第47話 静かすぎる夜
夜。
共和国本土、REV倉庫特別区画。
レイの部屋は、静まり返っている。
残響は薄い。
耳障りなノイズもない。
それなのに――
眠れない。
⸻
数時間前。
フィーナは泣いていた。
声を荒げたわけじゃない。
叫んだわけでもない。
ただ。
目を逸らしながら、必死に言葉を選び、
それでも堪えきれずに、涙が落ちた。
「……守りすぎだよ」
震えた声。
責めているわけじゃない。
でも、傷ついていた。
その涙は、
レイに向けられたものだった。
⸻
レイは机の上の戦闘ログを見つめる。
アルテミスの波形。
フィーナの接続値。
20%。
安定。
乱れなし。
問題はない。
数値上は。
だが。
フィーナの涙は、ログに残らない。
揺れない。
記録されない。
それが、妙に重い。
⸻
レイは目を閉じる。
あのとき。
自分は何を言った。
「俺がいる」
それだけだ。
間違っていない。
嘘でもない。
でも。
あの言葉のあと、
フィーナは泣いた。
守ろうとした。
支えようとした。
その結果が、涙。
なら。
それは正解なのか。
⸻
胸の奥が、ざらつく。
これは残響ではない。
別の、何かだ。
レイは無意識に、首元の銀の首飾りを握る。
冷たい。
だが。
思い出すのは、あの夜の体温だ。
ベッドに沈んだ重み。
背に回された腕。
震えた声。
「……レイがいい」
あのとき、フィーナは震えていた。
怖い、と言った。
それでも選んだ。
自分を。
なのに。
今は。
自分のせいで、泣いている。
⸻
戦闘ログを再生する。
要塞防衛戦。
敵の弾道。
自分の補助出力。
フィーナが前に出る前に、
自分の制御が、無意識に上書きしている。
必要以上に。
最適ではない。
安全側。
フィーナを傷つけない選択。
その繰り返し。
レイは、そこで止まる。
もし。
自分が、抑えていなければ。
フィーナは、もっと自由に戦えたか。
もし。
自分がいなければ。
フィーナは、もっと強くなれたか。
胸の奥が、わずかに締まる。
「……俺がいるから、泣いたのか」
言葉にすると、
思ったよりも、痛い。
⸻
フィーナの涙。
あれは恐怖ではなかった。
怒りでもない。
悔しさだ。
自分で立ちたいという、意思。
それを、自分が削っている。
守ることで。
包むことで。
奪っているのかもしれない。
それでも。
レイの答えは変わらない。
失いたくない。
傍にいたい。
守りたい。
理屈ではない。
衝動に近い。
だからこそ。
怖い。
⸻
静かな部屋。
以前なら、この静寂は理想だった。
今は。
どこか、足りない。
体温がない。
呼吸がない。
隣に、誰もいない。
フィーナが泣いた顔が、
何度も思い出される。
涙で濡れた睫毛。
視線を逸らす仕草。
それでも、離れなかった距離。
レイは小さく息を吐く。
「……分からない」
何が正しいのか。
守ることが、間違いになる瞬間があるのか。
自分は、支えなのか。
枷なのか。
答えは出ない。
だが。
ひとつだけ、はっきりしている。
フィーナが泣くのは、
もう見たくない。
あの涙は、
残響より、ずっと刺さる。
レイは天井を見上げる。
眠れない。
静かすぎる夜。
守りたいはずの想いが、
初めて、自分を揺らしていた。




