第二章 水飴と絆 【中編】
「夜叉月様ぁ!!見てみて!」
そこかしこに曲芸や見世物、珍しい食べ物が立ち並ぶ浅草寺の境内。午後の柔らかな日差しが差し込む頃、そこは軽快な太鼓や笛の音が鳴り響いていた。
境内の大香炉からは、白い煙が絶え間なく立ち上がり、人々がご利益を求めて競うように両手で身体へと煙をかき寄せている。線香の香ばしい匂い、焼き餅や天ぷらの香ばしい煙、そして人々のどっと沸き立つ歓声と笑い声。
それらは、どれもこれも真尋の関心を引いてやまない。
真尋は光の姿で、夜叉月の腕に巻き付き、大きな目を輝かせている。真尋の姿は自由自在で、今は齢四つほどの姿で、夜叉月の腕をよじ登ったり、肩や頭の上に立って首を長くしながら遠くを見渡したりと、やりたい放題だ。
線香の煙と食べ物の匂いが立ち込め、真尋が鼻をすんすん鳴らしている。
夜叉月は常なら、なるべく喧騒を避け、離れたところから魂の気配を探るところだ。だが「お出かけ」と聞いてさっと姿を現し腕を巻き付けてきた真尋を見て、なんとなく気が変わった。
まぁ自分自身、気分を一転したかっただけかもしれないが。
夜叉月が境内を歩いていると、背中にチリリと感じた微かな気配。歩みは止めずに、黒曜石の瞳が一瞬鋭さを増す。
予知の法がこのあたりを照らしてからというもの、目に見えて追手が増えてきた。予知の法は仏界にも同じものを見せたはずだ。
前回彼女の命がこの現し世を去ってから、夜叉月は長いこと気配を消していた。しかし、予知の法が再びこのあたりを照らしたことで、夜叉月も必然とそこを探し回るに違いないと、追手を集中させたのだろう。
町のなかでもそれなりに気配は感じるが、今まで負け知らずの夜叉月に、何の策もなく挑んでくる無鉄砲や実力者はそうそういない。
しかし今回はどうも相手に殺気どころか、集中力すら感じられず、自分の勘違いかとさえ思うの。
向こうから、両端に漆塗りの小さな木箱のついた棒を肩に担いだ威勢のいい男がやってくる。男が腰の鳴子をチリン、チリンと鳴らすと、それまで駒回しや竹馬で遊んでいた子どもたちの動きがピタリと止まった。
「はい、水飴だよー。あまーい水飴だよー」
真尋は夜叉月の頭に腕を巻き付けたまま、口を開けてその男に釘付けだ。真尋が夜叉月の肩に座り、足は首に、腕は頭に巻き付けているものだから、夜叉月は首から上がしっちゃかめっちゃかにされているの。しかし当の本人は涼しい表情を崩さない。
子供たちが無邪気に水飴屋へむかう。持ってきた小遣いを差し出し、我先にと群がる。
その中に上等な着物を身に纏い、瑠璃色の髪をした兄弟がいた。弟らしき方が兄の袖を掴んで、寄り添いながらそわそわと水飴屋に近づく。少し手前で足を止め、水飴を手にして過ぎ去る他の子どもたちの手元を食い入るような眼差しでじーっと眺めていた。
「水飴を二本」
背後からの声に、兄弟はびくりと肩をはねあげる。そのまま固まってしまい、声のした方へ顔を向けられないでいる。
「はいよ、水飴2本ね!」
兄弟の頭上で、漆黒の着物からすらりとした手が伸び、それを受け取る。
「ほら。」
夜叉月が飴を差し出すと、兄弟たちは緊張しているのか顔を伏せがちに振り返った。
夜叉月からは兄弟の頭しか見えないが、明らかに水飴の前で視線を止めた。控えめに手を伸ばして水飴を受け取った兄弟は、ようやく上目遣いで少しだけ夜叉月をちらりと見やると、「ありがとう」とだけ言ってまた目線を水飴に戻す。
兄弟は顔を見合わせにんまり笑うと、きゃっきゃと飛び跳ねるように、くるりと踵を返した。
一歩踏み出した兄弟の背中に、美しく妖しい音色のような声が届く。
「それで?お前たちも俺を殺しにきたのか?慧光、慧喜」




