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第39話 穏やかな夜

要塞滞在、二日目。


朝の光が石壁の隙間から差し込む。


奪還したばかりの基地はまだ完全ではない。

だが、空気は確かに共和国のものだった。


フィーナは目を覚ます。


一瞬、どこにいるのか分からない。


次に感じるのは、腕。


背中に回された腕の温度。


呼吸。


レイ。


昨日の夜が、一気に思い出される。


「……っ」


顔が熱くなる。


隣で、レイはもう目を開けていた。


静かにこちらを見ている。


「起きたか」


平然とした声。


フィーナは毛布を引き上げる。


「う、うん……」


沈黙。


やたら静かだ。


でも。


嫌じゃない。


むしろ。


「……静かだね」


ぽつりと呟く。


レイは少し考える。


「ああ」


それは残響の話か。

それとも。


フィーナは目を逸らす。


「変なの」


「なんだか落ち着いちゃう」


言ってから、自分で少し驚く。


レイの腕が、ほんの少しだけ強くなる。


無意識。


「このままでいい」


短い言葉。


重くはない。


でも。


逃げ場もない。


フィーナはレイの服を掴む。


「……なくなったら、困るかも」


冗談みたいに言ったのに、

声は少し震えていた。


レイは否定しない。


「俺もだ」


一拍。


「いないと、少し騒がしい」


それだけ。


フィーナは笑う。


胸があたたかい。


でもどこか、少しだけ怖い。



昼。


ユユが到着する。


補給車両と整備班を引き連れて。


「はーい、英雄二人は生きてるー?」


開発棟に入ってきた第一声がそれだった。


フィーナは即座に視線を逸らす。


「生きてるよ!」


やや早口。


ユユは二人を見る。


距離。

空気。

微妙なぎこちなさ。


「……ふーん?」


何か言いかけるが、やめる。


整備優先だ。


アルテミスの外装チェックをしながら、ユユは淡々と報告する。


「フレーム問題なし。レールキャノン再調整だけで済む」


「やっぱり硬いね、あれ」


フィーナは頷く。


だが、少し上の空だ。


昨日の夜が、何度もよぎる。


レイの腕。

沈むベッド。

重なった体温。


思い出すたびに顔が熱くなる。


ユユが横目で見る。


「熱でもある?」


「な、ない!」


即答。


レイは静かに工具を受け渡す。


様子は普段通り。


だが、時折フィーナの方を見る。


視線が合うと、どちらかが逸らす。


第1部隊の隊員が小声で囁く。


「なんか距離近くないか?」

「昨日から雰囲気変わってね?」


フィーナは聞こえている。


顔がさらに赤くなる。


レイは気づいていない。


ただ。


フィーナが視界から外れると、

ほんの少し落ち着かない。


気づけば、視線で追っている。



夕方。


要塞の見張り通路。


フィーナは一人で立っていた。


風が冷たい。


昨日の夜を思い出す。


体温。


鼓動。


触れた唇。


「……私」


少しだけ怖い。


あんなに近くなってしまって。


もし。


レイがいなくなったら?


考えた瞬間、胸が締めつけられる。


後ろから足音。


振り向く前に分かる。


「レイ」


「ここにいたか」


自然な距離で隣に立つ。


触れない。


でも、近い。


風が強く吹く。


フィーナは無意識に一歩寄る。


レイも何も言わず、少し肩を寄せる。


それだけで。


「……静か」


フィーナが呟く。


レイは頷く。


「落ち着く」


二人とも、それ以上は言わない。


依存という言葉は、まだ知らない。


ただ。


一人でいるより、

二人でいる方が楽だと分かっている。


そしてそれを、疑わなくなっている。



夜。


それぞれの部屋。


フィーナはベッドに横になる。


今日は、一人。


昨日ほどの不安はない。


目を閉じる。


胸に残る温度。


思い出すだけで、呼吸が安定する。


「……大丈夫」


小さく呟く。


本当に?


少しだけ、不安はある。


でも。


静かだ。



一方、レイ。


要塞の簡易寝室。


暗い天井を見上げる。


手の中には、銀の首飾り。


ぎゅっと握る。


冷たいはずなのに、あたたかい気がする。


思い出す。


フィーナの重み。


声。


鼓動。


「……静かだ」


残響はない。


あるのは、余韻。


この状態が続けばいい。


それだけを、自然に思う。


そして目を閉じる。


要塞の夜は、穏やかだった。


穏やかすぎるほどに。


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