第25話 揺れる距離
REV倉庫。
朝の光が高窓から差し込み、整備ドックの床を淡く照らしている。
白い《アルトリリィ》のコックピットがゆっくりと開いた。
フィーナが降りてくる。
足取りは安定している。
手の震えもない。
ユユは端末を覗き込みながら言った。
「……うん」
指でログをなぞる。
「10%までは問題なし」
フィーナは小さく息を吐いた。
胸の奥の緊張が、少しだけほどける。
「波形も安定。前回みたいな乱れは出てない」
「……それ以上は?」
フィーナは、分かっていながら聞く。
ユユは視線を上げずに答える。
「11%から揺れ始める。12%で危険域」
「今は無理させない」
淡々としているが、はっきりとした線引きだった。
フィーナは唇を噛む。
10%。
低い。
けれど、あの7%で崩れた日よりは、前にいる。
「……よかった」
それは安堵だった。
同時に、悔しさでもあった。
そのとき、背後から足音が近づく。
「フィーナ」
名前を呼ばれる。
胸が跳ねる。
振り向く。
レイが立っている。
いつも通りの、落ち着いた表情。
だが、目は真っ直ぐにこちらを見ている。
フィーナは、視線を受け止められなかった。
「あ、えっと……」
一瞬だけ、間が空く。
「第1部隊の動き、確認してくるね」
唐突だった。
自分でも分かるくらい、不自然だ。
レイは首を傾げる。
「整備中だ」
事実だ。
今は出撃予定もない。
確認する必要はない。
フィーナは笑う。
少しだけ、強引に。
「隊長として、ちゃんと見ておきたいの」
もっともらしい。
嘘ではない。
でも、今である理由もない。
レイは数秒考えたあと、頷いた。
「……分かった」
それだけ。
追及しない。
問い詰めない。
それが、余計に胸に刺さる。
フィーナは足早にその場を離れた。
逃げるように。
⸻
倉庫の隅。
ナハトレグのログを確認するレイ。
ユユが隣に立つ。
「喧嘩でもしたの?」
軽い調子。
レイは即答する。
「覚えはない」
「ただ……」
言葉を探す。
「視線を避けられている」
ユユは目を細める。
「あー」
「それはどっちだろうね」
「どっち?」
「レイがデリカシーないこと言ったか」
「フィーナが一人で爆発したか」
レイは少し考える。
「……爆発、の可能性が高い」
ユユは吹き出す。
「自覚あるんだ」
「状況から推測した」
真面目だ。
ユユはため息をつく。
「ほんと、手がかかる」
視線が端末へ落ちる。
開いたままの設計フォルダ。
REVR-IV。
未完成の三次元フレーム図。
二人を前提とした構造。
今はまだ、机上の理論。
ユユは画面を数秒見つめる。
「……二人揃わないと意味ないのに」
小さく呟き、端末を閉じる。
「いいよ、私が行く」
レイは頷くだけだった。
⸻
王城。
フィーナの私室。
ノック。
返事はない。
ユユはそのまま扉を開ける。
「フィーナ? ちょっと力貸してほしいんだけ――」
言葉が止まる。
ベッドの上。
うつ伏せ。
枕に顔を埋めたままのフィーナ。
肩が、小刻みに震えている。
「……ユユ」
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃだ。
「どおしよー!」
勢いよく抱きついてくる。
ユユは受け止める。
「ど、どゆこと…」
「好きって言ったのに……!」
声が裏返る。
「なのに、顔見れないの……!」
ユユは瞬きをする。
「何も言われなかったの?」
フィーナは首を振る。
「多分……困ってた」
その一言で、全部が分かる。
拒絶じゃない。
でも、理解も追いついてない。
それが一番、恥ずかしい。
フィーナはユユの服をぎゅっと握る。
「普通に話せなくなっちゃった……」
「目、合うと無理……」
「私だけ意識してるみたいで、ばかみたいで……」
ユユは小さく息を吐く。
ああ。
これはフィーナが自爆したやつだ。
でも。
泣きながらも、どこか嬉しそうだ。
「もう落ち着きなよ」
背中をぽん、と叩く。
フィーナはさらに抱きつく。
「どうしたらいいの……」
王女でも、隊長でもない。
ただの少女。
ユユは天井を仰ぐ。
「はあ……」
そして小さく呟く。
「ほんとこの二人……」
私室には、嗚咽とため息が混ざって、しばらく消えなかった。




