第56話 毒
白と黒は、まだ向き合っている。
80共有。
それでも。
足りない。
ヘイデスは崩れない。
八槍が伸びる。
ガトリングが唸る。
ブレードが交差する。
一手。
常に、黒が上。
アルテミスは押され続ける。
フィーナの歯が鳴る。
「……くっ」
レイの声が、後ろから静かに落ちる。
「すまない」
小さな声。
フィーナには届かない。
いや、聞こえても意味を持たない。
彼女は、防ぐので精一杯だ。
その間にも。
レイは静かに包む。
重い残響を。
削るように。
自分の側へ寄せるように。
フィーナは知らない。
知らないまま、判断する。
このままでは勝てない。
「まだ……上げられる」
息が荒い。
「レイ」
「……90」
レイの声。
迷いはない。
フィーナは即座に頷く。
「うん!」
共有接続値、90。
世界が変わる。
視界が澄む。
重さが、消える。
違う。
消えてはいない。
軽い。
フィーナは思う。
“いける”
だが。
それはレイが引き受けているからだ。
90。
白い機体が跳ぶ。
ブレードが振り抜かれる。
ヘイデスの装甲を裂く。
黒が滑る。
桃と橙の発光が強まる。
「分散維持!」
シンの声。
「90!」
セナが笑う。
「根比べだにゃあ!」
弾が尽きる。
ガトリング停止。
胸部弾切れ。
レールキャノン、最終弾。
撃ち尽くす。
砂煙。
静寂。
シンが息を吐く。
「弾切れだな、お互い」
セナが歯を見せる。
「そろそろ決めよっか」
ヘイデスが腰部ブレードを一本引き抜く。
そして――
投げる。
回転。
閃光。
アルテミスは避けない。
左腕で受ける。
衝撃。
腕部、破断。
片腕が落ちる。
次の瞬間。
ヘイデス、超加速。
地面を削り、目の前へ。
振り下ろされるブレード。
アルテミス、片腕で受け止める。
限界。
火花。
レイの声が鋭くなる。
「……ここだ!」
ブレードテイル。
残った尾が、一斉に射出。
ヘイデスのコックピットへ。
両腕部へ。
突き刺さる。
装甲が裂ける。
「きゃあっ!」
セナの悲鳴。
シンの身体に、内部で砕けた装甲片が食い込む。
血。
シンが息を吐く。
「……っ、詰みだ」
口角を上げる。
その瞬間。
フィーナの胸が緩む。
「……やった」
レイの声が裂ける。
「フィーナ!」
補助操作。
前方へ強制加速。
次の瞬間。
影。
上から。
八槍。
残っていた一刃が、上空から落ちる。
突き刺さる。
コックピット後部。
貫通。
フィーナの視界が揺れる。
「っっ!」
衝撃。
振り向く。
後席。
レイは、いる。
ただ。
白い装甲片が、その身体を貫いていた。
腹部から。
血が滲む。
赤が、白を染める。
フィーナの顔から、色が消える。
「……レイ?」
声が、震える。
レイの目は開いている。
意識はある。
だが。
その奥が、揺れている。
ヘイデスが後退する。
セナの声が震える。
「シン!返事しなよシン!」
「絶対助ける……!」
黒い機体が、損傷したまま距離を取る。
撤退ではない。
だが、深追いはしない。
戦場に残るのは。
片腕を失った白。
血に染まる後席。
90共有は、まだ切れていない。
フィーナの呼吸が荒れる。
「……レイ……」
レイの唇が、かすかに動く。
まだ、言葉は出ない。
だが。
視線は、フィーナから離れない。
荒野に、風が吹く。
白は立っている。
勝ったはずだった。
それなのに。
何かが、確実に壊れた。
――続く。




