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あの場所へ  作者: ナオ
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24/25

24話 後部座席に残るもの

 朝の光がカーテンの隙間から入ってきても、誰もすぐには駐車場へ行こうと言わなかった。


 部屋のテーブルには、ナオのスマホが裏返したまま置かれている。


 深夜に届いた通知。


 車の周囲で動きを検知しました。


 その一文を、全員が覚えていた。


 ミカはベッドの上で膝を抱えたまま、スマホを見ないようにしていた。


「朝になったよ」


 リュウが言った。


「なったね」


「明るくなった」


「そうだね」


「確認するか?」


「私はここにいる」


「でも部屋に1人で残るのも嫌だろ」


 ミカは少し黙った。


「……みんなで行く」


 サチはカーテンを少しだけ開けた。


 部屋は駐車場側だったが、停めた場所までは見えない。


 見えるのは、建物の端と道路の一部だけだった。


「外は普通だね」


「朝だからな」


 ナオはスマホを手に取った。


 通知はまだ残っている。


 駐車監視の映像を部屋で先に見ることもできた。


 しかし、暗い映像の中に何かが映っていた場合、そのあと車まで行く方が怖くなる。


 逆に、何も映っていなければ、少し気持ちは楽になるかもしれない。


「ここで見る?」


 サチが聞いた。


 ミカがすぐに首を横へ振った。


「車が無事か先に見たい。映像で何か見てから外へ行くのは無理」


「俺もそれでいいと思う」


 リュウも言った。


 4人は荷物を簡単にまとめ、部屋を出た。


 廊下には清掃用のワゴンがあり、遠くから食器の触れ合う音が聞こえる。


 エレベーターには別の宿泊客も乗ってきた。


 旅行中らしい夫婦だった。


 普通の朝。


 それがありがたかった。


 ロビーでは朝食を終えた人たちが話している。


 子どもが自動販売機の前で飲み物を選んでいる。


 誰も昨夜の海沿いの道を知らない。


 誰も、駐車場に何がいるかもしれないなどと考えていない。


 自動ドアが開き、朝の空気が入ってきた。


 風は昨夜より弱かった。


 雲の隙間から日差しも出ている。


 ミカはリュウの隣を歩きながら、駐車場の先を見た。


「車、普通にある」


「ああ」


 ナオの車は、昨夜停めた場所にそのままあった。


 ドアも閉まっている。


 ライトも消えている。


 窓が割られた様子もない。


 遠目には、何も起きていないように見える。


 4人はすぐに近づかず、少し離れたところから車の周囲を確認した。


 サチが左側を見る。


「水、乾いてるね」


 窓についていた水滴は消えていた。


 リアガラスに残っていた手形も、朝の光の中では見えない。


 リュウが屋根を見上げた。


「傷は?」


「ある」


 ナオが答える。


 昨夜見つけた3本の擦り傷は残っていた。


 光の角度によっては薄く見えるが、確かに前から後ろへ伸びている。


 ミカは車の後ろへ回らなかった。


「手の跡は?」


「見えない」


「消えた?」


「乾いたんだと思う」


「それならいい」


 いい、と言いながら、ミカの表情はまったく安心していなかった。


 ナオは車のロックを解除した。


 短い電子音が鳴る。


 4人とも少し肩を揺らした。


「びっくりした」


 ミカが胸元を押さえる。


「いつもの音だろ」


 リュウが言う。


「今日はいつもの音も怖いの」


 ナオはまず運転席のドアを開けた。


 車内には昨夜と変わらない匂いがあった。


 シート。


 消臭剤。


 荷物。


 少しだけ残る食べ物の匂い。


 海水や泥の匂いはしない。


 運転席の足元にも異常はない。


 サチが助手席側のドアを開ける。


「こっちも普通」


 問題は後部座席だった。


 リュウがミカを見る。


「開けるぞ」


「待って」


 ミカは一歩下がった。


