第4話 共有する休日
春の陽射しが、共和国中央広場をやわらかく照らしている。
噴水の水音。
子どもたちの笑い声。
屋台から漂う甘い匂い。
フィーナは腕を組み、目の前の相手を見る。
「……呼んだ本人がいないってどういうこと?」
レイは広場を見回す。
「時間は正確だ」
「ユユの遅刻は珍しい」
そのとき、フィーナの端末が震えた。
《ごめん! 昨日の実戦データで開発部と会議! 行けないー!》
フィーナは眉をひそめる。
「……は?」
すぐに、もう一通。
《後はがんばってー》
フィーナは目を細める。
理解する。
「……ユユの仕込みだ」
レイは端末を覗き込む。
「戻るか?」
あっさり言う。
迷いはない。
その一歩を踏み出しかけた瞬間――
フィーナは、反射的に彼の手を掴んだ。
レイが止まる。
視線が下へ落ちる。
掴まれた手。
それから、フィーナを見る。
「どうした」
「せっかくだから」
少しだけ強気に言う。
「帰らない」
レイは数秒考える。
広場。
人の流れ。
予定外の時間。
「……予定がない」
「うん」
「戦闘もない」
「うん」
「では、何をする」
フィーナは胸を張る。
「社会勉強」
レイが瞬きをする。
「必要か?」
「あるでしょ」
一歩近づく。
「レイ、戦闘関係以外ほとんど知らないじゃない」
レイは否定しない。
「……否定はしない」
フィーナはにやっと笑う。
「だから」
一拍。
「私からレイに、共有する」
その言い方に、レイの表情がわずかに緩む。
「共有?」
「戦争してない音」
「普通に生きてる人の空気」
広場を指す。
「これ」
レイは視線を向ける。
子どもが転び、すぐ立ち上がる。
商人が値段で揉めて、すぐ笑う。
老夫婦がゆっくり歩く。
意味のない光景。
以前の自分なら、そう処理していた。
今は違う。
胸の奥が、少しだけ落ち着く。
「……うるさくない」
自然に出る言葉。
フィーナが目を細める。
「静か?」
「いや」
少し考えて。
「……あったかい」
フィーナが足を止める。
「今の、もう一回」
「なぜだ」
「今の!」
レイは困る。
言葉を探す。
「……あったかい、気がする」
曖昧だ。
だが本音だ。
フィーナは満足そうに笑う。
「共有成功」
⸻
歩き出す。
人混みの中へ。
そこでフィーナの視線が止まる。
「……今日、なんか違う」
レイが首を傾げる。
「何がだ」
「服」
普段の軍服でも、レゾネイトスーツでもない。
落ち着いた色のジャケット。
すっきりしたシャツ。
動きやすいパンツ。
少しだけ、大人びている。
レイは袖を見る。
「昨夜、ユユに連れ出された」
「これを着て行け、と」
フィーナは目を丸くする。
「え、買いに行ったの?」
「選ぶのに時間がかかった」
少し間を置いて。
「……似合わなかったら困ると思った」
フィーナが固まる。
「え?」
レイは視線を逸らす。
「お前の隣に立つなら」
「変ではない方がいいだろう」
無意識の本音。
フィーナの頬が熱くなる。
「……似合ってるよ」
小さく言う。
レイはほんの少しだけ息を吐く。
「なら、よかった」
それは確認ではない。
安心だ。
⸻
市場を歩く。
焼き菓子の屋台の前で止まる。
「食べる?」
フィーナが聞く。
「任せる」
「共有でしょ?」
フィーナは二つ買い、半分ずつに割る。
「はい」
レイが受け取る。
一口。
甘い。
少し驚いた顔をする。
フィーナがにやにやする。
「どう?」
レイは少し考えてから言う。
「……悪くない」
「甘い?」
「ああ」
素直な反応。
フィーナは満足げに頷く。
⸻
噴水の縁に座る。
人々のざわめきが続く。
レイは静かに言う。
「こういう時間は」
「無意味ではないな」
フィーナが横を見る。
「兵器っぽくない言い方になってきたね」
レイは少し考える。
「……俺は」
一拍。
「兵器ではない、らしい」
フィーナの心臓が跳ねる。
「らしい?」
「まだよく分からない」
正直だ。
でも。
「だが」
視線が合う。
「フィーナの隣は、静かだ」
それはもう、残響の話だけではない。
フィーナは小さく笑う。
「じゃあ」
立ち上がる。
「今日はいっぱい共有しよ」
レイも立つ。
少しだけ自然な動きで。
春の光の中。
戦場ではない。
命令でもない。
選んだ隣。
共有から始まる時間が、ゆっくりと続いていく。




