第43話 帰還
要塞奪還から四日。
第1部隊から第3部隊は、共和国本土へと戻ることになった。
駐屯には人員が多すぎる。
補給も再編も必要だ。
アルテミスは隊列の中央。
白い機体が滑走路を進む。
今回は戦闘はない。
自動航行補助を起動。
フィーナは主操縦席に、
レイは後部の補助席に座っている。
静かだった。
エンジン振動と風切り音だけが響く。
⸻
「……ねえ、レイ」
フィーナが先に口を開く。
「残響、薄くない?」
レイは数秒、内部波形を確認する。
「平均値は下がっている」
「戦闘後の疲労反応ではないか」
フィーナは小さく首を振る。
「それとは違う」
薄い。
確かに薄い。
でも。
「静か、とはちょっと違う」
レイは答えない。
理解できないわけではない。
だが言語化できない。
⸻
機体がわずかに横風を受ける。
フィーナが軽く操縦桿に触れようとした瞬間。
すでに補正が入る。
機体姿勢は完璧に安定。
フィーナは手を止める。
「……今の、レイ?」
「補助演算だ」
自然な声。
「必要な補正だった」
「でも私、触ろうとしたよ?」
「分かっている」
レイは淡々と続ける。
「その前に修正しただけだ」
善意。
純粋な効率。
フィーナは何も言えない。
数値上は理想的。
遅延ゼロ。
誤差ゼロ。
完璧な連携。
なのに。
少しだけ。
自分の操作が遅れている気がする。
⸻
「……最近さ」
フィーナは前を向いたまま言う。
「レイ、守りすぎ」
一瞬の沈黙。
「そうか?」
「うん」
「ちょっとだけ、過剰」
レイは考える。
守る。
それは当然の前提だ。
共有している。
失えば、自分も崩れる。
その計算は、もう無意識だ。
「守るのは合理的だ」
「アルテミスの安定にも繋がる」
フィーナは苦笑する。
「ほら、そうやってすぐ理屈」
レイは少しだけ視線を落とす。
理屈で言っているつもりはなかった。
ただ。
「……傍にいる」
ぽつりと。
「俺がいる」
それだけだった。
必要ない、とも。
弱い、とも言わない。
ただ。
俺がいる。
フィーナの胸が、静かに揺れる。
それは安心か。
それとも。
⸻
「私、ちゃんと強くなれてるかな」
自分でも分からないまま出た言葉。
レイはすぐに答えない。
後部席から前を見る。
白い操縦席。
細い肩。
少しだけ小さく見える。
「……分からない」
正直だ。
「だが」
一拍。
「俺がいる」
同じ言葉。
繰り返す。
フィーナは目を閉じる。
それは答えになっていない。
でも。
今はそれでいいと、思ってしまう。
「そっか」
小さく笑う。
「じゃあ、もうちょっとだけ甘えてもいい?」
レイは迷わない。
「問題ない」
その即答に、フィーナは息を吐く。
嬉しい。
怖い。
どちらも本当だ。
⸻
アルテミスは静かに滑走を続ける。
残響は、確かに薄い。
だが。
二人の間の何かは、逆に濃くなっている。
見えない糸が、前より強く結ばれている。
強く。
強く。
――強すぎるほどに。
白い機体は夕暮れの空へと進む。
まだ、誰も壊れてはいない。
だが。
均衡は、確実に変わり始めていた。




