第57話 最後の言葉
風だけが、吹いている。
アルテミスは膝をついていた。
片腕は失われ、
装甲は裂け、
背後から突き刺さった槍は、未だに抜けない。
90共有は、切れていない。
フィーナは振り向く。
「レイ」
返事はない。
血が。
白い装甲の隙間から、溢れている。
「レイ!」
声が、割れる。
何が起きたのか。
なぜ刺さったのか。
どうして庇ったのか。
聞かない。
そんなこと、どうでもいい。
「死なないで」
掴む。
震える手で。
「やだ、やだ……レイ、起きて」
何度も呼ぶ。
喉が擦れる。
呼吸が乱れる。
視界が滲む。
涙が止まらない。
「お願い……お願いだから」
90共有が、まだ繋がっている。
その向こう側。
レイの波形が、薄い。
遠い。
崩れかけている。
「レイ!」
名前を、何度も。
何度も。
何度も。
――
レイは、音が遠い。
フィーナが何か言っている。
泣いている。
それは、分かる。
けれど。
身体が、動かない。
抱き寄せたい。
大丈夫だと言いたい。
いつものように。
“俺がいる”と。
だが。
指先が、冷たい。
視界が、白い。
フィーナの顔が、ぼやける。
それでも。
ひとつだけ。
言わなければならない。
やっと、分かったから。
あの映画の男が、
どうしてあんな顔をしていたのか。
どうして、
あんな言葉を言ったのか。
胸の奥が、静かだ。
残響も、ない。
ただ、温かい。
「……俺は」
息が、途切れる。
「フィーナを」
血が、喉に絡む。
それでも。
最後に。
「……愛してる」
言えた。
たった、それだけ。
――
フィーナの時間が止まる。
聞こえた。
確かに。
“愛してる”
嬉しさは、ない。
胸が裂ける。
最後の言葉にしか、聞こえない。
「やだ……」
首を振る。
「そんなの、今じゃない……」
抱きしめる。
血が、白いスーツに広がる。
「レイ、お願い……」
返事は、ない。
波形が。
消える。
共有が、切断される。
フィーナの視界から、
青が消える。
静寂。
完全な、静寂。
「……レイ?」
触れる。
冷たい。
動かない。
「レイ」
もう一度。
呼ぶ。
返らない。
――
戦場の奥で、共和国軍の撤退信号が鳴る。
要塞は、落とせなかった。
共和国軍のREV部隊は後退。
残る機体が煙を上げながら離脱する。
アルテミスは動かない。
牽引機が無理やり引き上げる。
コックピットの中。
フィーナは、レイを抱いたまま。
動かない。
泣き声は、もう出ない。
涙も、枯れた。
目は乾き、
焦点が、合わない。
本土へ戻る輸送艇の中。
アルテミスは横たわる。
白い機体は、
赤に染まっている。
誰も近づけない。
フィーナは、動かない。
抱いたまま。
まるで、離したら消えるかのように。
――
王都。
格納庫。
白百合は、確かに枯れていた。
残響は、ない。
共有も、ない。
ただ。
空洞だけが残った。
依存は、切断された。




