第十五章 売れっ子刀剣守護職人 【前編】
俺の目の黒いうちは――。
その言葉の通り、夕澄は帰りの列車に揺られる中、絢と夜叉月の間で足を組み、夜叉月を睨みつけていた。
車両内、人もまばらな質の良いソファ席で、なぜかそこだけ不自然に三人は密着している。
絢と夜叉月がどちらともなく微笑み合いながら腰掛けようとしていたそのとき、早足で追いついた夕澄が無理矢理割り込んだのだ。
(……邪魔な兄め)
と、内心では悪態をついているが、今の夜叉月には面に出さないだけの度量と余裕がある。
夜叉月は涼しい顔で、夕澄とは逆側を向いて外を眺めている。
だが見えているのは通り過ぎる景色などではない。頭をよぎって消えるのは、絢の表情一つ一つ。窓枠に肘を付いた手で、口元を押さえ、緩みそうになる頬を引き締めた。
目ざとく何やら感じ取った夕澄は苛立ちを隠せずに、扇子を持っていない方の手でトントンと組んだ腕を叩いている。
長いこと揺られ疲れたのであろう、絢がうつらうつらし始め、そのまま夕澄の肩にトンと頭を置いた。さも得意げな目で見てくるのかと思いきや、夕澄もすでに夢の中だった。
夜叉月は少し気が抜けて肩を下げる。
(本当だったら、私が肩を貸したいところだが……これ以上望めば罰が当たりそうだな)
かつての護法善神がそんなことを考えているのが可笑しくなって、思わずふっと笑ってしまう。
「―――ずいぶんとご機嫌ですね」
すぐ横から降ってきた声とともに、ぴんと空気が張った。
夜叉月の黒曜石の瞳が、突然隣に現れた銀髪の童子を、向かいの窓越しに捉える。さも当然のようにその童子は夜叉月の隣に足を組んで座っている。相変わらず感情の読み取れない翡翠と窓の硝子を通じて視線が交わった。
「……あぁ。見ての通りだ。邪魔をするなよ?」
「あなたの機嫌を? それとも眠り姫の眠りを?」
「どちらもだ」
その童子―――雪は珍しいものを見るように、目を開いた。それから、顎に人差し指を当て、わざとらしく考えるような仕草をする。
「ん〜困りましたね。あまり喜んでもらえる話じゃなさそうなのですが……」
「じゃあするな」
「……そういう訳にもいかなくて」
そう言って雪は眉尻を下げて、申し訳なさそうな笑みを貼り付ける。その翡翠にそんな色は微塵もないが。
(いつから俺の周りは、煩く干渉してくる奴らばかり集まるようになったんだ)
夜叉月がそれ以上何も言わなくなったので、雪は無遠慮に続きを話し始めた。
「やっと準備が整ったんです。それを知らせたくて。……長らくお待たせしてしまってすみません」
雪の口角が引き上がる。
「―――千年も」
夜叉月は、涼し気だった目を細めて、暗に「消えろ」と圧をかけた。
雪は、ははっと声を上げ、ぱっと椅子から立ち上がると、窓越しではなく直接夜叉月の方を向く。
だが夜叉月は前を見たまま、その視線に応えない。
「近々あなたを宴にご招待させていただきますね。来てくださいますよね?きっとあなたも楽しめると思います。皆、あなたに会いたがっていますので……では」
雪が袖を翻すと、その姿は幻のように掻き消えた。
◇
数日後、ある晴れた日の常磐堂―――
今、夜叉月は、逆毛を立てた猫のような小春に詰め寄られている。
(……ずいぶんな歓迎のされ方だな)
特にお互い何を言ったわけでも言われたわけでもないが、小春は「野生の勘」だと言いながら、夜叉月に謂れのない疑いをかけようとしている。
まぁ、小春の基準で言えば、冤罪なわけでもないのだが……
「小春? どうかしたの?」
「……何でもないよ、絢姉ちゃん」
奥から温かい茶を持ってきた絢が、様子のおかしい小春に気づいて不思議そうに小首を傾げる。
小春は普段通りの笑顔で絢に答えようとしているが、どうにも上手くいっていない。
その場にいた天翔は、卓の端で黙って遠巻きに事の成り行きを見守っていた。
卓に湯呑を並べる絢。
夜叉月がそれを手伝おうと手を伸ばせば、夜叉月と絢の指先が微かに触れた。絢は慌てて手を引っ込め、顔を逸らす。
夜叉月は、絢の代わりに湯呑を並べてから、ゆっくりと頬杖をついてそんな絢を優しく見つめた。
絢の結われた髪と夜叉月の帯には、同じ蓮の簪が揺れている。
二人の間に流れる空気はどこまでも甘く―――皆を、糖度の高い静寂に巻き込んでいく。
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ついに耐えきれなくなった小春が叫び声を上げた。顔面蒼白で、すでに半分泣いている。
天翔は声を上げないまでも、開いた口が塞がっていない。
「なんで!なんで?!絢姉ちゃんは日光に行ってたのに!なんで絢姉ちゃんが帰ってきた途端こうなってるの?!」
「……」
顔が火照って質問に答えるどころではない絢と、そもそも答える気の無い夜叉月。
結局その問いに答える者は誰もおらず、その無言は皆の中で「意味深」へと変わっていった―――。




