第30話 白き月、戦場を照らす
数日後。
東部戦線。
共和国第2部隊は劣勢だった。
崩れた通信中継施設の残骸。抉れた地面。黒煙。
滑走音と砲火が絶え間なく交差する。
帝国軍前線部隊。
GRASP-03《ガンズ》 二十機。
GRASP-06《ブレイバー》 十五機。
GRASP-08《ゼルガード》 八機。
総数四十三。
ゼルガードを軸に押し込まれ、第2部隊は後退を強いられていた。
「第2部隊、左翼崩れます!」
「このままでは包囲されます!」
共和国側の通信が乱れる。
そのとき。
遠くから、低く重い滑走音が響いた。
白い機影が、土煙を裂いて戦場へ入ってくる。
一回り大きな機体。
鋭利な白装甲。
細く走るイエローの発光ライン。
REVR-IV
共和国初の、残響共有一体型REV。
第1部隊の隊員が、思わず息を呑む。
「……来た」
「アルテミス……!」
⸻
■ 戦場へ向かう機内
アルテミス内部。
前席にフィーナ。
後席にレイ。
一つのコックピット。
近い。だが窮屈ではない。
共有接続、50%。
波形は安定していた。
ユユの通信が入る。
『聞こえてる?』
『フィーナはメイン兵装、全部使っちゃっていいから』
『両腕部内蔵超振動ブレード、胸部バルカン、腰部圧縮レールキャノン』
『レイ、ブレードテイルも解放していいよ』
背部に備えた六基の《ブレードテイル》。
有線式。
後席のレイが制御する補助武装。
『初陣なんだから、出し惜しみなし』
フィーナが少しだけ笑う。
「了解」
レイも短く返す。
「ああ」
通信が切れる直前、ユユが小さく言った。
『……壊さないでよ』
それは機体に向けた言葉か。
二人に向けた言葉か。
どちらとも取れた。
⸻
■ 戦場投入
「第2部隊は後退ライン確保!」
フィーナの声が全体通信に流れる。
「アルテミスが前に出る!」
白い機体が一気に加速する。
帝国軍が照準を向ける。
砲火。
だがその直前。
胸部装甲が開き、胸部内蔵バルカン砲が唸る。
弾幕が武装を砕く。
ガンズ数機の長銃が破壊される。
「武装を持っていかれた!」
「なんだこの制圧!」
間髪入れず、腰部装甲が展開。
折りたたまれた砲身が現れる。
《腰部圧縮レールキャノン》。
収束。
発射。
一閃。
先頭のゼルガード一機を、胸部ごと貫通した。
爆ぜる。
「……っ!」
帝国側の隊列が揺れる。
その隙にアルテミスは踏み込む。
両腕部装甲展開。
《両腕部内蔵超振動ブレード》がトンファーのように突き出す。
近接。
一機。
二機。
ブレイバーが断たれる。
同時に、背部から六本の《ブレードテイル》が射出された。
レイの補助操作。
しなる刃が有線のまま敵機に突き刺さる。
脚部。
腕部。
可動部。
武装接続部。
貫き、壊し、戻る。
その動きに一切の無駄がない。
正面はフィーナの刃。
側面と死角はレイのブレードテイル。
遠距離はバルカンとレールキャノン。
単機でありながら、複数の機体が同時に攻めているようだった。
第2部隊の隊員が、撤退しながら呟く。
「なんだ、あれ……」
「一機で……戦況を塗り替えてる……!」
⸻
■ 帝国側
砂煙の中。
二機の**GRASP-06《ブレイバー》**が滑走していた。
一機は、軽い声の女。
「やば! こりゃー無理だにゃあ」
アルテミスのレールキャノンを紙一重で回避する。
だが次の瞬間、バルカン掃射が機体をかすめ、右腕武装が吹き飛ぶ。
「やーん、武器だけ持ってくとか優しすぎない?」
隣を滑るブレイバーから、低く真面目な声が返る。
「黙れ。損耗率七割超えだろーが」
視線は冷静に戦場を見ている。
ガンズは半壊。
ゼルガードは撃破多数。
