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第二十九章 あなたに会いたい年末の過ごし方 【後編】

 絢との再会以降、夜叉月はそれまで無関心だった現し世の行事ごとを気にするようになった。それは絢とともに普段と違う時間を過ごせる口実にもなるからだ。

 同時に、真尋がよく笑うようになった。それは人間だった頃の真尋の姿を夜叉月に思い出させた。

 最近になって触れた新しい経験が、真尋を豊かにしているのが目に見えてわかる。真尋に今まで見せてやれなかった世界を教えてやりたいと思うようになっていた。



 絢に会えない年末、彼女を思い焦がれる気持ちは募るが、充実した日々に変わりはなかった。


「夜叉月様!このお蕎麦、良いお出汁ですね!あったまるし、美味しいです」


 目の前の蕎麦をつるつると啜っている真尋は、頬にたくさん溜め込んで幸せそうに目を細める。


「旨いわー!夜叉月天才か?!蕎麦ものど越しがいいし、つゆの出汁も天下一品!!」

「これ……本当にこの男が?!し、信じられない!」


 真尋の向かいでは、天翔と小春もいちいち騒がしく蕎麦を啜っていた。


(真尋のように落ち着いて食べられないものか)


 夜叉月はそっと真尋の頭を撫でて「慌てず食べろ」と優しく諭す。



 今日は大晦日。ちょうど真尋のために年越しの蕎麦を打ってやっていたところに、暇を持て余した天翔が小春と訪ねてきたのだ。部屋の中を漂う出汁の匂いに「俺も!」「私も!」と、二人は招かれてもいないのに図々しく上がり込んできた。


 蕎麦が出来上がる直前、夜叉月が霊力を分けて真尋を実体化させた。小春は目の前に真尋がふわりと姿を現しても驚きもせず、「名前は?」とだけ聞いて、当たり前の様に怨霊の童子を受け入れる。


