


もし興味が湧いたら、その時に見に行けばいい。


「今日は、とりあえず帰ろう」


こうして――


学院生活の新たな日常が、静かに幕を開けた。

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