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第5話 触れる距離

中央広場を抜け、石畳の通りへ。


露店が並び、人の流れがゆるやかに続いている。


フィーナは少しだけ前を歩き、振り返る。


「ちゃんと見てる?」


レイは視線を動かす。


「見ている」


「状況把握はしている」


フィーナが笑う。


「戦術じゃないの」


一歩近づく。


「服とか、建物とか、人の顔とか」


レイは改めて周囲を見る。


屋根の色。

窓辺の花。

子どもが持つ風車。


「視界には入っている」


「感想は?」


「……整理中だ」


フィーナが吹き出す。


「いちいち処理しなくていいの」


彼女は歩幅を合わせる。


自然に。


肩が触れそうな距離。


「難しいな」


レイがぽつりと言う。


「戦場は単純だ」


「敵味方がある」


「ここは曖昧だ」


フィーナは少し考える。


「曖昧って、悪いこと?」


「判断が遅れる」


「……でも」


彼女は笑う。


「曖昧だから、楽しいんだよ」


レイは横目で彼女を見る。


楽しそうだ。


それだけで、少し静かになる。



雑貨店の前でフィーナが止まる。


ショーウィンドウ。


小さな銀の飾り。


「こういうの、どう思う?」


レイは真剣に見る。


「装飾用途か」


「戦闘機能はない」


フィーナがじっと見る。


「そうじゃなくて」


レイは少しだけ考え直す。


「……きれいだと思う」


それは演算ではない。


素直な出力。


フィーナが目を細める。


「うん」


「それでいい」



歩きながら、フィーナがふと呟く。


「ねえ」


「うん?」


「さっき“フィーナの隣は静かだ”って言ったよね」


レイは一瞬止まる。


「言った」


「それ、どういう意味?」


直球。


レイは本気で考える。


胸の奥を探る。


残響は遠い。

今は聞こえない。


代わりにあるのは――


「落ち着く」


小さく言う。


フィーナの足が止まる。


「……落ち着く?」


「呼吸が安定する」


「思考が散らない」


理屈で説明する。


だが。


それはほとんど、告白だ。


フィーナの頬が赤くなる。


「それまた…ずるい」


「なぜだ」


「自覚なしで言ってるでしょ」


レイは少し困る。


「自覚?」


「……分からない」


正直だ。


フィーナは視線を逸らす。


でも、笑っている。



通りを横切ろうとしたとき。


人の波が急に増える。


子どもが走り抜ける。


フィーナがバランスを崩す。


その瞬間。


レイの手が、自然に腰に回る。


支える。


近い。


距離が、ほとんどない。


フィーナの呼吸が止まる。


レイは無意識のまま言う。


「危ない」


低い声。


近い距離。


フィーナは自分の鼓動がうるさい。


「……ありがと」


レイはすぐに手を離そうとする。


だが。


フィーナが今度は、逆にその袖を掴む。


レイが止まる。


「どうした」


「……人混み、すごいから」


小さく言う。


「離れない方がいいでしょ」


レイは周囲を見る。


確かに、人は多い。


合理的だ。


「了解」


自然に、今度は手を繋ぐ。


強くない。

逃がさない程度。


フィーナの心臓が跳ねる。


「共有?」


レイが聞く。


「……共有」


フィーナは小さく答える。


手の温度。


鼓動。


触れているだけで、静かだ。


レイも気づいている。


残響はない。


代わりに。


胸の奥が、少し温かい。


「フィーナ」


「なに?」


「これも」


一拍。


「悪くない」


フィーナは笑う。


「うん」



人の流れがゆっくりと途切れる。


通りの先には、まだ続く街並み。


手はつないだまま。


レイは前を見る。


「次は、どこへ行く」


問い。


命令ではない。


選択を預ける声。


フィーナは少し考える。


そして、指先を少しだけ握り直す。


「まだ、いろいろあるよ」


春の風が吹く。


遠くで誰かが笑う。


残響はない。


戦場もない。


ただ。


触れたままの距離と、


これから向かう先だけが、静かに広がっていた。


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