「私、反対側にいる」


「分かった」


 リュウが左後ろのドアへ手をかけた。


 昨夜、最初に窓を叩かれた側だった。


 ドアを開ける。


 何も飛び出さない。


 誰も座っていない。


 シートも濡れていない。


「何もいない」


 リュウが言った。


「本当に?」


「ああ」


 ミカは少し離れた位置から車内を覗いた。


 空の後部座席。


 自分とリュウが昨夜座っていた場所。


 中央の席にも何もない。


 その時、サチが小さく言った。


「シートベルト」


「何?」


 後部座席中央のシートベルトが、バックルへ差し込まれていた。


 普段、誰も使わない中央席。


 昨夜ホテルへ戻った時には、気づかなかった。


 ナオは手を伸ばさず、目で確認した。


「誰か締めた?」


「俺はしてない」


 リュウが答える。


 ミカも首を横へ振る。


「私もしてない。真ん中なんて触ってない」


 サチも言う。


「荷物を置いた時に?」


「中央には何も置いてない」


 ナオは昨夜の記憶をたどった。


 ホテルを出る前。


 海沿いの道。


 コンビニ。


 ホテルへ戻る道。


 後部座席にはリュウとミカ。


 中央席は空いていた。


 それなのに、シートベルトは締められている。


 誰かが座っているように。


 ミカは車からさらに離れた。


「外して」


「待て」


 ナオが止めた。


「先に映像を見る」


 4人は車へ乗らず、駐車場の端へ移動した。


 明るい場所。


 ホテルの入口も見える。


 周囲には人もいる。


 ナオはスマホで駐車監視の映像を開いた。


 通知が届いたのは午前0時17分。


 映像は短く、前後を含めて数十秒しかない。


 最初に映ったのは、ホテルの駐車場だった。


 街灯。


 停まっている車。


 風で揺れる植え込み。


 画面の中に人はいない。


 音声には風の音が入っている。


 ミカは画面を直接見ず、ナオたちの表情を見ていた。


「何かいる?」


「今は何も」


 リュウが答える。


 映像が進む。


 車の前を、白いものが横切った。


 速い。


 人というより、ビニール袋か紙のように見える。


 風に飛ばされたごみ。


 それが動体検知に反応した可能性もある。


 ミカが少し安心した。


「それじゃない?」


「かもしれない」


 ナオは映像を止めずに見る。


 白いものは画面の端へ消えた。


 そのあと、数秒間は何も起きない。


 風。


 街灯。


 空の駐車場。


 映像が終わる直前。


 車体が、ほんの少し沈んだ。


 人が乗り込んだ時のように。


 誰もドアを開けていない。


 画面の外から触れた様子もない。


 ただ、後部座席側のサスペンションがゆっくり下がり、そのまま戻らなかった。


 リュウが画面を指さす。


「今、沈んだよな」


「ああ」


 ナオは映像を戻した。


 もう一度再生する。


 白いものが横切る。


 数秒後。


 車の後ろ側が沈む。


 ミカは今度は画面を見てしまった。


 声が出なかった。


「誰か乗ったみたい」


 サチが静かに言った。


 映像はそこで終わっていた。


 ナオは続きの映像がないか確認した。


 次の通知はない。


 車が再び浮き上がる場面もない。


「それで、シートベルト?」


 ミカの声がかすれた。


 リュウはすぐには答えなかった。


 ナオは車へ目を向ける。


 朝の駐車場。


 窓の向こうに空の後部座席が見える。


 中央のシートベルトだけが締まっている。


 サチが言った。


「このまま乗るのは嫌だね」


「俺もそう思う」


 ナオはスマホをしまった。


「まずシートベルトを外す。それから車内を全部確認する」


「誰が外すの?」


 ミカが聞いた。


「俺がやる」


「触って大丈夫?」


「このままにもできない」


 ナオは左後ろのドアを開けた。


 シートベルトのバックルへ手を伸ばす。


 赤い解除ボタンを押す。


