第8話 それぞれの帰り道
夜の灯りが、王都の石畳をやわらかく照らしている。
三人は通り沿いの小さな食堂に入っていた。
豪華でも格式ばった店でもない。
軍人も学生も混ざる、ごく普通の店だ。
レイは静かに座っている。
目の前の料理を、ゆっくりと、きちんと食べる。
向かいではフィーナとユユが同時にため息をついた。
「だからさー、均衡維持は分かるけどさ」
ユユがフォークを振る。
「現場の整備日程無視して机上で数字いじるのやめてほしい」
フィーナが頷く。
「“政治的配慮”で出撃回数増やすのもね」
「部品足りないのに」
二人の口調は軽いが、本音だ。
レイは黙って聞いている。
「レイはどう思う?」
突然振られる。
レイは数秒考える。
「整備と出撃頻度の乖離は事故率を上げる」
淡々。
ユユが笑う。
「そう、それそれ。そういう正論」
フィーナも笑う。
「でも上は聞かないの」
「均衡がどうとか、外交がどうとか」
レイは静かに言う。
「戦争は、戦場だけで動いていない」
フィーナは少しだけ視線を落とす。
「……うん」
重くなりすぎないように、ユユがすぐに話題を変える。
「でもさー、今日はお祝いだから」
「実戦データ最高だったし」
「アルトリリィとナハトレグ、完璧」
フィーナがレイを見る。
「ね?」
レイは小さく頷く。
「共有は安定している」
「俺は、問題ない」
その言い方に、フィーナは少し安心する。
等身大の三人。
兵器でも王女でも設計者でもなく。
ただの、若者みたいな時間。
⸻
食事が終わる。
通りに出ると、夜風が少し冷たい。
最初に別れるのはレイだ。
REV倉庫側の特別区画へ向かう通りで立ち止まる。
そこは城からも、市街からも少し離れている。
元帝国兵。
異端の者。
特別区画。
隔離。
レイはそれを当然のように受け入れている。
「今日は」
一瞬だけ言葉を探す。
「……悪くなかった」
ユユがにやっとする。
「素直になったねー」
フィーナは少し笑う。
「うん、またね」
レイは頷き、歩き出す。
背中が暗がりに溶けていく。
フィーナとユユは、その背を並んで見送った。
⸻
帰り道。
王都の夜は穏やかだ。
石畳を二人で歩く。
ユユが横目で見る。
「ちゃんとできた?」
フィーナはすぐ反応する。
「そうだよ!ユユ急にこんなこと」
「仕込んだでしょ今日の」
ユユは笑う。
「感謝は?」
フィーナは少しだけ視線を逸らして、
「……ありがとう」
小さく言う。
「どういたしまして」
ユユは満足げに頷く。
「それで?告白でもした?」
フィーナが真っ赤になる。
「し、してないよ!」
一拍。
声が少し小さくなる。
「ただ……手は、繋いだから」
ユユが空を仰ぐ。
「はぁ……」
「ま、関係を作るだけが正解じゃないしね」
フィーナは歩きながら言う。
「うん……でも」
少し間。
「もっと隣にいたいって思ったよ」
ユユが足を止める。
「それさー」
横顔を覗き込む。
「好きってことだよね」
フィーナは考える。
否定は、しない。
「……そーかも」
ユユは小さく笑う。
「ま、レイはまだ何も分かってないし」
フィーナも苦笑する。
「だよね」
「がんばってね、フィーナ」
軽い声。
でも、真面目だ。
フィーナはうなずく。
「ありがと、ユユ」
分かれ道。
城へ向かう道と、市街へ向かう道。
「おやすみー」
「おやすみ」
それぞれの場所へ帰っていく。
王女。
技術士。
接続者。
三人は、同じ戦争の中にいる。
でも今夜は、
少しだけ平和で。
少しだけ、未来の話をした。
フィーナは自室の窓を開ける。
夜風が入る。
胸に手を当てる。
隣にいたい。
それは命令でも義務でもない。
自分の意思。
「……好き、かぁ」
小さく呟く。
答えはまだ曖昧。




