第38話 祝勝の夜
要塞は落ちた。
長年奪われ続けた境界の要塞。
共和国旗が掲げられたその瞬間、歓声が上がった。
夜。
誰が見つけたのか、備蓄庫の酒や保存食が運び出され、簡素な祝勝の席が始まる。
フィーナの周りには人が集まる。
王女として。
功労者として。
残響共有一体型REVの主接続者として。
「姫、あの突破は見事でした」
「やはりアルテミスは――」
笑顔で応じる。
言葉を返す。
肩に触れる手。
称賛。
でも。
少し離れた壁際。
レイは静かに立っていた。
寄りかかり、腕を組み、
ただ視界の端にフィーナを置いたまま。
人の輪に囲まれている彼女は、少し遠い。
それでも。
目が合う。
ほんの一瞬。
フィーナは小さく息を吐いた。
安心する。
⸻
夜が更ける。
フィーナは要塞内で最も整えられた一室を割り当てられる。
広い。
静かだ。
けれど、眠気は来ない。
端末を開く。
数秒迷ってから、メッセージを打つ。
《新型二機の戦闘ログ、整理したい》
《さっきの動き、確認したいから》
《来てくれる?》
数秒後。
《了解》
短い返事。
なぜか、それだけで胸が軽くなる。
⸻
ノック。
レイが入ってくる。
制服のまま。
少しだけ戦闘の余韻を残した顔。
「起きていたのか」
「うん」
ベッドの上に端末を置く。
「ここ、座って」
レイは無言で隣に座る。
肩が触れる。
近い。
二人でログを再生する。
ブレードテイルの軌道。
レールキャノンの角度。
クインスの回避。
真面目なはずの時間。
でも。
フィーナは、横顔が気になる。
視線が合う。
レイも、こちらを見ていた。
逸らさない。
距離が、わずかに縮まる。
自然に。
どちらからともなく。
唇が触れる。
一瞬。
離れない。
レイは戸惑わない。
意味を知らないまま、
ただ触れられたから、触れ返す。
それが自然だった。
フィーナの指が、レイの袖を掴む。
もう一度。
今度は少し深く。
心臓がうるさい。
でも。
残響はない。
「……レイ」
呼吸が混ざる。
レイの手が、迷いなくフィーナの背に回る。
腰を支える。
力は強くない。
けれど、逃げられない距離。
その腕の内側は、あたたかい。
兵器だったはずの腕。
戦場で冷静に動いた腕。
今は、人の体温を持っている。
フィーナはゆっくりと後ろへ倒れる。
マットレスが沈む。
レイの影が覆う。
距離が、なくなる。
「……この先って、知ってる?」
震えた声。
レイは少し考える。
「先?」
「もっと、独占する方法」
沈黙。
レイは分からない。
でも。
フィーナが震えていることは分かる。
「怖いのか」
「少し……初めてだから」
正直。
「でも、私はレイがいい」
その言葉に、レイの腕が少しだけ強くなる。
守る、ではない。
失いたくない、という衝動。
理由は分からない。
ただ、離したくなかった。
唇がまた重なる。
今度は長い。
フィーナの背中を撫でる手は、不器用だ。
知識はない。
だが拒まない。
フィーナが服を脱ぎ始めると、
レイは一瞬だけ止まる。
だが、止めない。
真似るように、
自然に、重なる。
ベッドは深く沈む。
体温が近すぎる。
胸と胸が触れる。
心臓の音が直接響く。
「……震えている」
「うん……」
「でも、静かだ」
レイが言う。
残響はない。
あるのは、互いの呼吸だけ。
レイは知らない。
けれど。
触れられれば、触れる。
求められれば、応える。
それが今は、正しいと感じた。
フィーナの指が、レイの背に回る。
離れたくない。
体が重なる。
夜は、長かった。
何度も唇が触れ、
何度も名前を呼び、
やがて。
二人は絡んだまま、静かに呼吸を整えた。
残響は、聞こえない。
あるのは、体温と、鼓動だけ。
⸻
フィーナは眠りに落ちる。
レイの腕の中で。
レイはしばらく目を閉じない。
腕の中の重みを確かめる。
あたたかい。
静かだ。
これは、何だ。
「……悪くない」
小さく呟く。
そして、ようやく目を閉じる。
⸻
朝。
誰も知らない。
この夜が、二人をさらに強く繋いだことを。
そして。
その繋がりが、いつか――
切断できないものになることを。




