第42話 Σ
帝国・GRASP開発棟。
無機質な廊下を抜けた先。
巨大な整備区画。
黒い影が、中央に鎮座していた。
その足元で。
「ねー、もうデータ取りつまんない」
パフェを片手に、セナが伸びをする。
スプーンをくわえたまま、背後の巨大機体を見上げる。
「白百合もさー、最近本気出してくれないし」
少し離れた整備台に腰掛け、シンが戦闘ログを流している。
「キングスとクインスでも十分いけると思うが?」
視線はモニターのまま。
淡々と。
その前で、白衣の男がくるりと振り向いた。
眼鏡を上げる。
アインス・クラウス。
「いやいや、そこまでのGRASPじゃないからね」
口調は軽い。
だが目は笑っていない。
「死に物狂いで花弁一つが関の山さ」
シンの眉が寄る。
「あ? 俺じゃ無理ってか?」
セナがぴょこんと手を挙げる。
「セナもいまーす」
アインスは肩をすくめた。
「そう、二人いる。だから作ってみたよ」
背後の黒い巨体を指す。
「こいつをね」
黒。
アルテミスとほぼ同等のサイズ。
発光ラインは左右で色が分かれている。
片側が桃色。
もう片側が橙。
不気味に光を分け合っていた。
「GRASP-Σ《ヘイデス》」
整備灯が落ちる。
その全貌が浮かび上がる。
腰部には大型振動ブレード二振り。
両腕内部にはガトリング機構。
背部からは、蜘蛛の脚のように折り畳まれた八本の槍――八槍。
禍々しい。
「残響分散機構搭載の二人乗りだ」
アインスはあっさりと言った。
「他人の作ったものを真似するのは癪だが、これしかないね」
セナが口を尖らせる。
「へー、じゃあ接続は50+50で100ってこと?」
「その通り」
アインスは頷く。
「ただ気をつけるべきは、相手が共有型ってこと」
シンがログを止める。
「……共有型は上限が分からない」
「ああ」
アインスの目が細まる。
「100%で足りるかは分からない」
「後は君たちの判断にまかせるよ?」
セナが笑う。
「責任逃れじゃん」
シンは鼻で笑う。
「寧ろ助かるね。好きなようにやれる」
「たしかに」
セナはヘイデスを見上げる。
「てか操縦は?」
「セナくんがメイン操縦」
「シンくんにはサブとして八槍を操ってもらう」
シンの口角が上がる。
「相手のコンセプト丸パクリかよ」
アインスは軽く笑った。
「超えたらこっちのものだよ」
「せこ」
「つーか新型できるの早くないか?」
シンの問い。
アインスは少しだけ視線を遠くに向けた。
「技術屋ってのはね、常に未来を見ておくものなんだよ」
意味深に。
セナがパフェを食べきる。
「へー」
カップを置く。
立ち上がる。
黒い機体を見上げる。
桃色と橙色が、ゆっくりと脈打つ。
シンも立つ。
腰を鳴らす。
「まあ、いっちょ」
セナがにやりと笑う。
「やってみるしかないにゃあ」
ヘイデスの胸部が静かに開く。
二つの接続席が並ぶ。
黒い巨体は、まだ動かない。
だが。
確実に、何かが始まろうとしていた。