 カチッ。


 ベルトが外れた。


 その瞬間、車内のどこかで水が落ちる音がした。


 ぽたん。


 ナオは手を止めた。


 リュウも聞いていた。


「今の、どこだ?」


「後ろ」


 ナオは荷室を開けた。


 荷物は濡れていない。


 床にも水はない。


 しかし荷室の右端に、濡れた砂が少しだけ落ちていた。


 灰色に近い砂。


 小さな貝殻の欠片が混じっている。


 ホテルの駐車場には砂地はない。


 昨日4人が歩いた海辺でも、車内へ砂を持ち込むような場所には降りていない。


 リュウが顔をしかめた。


「海から持ってきたのか」


「それ以外は考えにくい」


 ミカは離れた場所から言った。


「掃除しよう。全部出して」


「そうする」


 4人はホテルへ相談し、清掃用の道具と大きなごみ袋を借りた。


 怪異の話はしなかった。


 車内に砂をこぼしたので掃除したい、とだけ伝えた。


 ホテルのスタッフは特に疑わず、掃除機まで貸してくれた。


 荷物をすべて外へ出す。


 バッグ。


 上着。


 飲み物。


 食べ物。


 タブレット。


 小物。


 座席の下も確認する。


 シートの隙間。


 ドアポケット。


 荷室の床下。


 ミカも最初は遠巻きに見ていたが、明るい場所で作業を続けるうちに少しずつ近づいてきた。


「何か出てきた?」


「普通のごみだけ」


 リュウが小さな菓子の包みを拾って見せる。


「それ私のかも」


「怪異より先に掃除しろ」


「今度から気をつける」


 サチも助手席の足元を片づけていた。


「こうやって全部出すと、旅してる車って感じするね」


「物が多いな」


 ナオが答える。


「まだ増えるだろうな」


「お土産とか?」


「着替えも買うかもしれない」


 ミカが少しだけ笑った。


「怖い話の途中なのに、普通の話すると安心する」


「普通の作業だからな」


 荷室の砂は掃除機で吸い取った。


 貝殻の欠片もなくなった。


 シートベルトは元の位置へ戻り、中央席には何もない。


 最後にナオは車内の窓をすべて開けた。


 朝の風を通す。


 海の匂いはしなかった。


 湿った匂いもない。


 ただの車内へ戻ったように思えた。


「これで大丈夫?」


 ミカが聞いた。


「しばらく様子を見る」


「すぐ出発しない?」


「朝食を食べてからにする。その間、窓を開けておく」


「置いていくの?」


「ホテルの前だ。見える場所に座る」


 4人はホテルの食堂で朝食を取った。


 窓際の席を選び、駐車場の車が見える位置に座る。


 ナオとサチは食べ始めれば普段と同じだった。


 リュウも少しずつ食欲を取り戻した。


 ミカは何度も車の方を見ていた。


「動いてない?」


「動いてない」


「沈んでない?」


「沈んでない」


「誰か乗ってない?」


「乗ってない」


 リュウが笑おうとしたが、うまく笑えなかった。


「今日は俺も確認したくなる」


「でしょ」


 食事を終え、もう一度車へ戻った。


 異常はない。


 シートベルトも外れたまま。


 砂もない。


 ナオはエンジンをかけた。


 警告灯も出ない。


 駐車監視の記録にも新しい通知はない。


「今日は海沿いを避ける?」


 サチが聞いた。


「少なくとも、このまま同じ場所へは戻らない」


 ナオが答えた。


 ミカは後部座席へ乗る前に、中央席をじっと見た。


「真ん中、荷物置いていい?」


「軽いものなら」


「空けておきたくない」


 リュウも頷いた。


「俺のバッグを置く」


 中央席にリュウのバッグを置き、シートベルトで固定した。


 今度は誰が締めたのか分かる。


 ミカはそれを確認してから、ようやく乗り込んだ。


 車はホテルを出た。


 昼間の市川の道路は、昨夜とはまるで違って見えた。


 通勤の車。


 配送トラック。


 自転車。


 歩道を歩く人。


 空は少しずつ晴れてきている。


 海側の道へは近づかず、市街地を通って千葉市方面へ進むことにした。


