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羅刹の刀神 ー私を忘れた千年の想い人ー  作者: 彩幸-Sayasachi-
第二幕 刀神と護法童子
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第二十一章 浅草寺の夜宴―終宴― 【後編】

 光の精霊は一つ、また一つと姿を消し、すべてが去った頃には、童子たちは力尽きて皆その場に崩れ落ちた。


『――お前達、帰っておいで』


 結界の内に、慈愛に満ちた声が響き渡る。夜叉月はその声を、どこか懐かしい心地で聞いていた。


「普賢菩薩(ふげんぼさつ)……」


 声が降り注ぐと、倒れていた童子たちは柔らかな光を纏(まと)い、闇に吸い上げられるように消えていった。

 結界が霧散(むさん)し、輝いていた大提灯の灯りも、蓮華の光も、香炉の靄も、すべて消え去り、浅草寺はようやく本来の静けさと暗闇を取り戻した。




◇




「本当に、絢、お前というやつは!浅草を灰にする気か!」

「ご、ごめんなさい……でも、小春を泣かせたし、お兄ちゃんをあんな風にしたし……許せなくって、つい……」

「絢は、何も悪くない」

「おい夜叉月!絢を無責任に甘やかすな!!!」


 夕澄を肩に担ぎ、子狐の小春を脇に抱えた天翔は、肩の上でギャーギャー騒ぐ夕澄にげんなりした目を向けた。小春は珍しくおとなしい。


「なぁなぁ、夜叉月。正直に言うてみ?俺が現れた瞬間、痺(しび)れたやろ!かっこよかったよなぁ?!」

「……」


 天翔はケラケラ笑いながら、振り返って夜叉月に声をかける。


「でもなんでやられたんや?最強の刀神が油断しとったんか!いい気味やぁ!目が開いてりゃ眼力ぐらい使えたやろ!」


 夜叉月の黒曜石に危うい光が一筋走る。


「ぐっ、動かん!やめて!俺に使わんといて!」


 いつも通りの賑やかさを取り戻し、絢は安心したように息を吐いて顔を綻(ほころ)ばせた。


 一行は常磐堂に向かって歩いている。

 幸いなことに、優秀な結界のお陰であの激戦が嘘のように、浅草寺の参道は元通りだった。ひと通りの確認を終え、夜叉月と天翔は、絢たち三人を送り届けているところだ。

 絢が躓(つまず)かないよう、夜叉月が淡い光で静かに道を照らす。


 絢の横顔と揺れる簪を眺めながら、夜叉月は彼女より少しだけ後ろを歩いた。


「ねぇ、絢」

「……はい?」

「なんで来てくれたの?」

「家の近くで……あなたと真尋の気配が急に消えた気がしたの。……何だか嫌な予感がして……心配になって」


 夜叉月は、愛おしそうに絢を見つめる。


「首を突っ込むなと言ったのに、絢が行くと言って聞かないから、俺がこんな目に……」

「……あのぉ、元気そうなんで、降りてもらってもええですかぁ?」

「お前らは知らないと思うがな!絢はこう見えて、言い出したらてこでも動かない頑固者なんだ!だが我儘(わがまま)な絢も可愛い!!お前ら!自分たちの世界の喧嘩は絢の気づかないとこでやれ!!!」

「もう!お兄ちゃん!言っていることがめちゃくちゃ!」


 天翔は盛大に溜息をついているが、夜叉月は夕澄の叫びなど耳にも入っていない様子だ。


「絢は、精霊を呼ぶことができるのか?」

「んー……まぁ、そんなところです」


 夜叉月はすり寄るように絢の横に並ぶ。


「今度は精霊じゃなくて、最初に私を呼んでくれないか?」


 絢はきょとんと夜叉月を見上げてから、おかしそうに笑った。


「ふふっ。私の言葉が届くのは、生まれて間もないか弱い精霊たちか、自ら私の声を受け取ろうとする意思のある魂だけ。強大な魂に、そもそも私は干渉できないの。当然、あなたのような神様みたいな人たちにもね」

