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第五章 常磐堂 【後編】

「そぉいや、そこの神社で来週あたり鎮魂祭ちんこんさいがあるんやって?」


 天翔が馴れ馴れしく店主に話しかけた。


「えぇ、すぐ裏の通りの露草つゆくさ神社でしてね。うちの本家がやっておるんです。うちもよく手伝っていましてね。鎮魂祭では娘が神楽舞を舞うんですよ。お時間あればぜひ、娘の『霜降そうこうの舞』を観に来てやってください」


 客が多く、上機嫌な店主が奥から湯呑みの乗った盆を運び、熱い茶を出しながら目を細めた。


「!!おじさん!!無闇に誘わなくていいよ!そうでなくても絢姉ちゃん目当てにたくさん人来るし!」

「えぇ?いいじゃないか」


 皆の会話が弾む中、夜叉月は風鈴に耳を傾けながら、静かに茶をすすり始めた。





 サッ、サッ……

 草履が石畳を擦る足音が三つ、不揃いに響く。


 夜叉月が店を出ると、天翔は「ほな〜」と店主に軽く手を振って、当たり前のように後に続き、小春もまた数歩後ろをつかず離れずで歩いている。

 夜叉月は、考えるだけ無駄だと、何も言わず歩いていた。


「なぁなぁ、もうちょい加減して歩いてくれん?後ろに娘さんもおるんやで」

 天翔は大股で夜叉月を追いながら、ちらりと後方に目をやる。


(勝手について来ておきながら、何を…)

 

 夜叉月は知らん顔だ。

 小春は天翔の気遣いなど耳に入っていない様子で、夜叉月の背中を穴が開くほどに見つめていた。


「ずっと探している人がいるって聞いていたけど、あのかんざしは想い人へ渡す物?それともまさか、本当に絢姉ちゃんなの?そうだとしたら、こんな得体の知れない無駄に顔だけいい男が近づくなんて危険すぎる!」


 ブツブツと漏れ出る小春の独り言に、天翔が口をあんぐり開けて振り返る。

(心の声、盛大に漏れてるで、この子……)


「……何か気になることでも?」


 夜叉月が立ち止まることなく問いかける。

 夜叉月の風に靡く長い襟足と、それを束ねる青銀の組み紐が、彼の浮世離れした神聖さを際立たせていた。


「……一体何が目当てなの?」

「何の話だ?」

「じゃあ、その簪……なんで選んだの?どう考えたってあんたが使うんじゃないでしょ?」

「……またそれか。理由などないと言っただろ」



 小春は夜叉月の正体を暴こうと、目を細め、一歩踏み出した。


 

「じゃあ質問を変える。座敷で気になったのは、その刀」

「……」

「私、それ、知ってるよ。―――『童子切安綱どうじぎりやすつな』」


 夜叉月はピタリと歩を止め、涼し気な視線で静かに小春を捉えた。


「かつて、古の羅刹を斬り封印したとされる名刀。なぜあなたが持っているのか分からないけど、その刀、相当不穏な気配がする」


 小春は訝しげに顔を歪め、刀を見つめた。

 鞘の奥で、夜叉月の刀―――童子切安綱が、カチリ、と冷たく鳴る。

 天翔はぎょっとしたようで、片頬が少し引きつらせた。


 小春は鋭い眼光で真っ直ぐに夜叉月を射抜く。


「おじさんに聞かれないように気を使ったの。この間も、私以外には見えていないようだったし……で、あなた何者?」


 夜叉月はふっと口元を緩めたが、視線はちっとも柔らかくはならない。


「…不躾ぶしつけだな」


 夜叉月の声が冷たさを纏う。


「私はただ……あの店の人たちに危険な人を近付けたくないだけ!……何者なの?!」

「ならば、お前こそ何者だ?」

「……」

「上手く隠せているが、人では……ないな?」


 夜叉月の黒曜石は見透かすように青白く妖しい光を帯びる。

 すると、空気がぴりっと辛辣さを増し、冷たく乾いた風が不気味にざわめきだした。

 小春の顔から強気が消え、鋭かった瞳が徐々に焦りにかわる。


「あぁ、半妖か…座敷で、一度、人間ではない女が私の横に座っていたな」

「……!」

「人にも妖にもなれぬ半端者」

「なっ…」

「人間の中に混じろうなど…己の身の程を知れ、半妖」


 冷酷極まりない一言に、小春の声が裏返る。


「私は小春!ただの小春!!私は、私は―――」


「はい、そこまでー!!」


 いつの間にか小春の背後に回っていた天翔の大きな影が、小春をすっぽりと覆った。次の瞬間、小春の視界と口を両袖でふわりと優しく囲って遮る。


「小春ちゃん、威勢がいいんは嫌いじゃないけどな、向かっていく相手は考えた方がええで」


 天翔が今度は小春に向き合うように立ち、屈んで目線を近づけた。今にも泣き出しそうだった小春の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと髪を掻き回す。


「さ、触るな!」


 夜叉月の瞳からは妖しい光が消え去り、彼は完全に興味を失ったように歩きだす。

 

 サッ、サッ……


 今度は、たったひとつの足音だけが、路地に寂しく響いていた。

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