「今日も移動するの?」


 ミカが聞いた。


「この車で大丈夫か確認しながら、ゆっくり進む」


「夜まで走らないよね?」


「今日は明るいうちに宿へ入る」


「それがいい」


 リュウも言った。


「俺も今日は賛成」


 車内では、昨夜のことを何度も話し合った。


 最初の音。


 窓を移動した音。


 天井を滑ったもの。


 リアガラスの手形。


 写真に写った顔。


 駐車場で沈んだ車体。


 中央席のシートベルト。


 荷室の濡れた砂。


 ひとつだけなら、偶然や見間違いで済ませられる。


 しかし重なると、説明は難しくなる。


 サチが言った。


「海側の窓を叩いたものが、最後に車へ乗ったのかな」


「そう見える」


 リュウが答えた。


「でも、なんで?」


「乗せてほしかったとか?」


 ミカが自分で言い、すぐに嫌そうな顔をした。


「今のなし」


 ナオは前を見ながら言った。


「海沿いを移動する人や車についてくる、という話なのかもしれない」


「乗せたらどこまで来るの?」


「分からない」


「千葉中ずっとは嫌だよ」


「だから車内を空にして、砂も捨てた」


「それで降りたことになる?」


「なってほしい」


 ナオがそう答えると、ミカは少し驚いた。


「ナオさんでも、なってほしいって言うんだ」


「確証はないからな」


 昼前、4人は道沿いの大きな公園で休憩した。


 海から離れた、住宅地に近い場所だった。


 子どもが遊び、年配の人が散歩をしている。


 車を停めたあとも、全員がすぐには降りなかった。


 後部座席中央のバッグは、そのまま固定されている。


 シートベルトも変わっていない。


「大丈夫そう」


 ミカが言った。


「今のところな」


 リュウが答える。


 4人は公園を歩き、昼食を取った。


 今日は食事をしながら、次の目的地について話した。


 千葉市。


 幕張。


 稲毛。


 さらに内房方面へ向かうか。


 それとも千葉市内から房総の中央へ入るか。


 ナオは地図を見ながら言った。


「しばらく湾岸を進んで、それから内側へ入る」


 ミカがすぐに聞く。


「夜の海沿いは?」


「当分やらない」


「本当に?」


「ああ」


「よかった」


 サチが笑う。


「ナオくんも、昨日ので十分だったみたい」


「十分というより、同じことを繰り返しても仕方ない」


「そういう理由なんだ」


 リュウが言う。


「怖かったとは言わないのか」


「驚いた」


「そこは認めるんだな」


 ナオは少し笑った。


「天井の音は予想してなかった」


「俺もあれが一番嫌だった」


 リュウが答える。


「窓ならまだ外にいるけど、屋根に来た時点で近すぎる」


「やめて、昼なのに戻ってくる」


 ミカが両手で耳をふさぐふりをした。


 午後、再び車へ戻った。


 ミカが後部座席のドアを開け、すぐに中央を見る。


 バッグは固定されたまま。


 何も変わっていない。


「大丈夫」


「毎回確認するのか?」


 リュウが聞く。


「今日はする」


 車は千葉市方面へ向かった。


 道路沿いの景色が少しずつ変わる。


 住宅。


 商業施設。


 物流拠点。


 鉄道の高架。


 広い空。


 東京の延長のように見える場所もあれば、少し離れただけで地方都市らしい空気になる場所もある。


 サチは助手席から外を見ていた。


「千葉も広そうだね」


「かなり広い」


 ナオが答える。


「海も山もあるし、地域で雰囲気が全然違う」


「怖い話も多い?」


 ミカが聞いた。


「多いと思う」


「聞いた私が悪かった」


 リュウが笑う。


「でも昨日みたいなのばかりじゃないだろ」


「海、山、廃墟、古い団地、寺社、道路。いろいろある」


「ナオさん、楽しそうになってる」


「旅だからな」


「その言葉で全部進めるの、ずるい」


 夕方になる前に、千葉市内のホテルへ入った。


 明るい時間。


 人通りのある場所。


