第64話 残響の檻
あれから。
アルテミスは止まらなかった。
燃料が尽きる、その瞬間まで。
共有接続値100%。
波形は完全一致。
一人のように、二人で。
やがて警告音が鳴る。
出力低下。
燃料残量ゼロ。
稼働停止。
コックピット内で、
フィーナは目を閉じたまま、微笑んだ。
「レイ、眠いの?」
沈黙。
それでも、頷くように。
「うん、おやすみ」
停止。
静寂。
⸻
共和国本土。
フィーナは――
普通だった。
朝は起きる。
食事を取る。
執務をこなす。
訓練もする。
笑う。
兵士に声をかける。
王女として、完璧だ。
接続テストも行った。
単独接続値20%。
良好。
問題なし。
異常なし。
数値は。
だが。
執務が終わると、
フィーナは倉庫へ向かう。
レゾネイトスーツを着る。
自然な動作で。
アルテミスへ乗り込む。
後席を見る。
空。
だが。
フィーナはそこへネックレスを置く。
「今日はね」
「ちょっと疲れた」
接続。
90%。
100%。
アルテミスの中でだけ。
フィーナは、静かに笑う。
「ほら、やっぱりここだと静かだね」
残響。
応える声。
レイ。
⸻
ユユは、あれから。
REVの新規設計をやめた。
図面は閉じた。
開発棟の奥。
アルテミスの整備ドック。
そこだけが、彼女の居場所になった。
毎日、ログを見る。
波形。
共有データ。
100%。
完全一致。
理論上あり得ない安定。
あり得ない融合。
「これが……」
モニターを睨む。
「2人の為のREV……なんて」
手が震える。
「最低だ……私……」
自分で作った。
依存を肯定する機体。
“二人でしか立てない”と判断し、
それを支える設計をした。
結果。
一人が死んでも、
もう一人の中で生き続ける構造が完成した。
アルテミスは、檻だ。
残響の檻。
ユユはアルテミスの装甲に触れる。
冷たい。
けれど、内部は温かい。
「……レイ」
呼んでしまう。
当然、返事はない。
だが。
フィーナが接続している間だけ、
後席の生体反応欄に、
“レイ”の名が表示される。
ゼロのはずの接続者識別が、
埋まっている。
ユユは選んだ。
フィーナから、
レイを消さないことを。
消せないことを。
アルテミスのシステムを書き換えた。
残響データを保存し続けるように。
疑似人格演算を走らせるように。
レイがいる“ように”。
「……一生かける」
小さく呟く。
贖罪。
これは罰だ。
フィーナを壊した罰。
レイを守れなかった罰。
アルテミスは止めない。
止めさせない。
フィーナが望む限り。
レイがいる限り。
それが、ユユの選択。
⸻
夜。
アルテミスの中。
フィーナは目を閉じる。
「レイ」
残響が、優しく返す。
「フィーナ」
微笑む。
「明日も、一緒だよ」
外では、
ユユが座り込んでいる。
壁にもたれ、
膝を抱えて。
聞こえてしまう。
フィーナの声。
返事のような波形。
涙が落ちる。
「ごめん」
誰に向けたのかも分からない。
でも。
アルテミスは今日も稼働する。
100%。
もう二度と、
切断されない。




