第11話 共有の外側
春の午後。
城内の廊下を歩きながら、フィーナはふと思った。
――街に行こうかな。
理由ははっきりしない。
ただ、あの広場の空気を思い出しただけだ。
戦場ではない音。
あたたかいざわめき。
そのまま自然に、足はREV倉庫側の特別区画へ向いていた。
レイの部屋の前で、軽くノックする。
返事はない。
「……レイ?」
静かだ。
もう一度。
やはり応答はない。
胸の奥が、ほんの少しざわつく。
レイは基本的に二か所にしかいない。
部屋か、倉庫。
それ以外へ自分から出ることは、ほとんどない。
フィーナはそのまま倉庫へ向かった。
白と青の機体が並ぶ格納庫。
REVR-II。
REVR-III。
だが、そこにもレイの姿はない。
「……珍しい」
整備足場の上から声が落ちる。
「探してる?」
ユユだ。
「レイ見なかった?」
フィーナが見上げる。
ユユは工具を肩にかけたまま答える。
「ああ、街に行くって」
フィーナが止まる。
「……え?」
「社会勉強だってさ」
さらりと言う。
胸が、きゅっと縮む。
街。
一人で。
フィーナは何も言わず、倉庫を出た。
⸻
中央通り。
石畳を人がゆるやかに流れる。
露店の声、甘い匂い、子どもの笑い。
その中に、見慣れた背中を見つける。
落ち着いた色のジャケット。
フィーナは思わず声を上げた。
「レイ!」
振り向く。
ほんの少し驚いた顔。
「フィーナ……」
「珍しいね、一人で街に来るなんて」
レイは真剣に答える。
「社会勉強の為だ」
「俺には分からないことが多い」
一拍。
「フィーナと共有する為には、勉強の必要があると判断した」
胸が揺れる。
嬉しい。
でも。
少しだけ、寂しい。
「……そう、だったんだ」
視線を逸らす。
「言ってくれればいいのに」
レイは首を傾げる。
「フィーナが忙しいのは理解している」
「ユユにはREVの確認があると断られた」
フィーナの動きが止まる。
「……ユユは誘ったの?」
「第三者がいた方が効率的だ」
真顔。
合理的。
フィーナは少しふくれる。
「そうだけど……もう」
それは嫉妬だと分かっている。
でも言えない。
“自分以外と共有しないで”なんて。
言えない。
数秒の沈黙。
そしてフィーナは、わざとらしく胸を張る。
「私が……今は私が第三者になるから」
レイが瞬きをする。
「助かる」
素直だ。
フィーナは小さくため息をつく。
「第三者のつもりはないけどね」
小声で呟く。
レイは聞き返さない。
「今日は何を勉強する?」
とだけ言う。
フィーナは歩き出す。
「戦争してない音、もう一回」
「共有しよ」
レイは短く答える。
「ああ」
人の流れの中へ。
子どもが笑う。
商人が声を張る。
誰かが転んで、すぐ立ち上がる。
レイがぽつりと言う。
「以前より、理解できる」
「なにが?」
「曖昧さが」
少し考えて。
「悪くない」
フィーナは横目で見る。
少し誇らしい。
でも。
胸の奥に残る、“第三者”という言葉。
自分は特別だろうか。
共有は、二人だけのものだろうか。
レイが立ち止まる。
「フィーナ」
「なに?」
「一人より、効率がいい」
真面目な顔で言う。
少し間を置いて。
「……一緒の方が」
言い直す。
「理解しやすい」
フィーナの鼓動が跳ねる。
効率ではなく。
“理解しやすい”。
それは、彼なりの歩み寄りだ。
フィーナは小さく笑う。
「うん」
そして。
今度は自分から、そっと手を差し出す。
レイは一瞬だけ迷い、
自然に握る。
温度が伝わる。
静かだ。
でも、胸の奥は少しだけうるさい。
これは残響じゃない。
自分の感情だ。
共有は、二人のもの。
でも。
この気持ちは――
まだ、共有しない。
白でも青でもない春空の下で、
二人は並んで歩き続けた。




