第12話 同じもの
午後の陽射しが、王都の通りをやわらかく照らしている。
ショーウィンドウの前で、フィーナはふと足を止めた。
「あ」
小さく息が漏れる。
細い銀のネックレス。
飾りは小さく、主張しすぎない。
以前、レイと歩いたときに目に留まったものだった。
「これ、いいな」
店に入る。
レイは少し遅れて続いた。
「用途は?」
「んー、内緒」
フィーナは同じものを二つ選ぶ。
包みを受け取り、店を出る。
少し歩いてから、足を止めた。
「はい、これ」
一つをレイに差し出す。
レイは箱を見る。
「これは?」
「プレゼント」
数秒、沈黙。
「受け取る理由がない」
フィーナはすぐ返す。
「断る理由もないでしょ」
レイは考える。
拒否する合理的理由は、確かにない。
「……それもそうだ」
素直に受け取る。
フィーナは自分の分を取り出し、首にかけた。
細い銀が、春の光を受けてきらりと光る。
「私のもあるんだ」
レイは自分のものと、フィーナの首元を見比べる。
同じ。
「なるほど」
「同じものを身につけることで、共有の精度を上げるということか」
そのまま、自分も身につける。
フィーナは一瞬だけ固まる。
「……んんん、なんか違うけど」
小さく笑う。
「それでいいや」
「違うのか」
「いーの、今日はそれで」
共有のためじゃない。
でも、否定しない。
そのまま並んで歩き出す。
⸻
映画館の前を通る。
ポスターが揺れている。
フィーナの足が、ほんの少しだけ緩む。
あの日、言いかけた言葉。
“ね、レイは私の事……”
結局、聞けなかった。
今日も、聞かない。
共有はできている。
それだけで、十分なはずだ。
でも。
もし。
レイが、誰かと同じように並んで歩いていたら。
もし。
この距離が、特別じゃなかったら。
胸の奥が、少しだけざわつく。
そんなこと、聞けない。
聞いてしまったら、何かが変わりそうで。
⸻
「フィーナ」
呼ばれて、思考が止まる。
「へっ?」
レイがこちらを見ている。
「……食事でもとらないか」
自然な提案。
「……うん!」
フィーナは笑う。
「お腹すいちゃった」
その笑顔は、少しだけ明るすぎる。
レイは気づいているのか、いないのか。
何も言わない。
⸻
小さな店で向かい合う。
戦争の話はしない。
政治の話もしない。
甘い菓子の話。
広場の大道芸の話。
ユユがまた徹夜している話。
他愛ない時間。
レイは静かに聞き、時折短く答える。
「何か悩んでいたか?」
不意に問われる。
フィーナは一瞬、視線を落とす。
「……ううん」
顔を上げる。
「お腹いっぱいになったら忘れちゃった」
小さな嘘。
レイは頷く。
「そうか。よかった」
それ以上は踏み込まない。
優しい距離。
それが、ありがたくて、少しだけ切ない。
⸻
夜。
レイは自室で椅子に腰を下ろす。
静かだ。
首元の銀に指先が触れる。
今日の光景が浮かぶ。
並んで歩いたこと。
笑ったこと。
触れた距離。
残響は遠い。
胸の奥が、静かだ。
――愛してる。
映画の言葉が、ふとよぎる。
あれが何を指すのか、まだ分からない。
だが。
フィーナといる時間は、
とても静かで。
とても、心地いい。
レイは、わずかに微笑む。
無意識に。
「……悪くない」
銀が、わずかに揺れる。
共有は、機構だけじゃない。
同じものを身につけることも。
同じ時間を選ぶことも。
きっと、そういうことだ。
まだ名前はないけれど。




