第49話 夜の外気
その日の夜。
フィーナは自室を出た。
理由は単純だ。
静かかどうかは関係ない。
残響がどうかも関係ない。
――心配だった。
廊下を歩いていると、角を曲がった先にユユがいた。
腕を組み、壁にもたれている。
「分かりやすすぎ」
ため息まじり。
フィーナは苦笑いする。
「でも、ほっとくわけにはいかないでしょ」
ユユはじっと見る。
怒ってはいない。
ただ、真剣だ。
「……別に止めないよ」
一拍。
「ただ、甘えさせすぎないで」
フィーナの胸が少し痛む。
「……うん」
ユユは続ける。
「あんたも、甘えすぎない」
今度は視線を逸らす。
「う、うん」
短い返事。
ユユは小さく舌打ちする。
「ったく……アルテミスを置物にさせないでよね」
冗談めかしているが、本気だ。
フィーナは頷く。
「……行ってくる」
ユユは何も言わず、背中を見送った。
⸻
レイの部屋。
ノック。
「レイ……? 入るよ」
「ああ」
扉を開けると、レイは端末を見ていた。
自分の波形。
揺れているグラフ。
動かない目。
フィーナは立ったまま、少し黙る。
部屋は静かだ。
静かすぎる。
「ね」
明るめに言う。
「外、行かない?」
レイは顔を上げる。
「……俺は」
言いかけて、止まる。
傍にいていいのか。
今の自分が。
波形が乱れている自分が。
フィーナの隣に立つ資格があるのか。
「ボディガード、お願いしたいな」
軽い言い方。
でも、その目は真剣だ。
レイは数秒、見つめる。
そして、
「……了解」
立ち上がる。
⸻
夜の街。
王都の灯りはやわらかい。
昼より人は少ない。
風が冷たい。
並んで歩く。
触れない。
でも、距離は近い。
フィーナが先に口を開く。
「今日のテストのこと」
レイは視線を前に向けたまま答える。
「問題はある」
珍しく、否定しない。
「共有でも安定しない。単独でも崩れる」
事実だ。
「俺は」
少しだけ、声が低くなる。
「邪魔かもしれない」
フィーナの足が止まる。
「そんなことない」
即答。
「でも数値は出てる」
レイは続ける。
「フィーナ単独の方が安定している」
冷静な分析。
それが一番、痛い。
フィーナは俯く。
「……ねえ」
レイを見る。
「今も、うるさい?」
レイは答えない。
一瞬の沈黙。
それだけで十分だった。
フィーナは小さく息を吐く。
「……ごめん」
「違う」
レイが遮る。
「俺は」
言葉を探す。
整理できない。
だが。
「分からない」
正直に言う。
「だが」
一歩、近づく。
「傍にいたい」
理由はない。
守るでもない。
必要だからでもない。
ただ、それだけ。
フィーナの喉が震える。
「……そっか」
笑う。
安心と、少しの痛みを混ぜて。
「じゃあ、一緒にいよ」
また歩き出す。
触れない。
でも、離れない。
数値は否定しても。
波形は乱れても。
その言葉だけは、嘘じゃない。
夜風が吹く。
二人は並んだまま、ゆっくりと歩いた。
依存かどうかなんて、
今はまだ、考えないまま。