ブレイバーも押し返されている。
白い機体が滑る。
火力。
機動。
同期。
どれも異常だった。
「新型のREV……か」
シンが舌打ちする。
「過去データにあった白百合ってやつだな」
セナは旋回しながら笑う。
「強いねー、あれ」
その瞬間。
アルテミスのブレードテイルがこちらへ伸びる。
二機は即座に回避。
掠める。
だがかわしきれず、セナ機の肩装甲が裂ける。
「うわっぶな!」
シンは短く呼吸を整える。
「撤退に集中しろバカ」
「バカじゃないもーん」
離脱軌道へ移る。
その最中、セナがぽつりと呟いた。
「でもさ」
「あ?」
「付け入る隙はあるねー」
シンは答えない。
だが否定もしない。
白い機体を一瞬だけ見つめる。
「帰ってGRASP開発部に解析させてやる」
セナが軽く笑う。
「ま、今日は負けとこっか」
二機は戦場を離脱する。
アルテミスは追わない。
⸻
■ アルテミス内部
フィーナは感じていた。
残響。
濃い。
重い。
確かに重い。
だが。
軽い。
一人で受けたあの時とは違う。
潰れない。
落ちない。
後ろにレイがいる。
声は少ない。
だが気配が近い。
“ここにいる”
それだけで保てる。
ガンズが迫る。
フィーナが踏み込む前に、ブレードテイルが敵の武装を弾く。
「右、開いた」
レイ。
フィーナは迷わず斬る。
また一機。
また一機。
敵が崩れる。
そのたびに残響は流れ込む。
でも。
包まれている。
守られているような、
沈められているような、
曖昧な安心。
「……レイ」
小さく呼ぶ。
「どうした」
「ううん」
言葉にできない。
少しだけ、違和感。
でも。
怖くない。
むしろ、幸せだ。
それが答えになってしまう。
だからフィーナは、それ以上考えない。
⸻
■ 戦況逆転
「第2部隊、後退完了!」
「敵前線、崩壊!」
第1部隊、第3部隊も前進を始める。
帝国側は完全に押し返された。
二十以上の敵機が撃破。
残りは撤退。
アルテミスは戦場中央に立っていた。
損傷軽微。
まさしく、一騎当千。
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■ 帰投
格納庫。
アルテミスがゆっくり停止する。
開発棟側の観測モニターを見ていたユユが、小さく息を吐く。
共有安定率――理想値。
負荷偏差――正常。
波形乱れ――検出なし。
出来すぎていた。
「……怖いくらいだよ」
誰にも聞こえない呟き。
第1部隊の隊員たちは、もう言葉を失っている。
「一騎で戦況変えたぞ……」
「なんだあの火力」
「アルテミス、反則だろ……」
前のような不満の視線は、もうない。
結果が、答えを出してしまったから。
⸻
■ コックピット内
接続解除。
フィーナは深く息を吐く。
震えはない。
苦しくもない。
「……すごいね、アルテミス」
純粋な感想だった。
レイは少しだけ考えてから言う。
「違う」
フィーナが振り向く。
レイの声は静かだ。
「フィーナがいるからだ」
迷いも照れもない。
ただ事実を言うように。
フィーナの胸が熱くなる。
「……そっか」
嬉しい。
誇らしい。
そして。
ほんの一瞬だけ、違和感が胸をかすめる。
私、こんなに軽くていいのかな。
でも。
レイは問題ないと言う。
数値も正常。
戦いは成功した。
なら。
考えなくていい。
そう決める。
「これでまた、戦えるね」
フィーナは微笑む。
レイは頷く。
「ああ」
白い巨体が、静かに冷えていく。
戦場で月は輝いた。
その光は強く、正しく、美しかった。
誰もまだ知らない。
光が濃くなったとき、
落ちる影もまた、深くなることを。




