第6話 手を離して、手を繋ぐ
石畳の通りは、昼に近づくにつれて賑わいを増していた。
人の流れ。
焼き菓子の甘い匂い。
硬貨が触れ合う軽い音。
フィーナとレイは、手を繋いで歩いている。
強くもなく、弱くもなく。
離れない程度の力。
そのとき。
「足りないって言ってるだろ!」
「払ったはずだ!」
鋭い言い合いが、通りの一角から聞こえた。
露店の前。
中年の店主と若い客が向かい合っている。
客は顔を赤くし、手のひらを広げている。
店主は釣り銭箱を指差している。
「銀貨一枚足りない!」
「さっき三枚渡した!」
周囲がざわつく。
だが、誰も踏み込まない。
フィーナの指が、そっとレイの手を離した。
「ちょっと行ってくるね」
迷いはない。
レイは何も言わず、少し後ろへ下がる。
視線は周囲も含めて広く保ったまま。
いつでも動ける位置。
⸻
「どうしたの?」
フィーナが二人の間に入る。
客が振り向く。
店主が息を呑む。
「……フィーネリア様!?」
その一言で、空気が変わる。
周囲が静まり返る。
フィーナは少し困ったように笑う。
「大丈夫。続けて」
客が慌てて言う。
「ちゃんと三枚払ったんです!」
店主も譲らない。
「いや、二枚しか受け取ってない!」
フィーナは落ち着いて問う。
「買ったものは?」
「この焼き菓子、三つ」
「値段は?」
「銀貨三枚」
フィーナは店主の釣り銭箱を見る。
その隣の台にも、目をやる。
そして、客の手元。
「もう一回、袋の中見せて」
客が戸惑いながら袋を開く。
そのとき。
小さな銀貨が一枚、袋の縫い目の隙間から滑り落ちた。
石畳に転がる、乾いた音。
沈黙。
客の顔が青くなる。
「あ……」
フィーナはしゃがみ、銀貨を拾う。
店主へ差し出す。
「これで三枚」
静かに言う。
店主が深く頭を下げる。
「申し訳ありません……!」
客も慌てて頭を下げる。
「すみません……!」
フィーナは微笑む。
「誰でも、焦ると見えなくなることあるよ」
怒らない。
責めない。
ただ整える。
周囲の緊張がほどける。
ざわめきが戻る。
店主が改めて言う。
「ありがとうございます、フィーネリア様!」
フィーナは小さく手を振る。
「気にしないで」
それだけ。
⸻
人が散る。
さっきの中心は、もう消えている。
フィーナが振り向く。
少し後ろで、レイが見ている。
「待たせたね」
軽い声。
さっきの王女の声ではない。
レイは首を振る。
「問題ない」
一拍。
「判断が速い」
フィーナが首を傾げる。
「そう?」
「感情が高ぶる前に、状況を整理した」
分析のようで、どこか柔らかい。
フィーナは肩をすくめる。
「現場慣れかな」
戦場でも、街でも。
やることは同じ。
整えるだけ。
風が吹く。
「行こっか」
何事もなかったように言う。
背中を向ける。
その瞬間。
レイの手が伸びる。
今度は――自分から。
フィーナの手を掴む。
自然に。
さっきより少しだけ、確かな力で。
フィーナが目を丸くする。
「……え?」
レイは視線を逸らす。
「人が多い」
理由を添える。
だが掴む手は離れない。
フィーナは何も言わない。
小さく笑う。
再び歩き出す。
残響はない。
ざわめきはある。
でも。
彼女の隣は、やはり静かだった。
手を離して、
そしてまた繋ぐ。
それもきっと――
共有のかたち。