 駐車場も屋外ではなく、建物に隣接した立体式だった。


 ミカはそれだけで少し安心した。


「今日は海から来られない」


「海からは離れてる」


 ナオが答える。


「立体駐車場なら、窓も叩かれにくい」


 リュウが言う。


「叩かれにくいじゃなくて、叩かれないで」


 車を停め、荷物を下ろす。


 中央席のバッグを外そうとした時、リュウが手を止めた。


「待て」


「どうした?」


 シートベルトの肩ベルト部分に、小さなものが挟まっていた。


 黒っぽい糸のように見える。


 リュウが指でつまむ。


 濡れた細い海藻だった。


 ほんの数センチ。


 乾きかけているが、潮の匂いがした。


 ミカが声を失う。


「掃除したよね」


「ああ」


 ナオが答える。


「バッグを固定した時にはなかった」


 サチは海藻を見つめた。


「まだいるの?」


 ナオはすぐに答えなかった。


 海藻はシートベルトへ絡んでいた。


 誰かがそこに座り、肩へベルトをかけた時に挟まったような位置だった。


 リュウが低い声で言った。


「バッグの下は?」


 中央席のバッグを外す。


 シートは乾いている。


 砂もない。


 手形もない。


 ただ、座面が少しだけ冷たかった。


 左右の席よりも、はっきりと。


 ミカはもう車へ近づかなかった。


「今日は車に置いていこう」


「何を?」


 リュウが聞く。


「その海藻。部屋に持ってこないで」


「持っていかない」


 ナオは海藻をティッシュで包み、駐車場のごみ箱へ捨てた。


 車の窓を閉める。


 ロックする。


 今夜は駐車監視の通知を切らなかった。


 だが、通知が来てもすぐには見ない。


 4人はそう決めた。


 ホテルの部屋へ入り、明るいうちに夕食へ出た。


 昨日のように夜を待つことはしない。


 食事の間、できるだけ別の話をした。


 千葉で食べたいもの。


 これから行きたい場所。


 温泉。


 海鮮。


 房総の山。


 道の駅。


 ミカは少しずつ普段の調子を取り戻した。


「明日は道の駅行きたい」


「まだ近くにあるか調べる」


 ナオが答える。


「明るい道の駅ね」


「道の駅はだいたい明るい」


「夜は閉まるところもあるじゃん」


「昼に行く」


「よし」


 部屋へ戻り、ナオはタブレットを開いた。


 今日の記録を書く。


 駐車監視。


 沈む車体。


 中央席のシートベルト。


 濡れた砂。


 車内清掃。


 千葉市へ移動。


 シートベルトに絡んだ海藻。


 ナオは最後の一行を書かず、しばらく画面を見ていた。


 今日は、きれいな言葉で終わらせる気にはなれなかった。


 代わりに、確認事項として短く残した。


 ――中央席は、今夜も空けない。


 リュウのバッグは、ホテルの部屋へ持ってきている。


 代わりに車の中央席には、水の入った大きなペットボトルを数本まとめ、シートベルトで固定してきた。


 重さがあれば、車体の動きも分かる。


 誰かが座る場所もない。


 ミカはその画面を見て、少し嫌そうに言った。


「それでも座られたら?」


「今日は考えない」


 ナオが答える。


 ミカは少し驚いたあと、小さく頷いた。


「うん。今日はそれでいい」


 夜が深くなっても、スマホに通知は来なかった。


 車は立体駐車場の中で、静かに停まっている。


 そのはずだった。


 午前1時を過ぎた頃、リュウが寝返りを打った。


 小さな音で目を覚ましたらしい。


 カチッ。


 部屋の中ではない。


 廊下でもない。


 ナオのスマホから流れた、短い録音音声だった。


 駐車監視の通知とともに、自動保存された車内マイクの音。


 誰も再生ボタンを押していない。


 画面には、音声が1秒だけ再生された表示が出ていた。


 その1秒の中に入っていたのは、人の声ではなかった。


 シートベルトがバックルへ差し込まれる音だった。


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