「……そうか?私を言いなりに出来るのは絢だけのはずだが」

「もう、揶揄(からか)わないで」


 夜叉月は至って真剣に本心を言ったのだが、絢には届かなかったらしい。そのまま絢はまた夜叉月の前を歩き出した。

 甘ったるい雰囲気に、夕澄と天翔は顔を青くしている。小春は「グルルル」と威嚇(いかく)する声を漏らすが、ちっとも怖くない。


「本来、真尋のような強大な魂には私の声は届かないはずなの。だけどね、今まで夜叉月が苦しんでいる時、あの子は何度も私の声に応えてくれた。あんなに憎いと言う私の声に」

「……」

「真尋は……あなたを本当に大事に思っているのね」



◇



 ―――常磐堂の前。

 人間の姿に戻った小春は、別れの挨拶を手短かに澄ませると、絢の腕に巻き付いてさっさと中へ入ってしまった。

 

 地面に降ろされた夕澄は、扇子を口元に当てて着物を正す。腹の脇をさすってはいるものの、やはり自分でも歩けたようでスタスタと中へ入ろうとする。天翔はじとりとした目でその背を見送った。


 夜叉月は珍しく自ら夕澄に声をかける。


「ずいぶん丈夫に出来ているんだな」

「は?お前らとは違うに決まってるだろう!だが、こちらも無策で死にに向かうほど愚かじゃない!死にそうだったがな!!死んでお前の寝覚めを一生悪くしてやっても良かったがな!いや、お前が傷心の絢に手を出すと思ったら意地でも死ねるか!!」


 夕澄が夜叉月を睨みつけながら、衿の合わせを少し開いてみせた。そこには、あの謎の呪符がびっしり貼られている。どうやら自らにも術を施していたようだ。何か呪いのような文字がなぐり書きされているそれは、おどろおどろしい。


「いや……今日は、すまなかった」


 素直に謝罪する夜叉月を、夕澄は胡散臭そうに見つめた。


「……なんだ、不気味な」

「なぁ、一つ頼みを聞いてくれないか」

「は?図々しい!お前の頼みなど、聞くわけないだろう」


 夕澄の拒絶も意に介さず、夜叉月は淡々と願いを口にする。


「絢が……私のいないところで、酒を飲もうとしたら止めてくれないか」

「お前の前でもな!!どうしたらあんな事態になって帰ってくるんだ!!」


 夕澄は少し前にこの男に抱えられて帰ってきた絢の姿を思い出したのだろう、目の端を痙攣させ、怒りを露わにする。


「……あれは……絢があれほど酒が弱いとは知らず……」

「は?何を言ってる……絢は『ざる』だぞ。酔って顔色一つ変わったところを見たことがない」

「……」

「前日に何か考え事をしていたようで、ろくに眠れなかったみたいだからな!そうとも知らずに、どうせお前がよからぬことを考え呑ませまくっていたんだろうよ!疲れて眠ってしまったんだ、可哀想に!!もっとよく見ておけ!いや、もう二度と連れ出すな!!」

「……」


 夜叉月は、目を見開いたままその場に凍りついた。そんな彼を放置し、夕澄は戸をぴしゃんっ!と勢いよく閉めた。がちゃり、と施錠もしっかり。


 背後で天翔が「おーい、夜叉月ー?」と呼びかけていたが、その声すら今の夜叉月の耳には届かない。全身の血液が逆流するような衝撃の中で、思考だけがぐるぐると渦を巻いていた。



『夜叉月―――好き』


 あのときの言葉は―――?


 夜叉月は震えそうになる口元を手で覆った。指先まで痺れるような歓喜と切なさが、どうしようもないほど胸を締め付ける。

 

 遠くの空が、淡く白(しら)み始めていた。姿を見せ始めた明るみが、立ち尽くす夜叉月の横顔をそっと照らす。前髪の影から覗く黒曜石が、熱を孕(はら)んで揺れていた。



第二幕――完

第三幕から、徐々に過去の闇が迫りくる!


今後の夜叉月と絢を応援してくださる方、評価やブクマなどいただけたら執筆の励みになります★

第三幕もお楽しみに★

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