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羅刹の刀神 ー私を忘れた千年の想い人ー  作者: 彩幸
第二幕 羅刹と護法童子
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第十四章 回廊と木漏れ日 【前編】

 翌朝、まだ夜も明けて間もない頃、二荒山ふたらさん神社の境内の片隅で、夜叉月は扇子で顔の半分を隠したあの男と対峙していた。


 夜叉月が、朝早くから境内の掃除をしているであろう絢を手伝おうと来てみれば、謎の呪符を構えて護衛気取りで絢の周囲を警戒する男と遭遇したのだ。

 当の絢はと言えば、疲れ切った顔で境内を掃いていた。昨日夜叉月たちと別れた直後からこの男に問いただされていたらしい。


(……可哀想な絢)


「現れたな、油断も隙もない化け物め」


 男の言葉に反応し、絢が男の背をきっ!と睨みつけた。何とも愛らしい。


 扇子の男は絢を背に庇うように立ちはだかり、細められた切れ長の目が、夜叉月を上から下までじろじろとねめつけている。

 それに好意的な色は微塵もない。


「昨晩のあれは、一体どういうつもりだろうねぇ」

「……」

「騒々しいと思って表に出てみれば、化け物同士が争っているじゃないか。絢まで巻き込んで」

「……」


 一見声色だけは柔和にゅうわだが、発する言葉は実に刺々しい。

 次第に男は扇子を持つ手をわなわなと震わせ、全身に滲む怒りを見せ始めた。


「……しかもお前、絢と抱擁を…!俺の前で、絢に触れるとは……命知らずも大概に……!」

「そ、それは私が……」

「聞きたくない!!」


 割って入ろうとした絢の言葉を、男は涙目で振り返り、声を荒げて遮った。ところが絢が頬を赤らめていたものだから、男は顔を真っ青にして立ちつくす。

 なんてことを口にしてしまったのかと慌てふためき、絢はまた口をつぐんだ。


 再び夜叉月を睨み付ける男の後ろで、絢が赤い顔のままちらちら目配せし、夜叉月に申し訳なさそうな視線を送る。


(……あぁ、絢は今日もあのかんざしをつけてくれているのだな)


 早朝の境内はとても静かで、昨晩の修羅場が嘘のように穏やかだ。

 無数の怨霊の潜んでいた闇は消え去り、今は立ち並ぶ杉の大木たちが「もう怪しい者は立ち入らせない」と言わんばかりに威風堂々(いふうどうどう)と佇んでいる。

 夜叉月の心もここの空気のように凪いでいた。


「落ち着いてくれないか、夕澄(ゆうずみ)君」

「黙っていてくれないか、山の神?余計な口を挟むならば、来年から絢は寄越よこさないぞ」

「……」

「絢にちょっかいばかり出しやがって。大人しく山にでも籠っていればいいものを」

「……」


(……そこは大いに同感だ)


 夜叉月のすぐ後で様子を伺っていた山神は、一肌脱ごうと歩み出たものの、この男―――夕澄ゆうずみにあっさりと一蹴され、そのままにこにこと黙り込む。


 山神は夜叉月の耳元に手を当てて囁いた。


「すまないね。私は力になれそうもないらしい」


 ―――最初から期待はしていない。


「お兄ちゃん、本当にもうやめてってば、恥ずかしい…」


 ―――そう。この男は絢の兄らしい。

 まさか絢の兄を不躾ぶしつけに切りつけてしまうわけにもいかず、我が物顔で絢の前に立たれてしまっては、どうしたものかと流石の「最強の刀神」も困ってしまう。


「絢、これが黙っていられるか!私の絢に……絢に……」

「……」


(……私の、絢…?)


 絢の兄といえど、その言葉は見過ごせない。

 空気がぴんと張り詰め、夜叉月の瞳にゆらりと光が浮かぶ。それに気づいた夕澄と、互いの視線が鋭くぶつかった。


「はいはい、もうおしまい!」


 鈴の音のような絢の声が、二人の間に割り込む。


「お兄ちゃんに付き合っている暇はないの。仕事はたくさんあるんです!お兄ちゃんも、ここへ来たからには仕事をしてください!」


 最愛の妹からしっかりと叱られ、兄は心なしか小さくなったように見えた。


 夜叉月は、パタパタと近づいてきた絢の竹箒に手をかけたが、止められてしまった。


「夜叉月も手伝いに来てくれたの?昨日も大変だったんだから、休んだらいいのに」

「……十分休んだ。眠るのは苦手なんだ。……それに……」

「……ん?」

「絢を見ている方が休まるんだ」

「―――っ!!」


 絢は思わず箒から手を離してしまい、まんまと夜叉月に奪われてしまった。顔に熱が戻ってきた絢は、自分の顔をパタパタ仰ぐ。


 夕澄の手から滑り落ちた扇子が、ぱたりと地面に転がった。それを山神がそっと拾いあげる。

 夜叉月は、口をあんぐり開けて固まる夕澄を横目で見下ろした。いい気味だ、と言わんばかりに口角を上げると、スタスタと歩いて境内を掃き始める。


「こ、この…絢をたぶらかす化け物が!!!」

「お兄ちゃん、今度それ言ったら嫌いになるから」

「……絢ぁ!!!」


 山神は拾った扇子を丁寧に畳んで夕澄に手渡してやった。


「……まぁ、気を確かに持たれよ。夕澄君」

「うるさい山神!」


 夕澄は扇子を奪い取るように戻し、ハタと開いて口元に当てる。


「見ていろよ、夜叉月!俺の目が黒いうちは、これ以上絢に近づかせんからな」


 絢に嫌われたくない一心で、夜叉月の名前だけはしっかりと呼ぶようになった夕澄であった。





明日、9月1日より、1日1回(19時)の投稿になります。


回廊と木漏れ日、甘めの後編もお楽しみに★

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