十八章 浅草寺の夜宴―狂宴、集結― 【後編】
「まいったな。天翔はともかく……関係ない人間たちを巻き込むわけにもいかないのですが……」
「……ならさっさと帰れ」
「はぁ。……そういうわけにもいかなくて。察してくれませんか?」
冷ややかな目はそのままに、雪は困ったように苦笑いしてみせる。
「あなただって分かっているでしょう?危機が迫っていると。予知の法の映し出す暗黒が日に日に勢いを増してくるものだから、仏界はそれはもう大騒ぎですよ」
「だから、なんだ」
「もう……それもこれもあなたが関係しているというのに、ちょっと無責任すぎやしませんか?」
「悪役に責任も何もあるか」
夜叉月の見た目は痛々しく、先程流れた血が顔半分を覆うようにこびり付いていたが、頭の血はすっかり止まっていた。
「それに、俺はお前らに殺されてやるわけにはいかないんだ」
「そうですか?でも、今までで一番いい形で清香さんの魂に会えたじゃないですか。もう十分じゃないんですか?」
雪が、ちらりと塔の下に目配せする。
「勝手に決めるな。……こっちは『これから』だと言うのに」
「へぇ……これはまた……今日はずいぶんと饒舌で……実に楽しそうな顔をしていますね」
「……そう見えるか?」
「えぇ」
夜叉月と雪は、言葉を交わしながら静かに刀を構えた。それぞれの刀身が、青銀と銀の光を纏っている。
「……氷華よ―――」
雪の刀が急激に光を増幅し始めると、制吒迦が夜叉月に掌をかざし、矜羯羅が手の印を結び直す。二人の手には、それぞれ渦のように光が集中しそれらがまさに夜叉月に向かって弾き出されそうになったその時―――
相輪の上から飛び降りた天翔が大太刀を振りかざして制吒迦に突進し、夕澄が三枚の呪符を矜羯羅へと投げ、さらに扇子で煽った!
攻撃に気づいた制吒迦が、すぐさま屋根を飛び降りたので、天翔はそれを追っていく。
「待て待てぇぇぇぇい!!」
「……おい、天翔!俺達が戦う必要なんかねぇだろ!」
「いいや、ある!それは今日は俺が夜叉月の親友としてここにおるからやぁ!ヒーローのお出ましやぁぁぁ!」
「意味分かんねぇ!本来悪役はそっちだろ!さっき夜叉月も言ってた!!」
「ピンチで到着すんのがヒーローって決まっとんのや!」
「はぁ?!もういいや……じゃあ後悔すんなよ!やってやる!!」
制吒迦はとある場所まで来るとぴたりと歩を止めた。そして足元に転がっていた金剛棒を拾い上げ、振り返る。
「お前と本気でやってみたいと前から思っていたところだ!」
「おぉ!かかってこい!制吒迦!」
ガキィィィン!!!!
お互い振り上げた大太刀と金剛棒が、大地を揺るがすように唸りを上げて正面からぶつかり、炎のような火花が上がった!
◇
―――制吒迦が飛び降りる直前、塔の上。
「……おい、うちの絢を巻き込むなよ、ガキども」
煽られた符は刃のような鋭さを持ち、矜羯羅を切りつけた。一枚は目を、もう一枚は新たな印を結ぼうとした手を。なんとか目だけは避けようと顔をそらしたのだが、間に合わなかった。符とは思えぬ速さで飛んだそれに、矜羯羅は片目の瞼が切られ、開けられなくなってしまった。
「大事な……商売道具なのに……」
矜羯羅は、開く方の目で深く傷つけられた手の甲を呆然と見つめる。
ぺた。もう一枚飛んできた符が、矜羯羅の額に張り付いた。
雪からの一撃は繰り出されることがなかった。雪の刀にもいつの間にか一枚符が貼られており、先程までの光を完全に失っている。
雪の冷ややかな翡翠の瞳に鮮やかな輝きが一筋走ると、札は一瞬で燃え尽きた。
「おい、夜叉月。ここのガキと香炉んとこのガキは俺たちが預かろう。とにかく絢に少しでも何かあれば、二度と絢の顔は拝めぬと思えよ」
夕澄は言葉の最後、夜叉月に鋭い睨みをきかせる。なぜか側にいた妖狐も、まったく同じ顔つきで夜叉月を睨みつけていた。
口は悪いが、佇まいだけは一級品の夕澄だ。口元を隠して風を受ける姿は、仏界の面々の迫力にも引けを取らない。
(ついでに隠した口を閉じていればいいものを……)
夜叉月は、想い人の兄を残念に思った。
夕澄は、符を貼られて動けなくなった矜羯羅を肩に担ぎ、妖狐の背に跨る。妖狐は念を押すような目線を夜叉月に向けると、屋根を伝って器用に降りていった。
「ようやく落ち着きましたね」
すると屋根面が銀色に光り出し、雪が空間ごと移動する術を発動する。
移動する直前、夜叉月は塔の下で感じた気配に、鋭く目を細めた。
「ちっ」
「……?どうかしました?」
「……いや」
雪は短く舌打ちした夜叉月を不思議そうに見つめたが、彼がそう言うので、またにっこりと笑顔を貼り付ける。
銀色の光が輝きを増して二人を包むと、次の瞬間、塔の上から二人の姿が消え去った。
降り立ったのは、雷門の下。風に揺れる巨大な赤提灯が、濡れた石畳の上に揺らぐ巨大な陰影を描き出していた。
突然そこだけ風がやむ。静寂の中、濡れた石畳の上で、ふっと誰かの足音が静かに響き渡った。夜叉月が門から続く仲見世通りの暗がりに声をかける。
「さっきは蒼月と遊んでいる所、邪魔して悪かったな。今度は思う存分遊ばせてやる」
闇の中から、大提灯の作り出す地獄のような明るみの中に姿を現したのは、光の大蛇を背負った男―――阿ノ多だった。