 絢といい小春といい、常磐堂の女たちは肝が座っている。


「そういや、夜叉月、お前んちって前からこんなんあった?もっと殺風景だった気が……」

「……作った」

「作った?!」


 文机と必要最低限の物しか置かれていなかった彼の部屋には、今、長火鉢(ながひばち)と櫓炬燵(やぐらごたつ)が置かれている。

 夜叉月は長火鉢の前に座り、蕎麦を啜る三人は櫓炬燵を囲んでいた。


「この間、絢と甘酒飲んだ部屋みたいな……まさか、お前っ……!」


 そこまで言うと、天翔は表情を引きつらせた。急に寒そうに両腕を擦(こす)りだし、鳥肌まで立てている。

 天翔の察した通り、これは夜叉月がこの間の応接間を模倣(もほう)して作ったものだった。

 夜叉月にとっては、何かをしていないと、一日が幾十時間にも感じられてしまうような毎日だった。

 彼女を頭に浮かべ、思い出を辿っていたら、いつのまにかこれらが完成していた。

 真尋が跳び上がって喜んでいたのは言うまでもない。それ以降、度々真尋はこの姿になり、炬燵に潜り込んで温もりを楽しんでいる。


「重いわぁ……千年て怖いわぁ……」


 天翔が失礼極まりない目を向け続けるので、夜叉月は無言で、まだ半分ほど入っている天翔の蕎麦の椀を片付け始めた。


「嘘!ごめんて!純愛!!!一途!!!」


 椀を死守しようと天翔は夜叉月の足にしがみ付くと、真尋が呆れたような目を向けた。

 ようやく取り返した椀を抱えるようにして残りの蕎麦を食べながら、天翔はちらりと小春を見る。


「なんや、おとなしいな。絢のこととなると、いつもは小春の方が騒いどるやん?」

「……」


 小春は箸を咥(くわ)えながら、しばらく何かを考えている。顔を上げた小春が珍しく攻撃的ではない、複雑な視線を浮かべていた。


「……絢姉ちゃん、最近少し寂しそうで。絢姉ちゃんがあんな顔するくらいなら、あんたが側にいた方が……」


 言いかけた小春が、はっとして両手で口を抑える。夜叉月は僅かに見開いた目で小春を捉えたまま一瞬動きを止めた。

 夜叉月はすぐに表情を戻すと、すっと立ち上がって、奥から鍋を一つ持ってくる。それを火鉢(ひばち)の五徳(ごとく)の上に置いた。


「小春。ぜんざいを作っておいたんだ。温めてやるから、食べるか?」

「?!……た、食べる!!」


 天翔は口をあんぐりと開けて小春と夜叉月のやり取りを聞いていた。


「小春……お前……絆(ほだ)されとるやん」


 夜叉月はもう一つの五徳に金網(かなあみ)を敷き、餅を載せていく。

 蕎麦を食べ終わった真尋が、椀を持って炬燵から出ると、火鉢にかけられた鍋の中を覗き込んだ。


「夜叉月様!ぜんざい僕も欲しいです!」

「あぁ、もちろんだ」

「夜叉月、俺も!俺も!」

「お前にはやらん」

「なんで?!」


 ぜんざいを混ぜたり餅をひっくり返したりする様子を、真尋がじっと観察している。夜叉月は片腕で真尋を引き寄せると、胡坐をかいていた自分の足の真ん中に座らせた。


「わあぁぁ!え?夜叉月様?!」


 真尋は戸惑いの声を上げて夜叉月を下から仰ぎ見る。驚くあまり、その手から椀が滑り落ちて転がった。


「ははっ!なんだ?」

「えっと……いえ……あの……」


 夜叉月が真尋に回していた腕に、真尋がそっと手をおいて俯く。しばらくすると、膝から下をぱたぱたと揺らし始めた。どうやらこれが気に入ったらしい。


「夜叉月様、ご機嫌ですね」

「そう見えるか?」

「はい!とっても!夜叉月様が楽しそうだと、僕も嬉しいです!」

「そうか」


 ぜんざいが温まり、甘い香りがほんのり立ち上がってきた。真尋が香りを楽しむように、すんすんと小さく鼻を鳴らす。


「……そうだな。お前が楽しそうだと、私も嬉しい」


 夜叉月が呟くと、真尋はぴたりと動きを止めた。少しして、真尋は夜叉月の腕に添えていた手にしがみ付くように力を込め、顔を埋めた。


「なんやなんや、良い雰囲気やなお前ら!ずるいやん!俺らも入れてや」

「いい匂いしてる!ひっくり返すの、手伝う」


 椀を持った小春と天翔も火鉢を囲って座り出す。


「あ、僕も手伝います!」


 真尋は夜叉月の脚からひょいと抜け出ると、夜叉月の代わりに鍋をかき回した。


「小春、餅くっついとる!なんや、不器用やな。貸してみ」


 小春が四苦八苦していると見かねた天翔が、箸を奪って餅をひっくり返した。しばらくして餅がぷぅっと膨れだす。


「ええやん!ええやん!」

「すごい!!良い色!!」

「椀をください!僕がよそります」


 ぜんざいの行方を三人に任せ、夜叉月はすっかり暗くなった外を眺める。


 今頃絢は忙しくしているのだろう。

 その中でも私を思い出してくれる瞬間はあるのだろうか。そのときには私と同じ気持ちでいてくれるのだろうか―――


「夜叉月様も一緒に食べましょう」

「ん?あぁ、そうだな。ありがとう、真尋」


 真尋は夜叉月に椀を渡し、自分の椀も手に取った。それから少しもじもじと躊躇(ためら)った後―――ストン!

 意を決した表情で夜叉月の脚の間に座った。


「こ、ここで食べてもいいですか?」


 表情は見えないが、膝の上で俯く真尋が小さく問う。

 夜叉月はその問いには答えずに、ぜんざいを口にした。口の中に小豆の粒の舌触りと甘さが広がっていく。


「甘いな。慌てて餅をつまらせるなよ、真尋」

「……はい!」


 真尋は嬉しそうに返事をすると、餡にたっぷり浸かった餅にかぶり付いた。


 今年はとてもいい年末だった。


 明日は新たな年になる。また絢に会える。

 



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