第44話 ぬるい熱
要塞から戻って数日。
共和国本土。
特別区画のレイの部屋。
フィーナは、もう迷わずここへ来る。
扉が閉まる。
静かな部屋。
少しだけ気まずい沈黙。
「……シャワー、借りてもいい?」
フィーナが言う。
訓練後でもない。
汗もかいていない。
ただ。
理由が欲しかった。
レイは一瞬だけ瞬きをする。
「ああ」
短い返事。
フィーナは浴室へ消える。
水音が聞こえる。
レイは立ったまま、動かない。
胸の奥が落ち着かない。
なぜだ。
共有はしていない。
残響もない。
なのに。
水音が止まる。
扉が開く。
湯気と一緒に、フィーナが出てくる。
濡れた髪。
借りたタオルを肩にかけている。
制服の代わりに、ゆるい部屋着。
見慣れない。
少しだけ、柔らかい。
「……どうした」
レイが聞く。
フィーナは笑う。
「なんでもない」
嘘だ。
自分でも分かっている。
さっきの接続テスト。
20%。
問題なかった。
10%と変わらないくらい、軽かった。
なのに。
胸の奥が、どこか空虚だった。
「残響、薄かった」
フィーナがぽつりと言う。
レイは黙る。
「20%でも、前より軽い」
「強くなったはずなのに」
少し間。
「……それでいい」
レイが言う。
「俺がいる」
それだけ。
答えではない。
保証でもない。
ただの事実のような言い方。
フィーナはベッドに腰掛ける。
レイも隣に座る。
距離が、近い。
最近は自然だ。
指先が触れる。
握る。
当たり前の動作。
「守りすぎ」
フィーナが小さく言う。
「今日も」
「……そうか」
否定しない。
レイ自身、分かっている。
気づけば、前に出ている。
フィーナを遮るように。
「怖いの?」
フィーナが聞く。
レイは考える。
少しだけ。
「失うのは、嫌だ」
正直だった。
フィーナの胸が、きゅっと縮む。
嬉しい。
そして。
重い。
「……私も」
気づけば、言っていた。
「レイがいないと、静かにならない」
視線が絡む。
言葉が途切れる。
距離が縮まる。
自然に。
額が触れる。
呼吸が混ざる。
キスは、もう特別な動作ではない。
触れるのが当たり前になっている。
ゆっくり。
長く。
フィーナの手が、レイの首元へ伸びる。
体温を確かめるように。
レイの腕が背へ回る。
包む。
守る。
逃がさない。
ベッドが軋む。
横になったのは、どちらが先か分からない。
フィーナの髪がシーツに広がる。
レイの指が、濡れた毛先を払う。
視線が近い。
鼓動が近い。
「……落ち着く」
フィーナが囁く。
レイは答えない。
ただ、額を寄せる。
制服の布が外れる音。
タオルが滑る。
灯りはそのまま。
隠さない。
けれど、言葉もない。
体温が重なる。
腕が絡む。
フィーナはレイの胸に顔を埋める。
聞こえる。
速い鼓動。
「……聞こえてる」
少し笑う。
レイは小さく息を吐く。
「うるさいか」
「ううん」
「安心する」
それは、危うい肯定。
フィーナの指が、レイの背を掴む。
強く。
まるで、離れたら壊れるみたいに。
その夜。
二人は何度も距離を確かめた。
深く。
静かに。
残響は聞こえない。
あるのは、互いの声と、体温だけ。
やがて。
フィーナは眠る。
レイの腕の中で。
レイは、眠る直前まで考えていた。
守る。
隣にいる。
それでいい。
それ以外はいらない。
銀の首飾りが、胸元で小さく光る。
外さない。
フィーナも。
レイも。
朝は来る。
腕は絡んだまま。
そして二人は、まだ気づいていない。
これは回復ではない。
固定だということに。




