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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第69話

私の迷いが身近な誰かを危険に晒してしまうかもしれない

たかだか夕食に遅れただけではない

近頃プラッドやカーミラの動きがないので気が緩んでいたが、私が遅れた間ルネを一人にしてしまっていた

人の噂も何とやらで、流石にファンシャのパパラッチ作戦も以前ほど大きな効果は持っていないように見えた

購買に貼られるルネの写真も減っている

これで嵐《らん》を妃に娶った場合どうなるか

嵐が望むと望まざるとに関わらず、一服寺との繋がりは完全に絶ち切ることはできないだろう

そうなると、プラッドをはじめザナドゥ方面の輩に絡まれる可能性が大分高くなる

しかし今のところ、ルー本人からのプレッシャーはない

私が一服寺に利するとは考えていないのか、それともなんやかんやして一網打尽にするつもりなのか


ここへ来て数ヶ月、まぁまぁの地位を手に入れたが、残念ながらそれでも頼れる人間は少ない

女王それぞれに利害衝突があることを考えると、あゆ様やルー、ましてやゾンダ様に安易に話を持ちかけるわけにいかない

ファンシャにしてもウニベルシタス全員が確実な味方なわけではない

ヤブヘビということもある

今まさにそういう状況かもしれないのだし

こうなると、人の弱みに付け込むしかない


「オレは外で待ってますよ」

「毎週髪をセットするように命じてもいいんだよ?」

「勘弁してくださいよ。アスリートだって最高のパフォーマンスを発揮するには、保たなきゃいけないコンディションがあるでしょう?」

「新しいフォームを研究することも時には必要でしょ」

ここはカーミラの美容室

一応予約を入れてから訪れた

少々遠いので普段は違う店を使っているが、釘を差す意味も込めてここをメインにした方がいいのかもしれない

約束の時間だ

内鍵のドアを開けて店内に入る

「い…いらっしゃいませつむじ様…」

「えらいえらい。よく逃げずに待ってたね」

「チョコからも粗相のないようにって言われてますし…」

チョコちゃんの眷属達は恐縮した様子で待ち構えていた

「どうぞ、おかけください…」

「ああ、いや。そんな込み入った話じゃないから」

椅子を勧められたが、今日は長居するつもりはない

「あなた達は、他のカーミラについては把握してないんだよね?」

「ええ、まあ…」

「街ですれ違ってもわかりませんし…」

「まあ、それはいいんだ。知ってても話しづらいだろうし」

彼女らがハルのことを知っていればまた違った対応も取れるかもしれないが、それはそれで藪を突いてヘビを出しかねない

相互に知らないっていう体をこっちも守った方が話が早い

「実は、チョコちゃんにルネの護衛を頼みたいんだ」

「いやぁ、チョコにそういうのはどうかな…」

「影からこっそり見守れってことでしょう?」

「いや、こっそりじゃなくていい」

「ええ?」

「バレバレなくらいでちょうどいい」

正直なところ、今一番懸念している脅威はハルだ

ルネに容易く近づけること、そしてブランでは歯が立たない可能性が高いということ

ゾンダ様が執拗にカルマ様を追求しているのも、自警団ではカーミラに対して為す術がないからだ

そして絶対確実に100%多分、ハルはヴェルをルネにあてがわされていることを快く思っていない

まあそんなにあれもこれも考えなくても、ルネの監視はもういらないとファンシャに伝えてもよかった

でもそれでルネとヴェルが顔を合わせなくなるわけではない

二人はもう友人だ

二人を追うカメラがなくても、二人だけで会ってる

だから多分、ハルは直接的な脅威になる

細胞同士が互いの行動を把握していないという話を信じるなら、チョコちゃんがルネの近くに現れたら、ハルにはカルマ様の命に従っているように見えるはずだ

ハルが忠臣なら、まあ余計な手出しはすまい

ただそうでなかった時、対抗できる人間は数えるほどしかいない


あの時の私は、私兵を持つなど考えもしなかった

しかしカーミラや嵐のような超人的な身のこなしを目の当たりにしたら、もうパパラッチ作戦なんて悠長なことはしていられない

特にハルは手段を選ばない

「…!」

美容室からの帰り道、ブランが虚空を振り返った

「もう来た?」

「そのようで。しかしチョコを頼るなんて…」

「もちろんブランがルネについててくれれば、こんなことはしないで済む」

「お気持ちはわかりますがね。つむじサンさえ無事なら、あとは取引って手もあるんですぜ?」

「ハルに取引なんか通じない!」

「前から思ってたんですがね、つむじサン、本当は厄介事が好きなんじゃないんですかい」

「そんなわけあるか」

そもそも私自身が歩く厄介事みたいなものだ

だからといって殊勝に大人しくしてるつもりはない

人並みの生活は捨てない

幸いこういう無理ができる立場だ

使えるものは使う

「わかってるとは思いますが、我々の行動もカルマに筒抜けになるんですぜ?」

「別にやましいことはしてない」

むしろ私が嵐を娶る意思がないことが伝われば好都合だ

ただそれでハルの目が私達から離れたりはしないだろうが


そんなこんなで数日

流石に普通の人間の目にはつかないが、ブランにはチョコちゃんの居所がわかるらしい

「………」

官邸への道すがら、ブランは立ち止まって屋根の上の方を見返す

「ブランどうしたの?」

そのブランを見て、ルネが何か感じ取ってしまうのがこのシステムの欠陥だ

「…カラスでした」

「なぁんだ。鳶と喧嘩してたら教えて」

「ちょっと…ちょっと、ブラン!」

ルネに気付かれないよう小声で諌める

「ルネには黙っててって言ったじゃない!」

「チョコに教えてるんですよ。見えてるぞ、って」

同門の確執かなんだか知らないが、あんまりわざとらしいことしないで欲しい

「次からはもっとさり気なくやって」

「承知」

ブランが承知と言って承知したことがあまりないのだが、そこはもう言わないことにしている

この剣士を麾下に迎えてから、力のデリケートさを思い知る毎日だ

ブランを連れているだけでも大きな銃を見せびらかしているのに等しいのだが、相手のほとんどはこうした恫喝が通用しない

そして大体、こっちよりも大きい銃を隠し持っているのだ


こうしてブランがついている時までチョコちゃんに護衛させなくてもいいのだが、ハルの動きを止めるのが第一義だ

チョコちゃんにはしばらく付き合ってもらう

「あたしこのあとヴェルと約束あるんだ。夕飯までには帰るから」

「わかった。なんか用意しとく」

「ごはんだけ炊いといて!」

そう言ってルネは一服寺の方に駆けていった

ブランも視線で虚空の何かを追う

「…チョコも行ったようです」

「はぁ…なんか疲れる」

よくよく考えると別にルネに黙っている必要はないのかもしれないが、余計な気を回していると思われたくもない

「そのハルっていうカーミラを、直接追い詰める方が楽だと思いますぜ」

「ブランもあの身のこなし見たでしょ?追い詰められんの?」

「ひょっとして、オレがああいうふうに飛んだり跳ねたり出来ないと思ってますか?」

「出来んの!?」

「えーと…身体的には出来る。立場上は出来ない」

「なにそれ。立場って」

「女王の近衛が人んちの屋根歩き回るわけにいかないでしょう」

「なんだ…カタいなぁ」

「実際そういうことですぜ。だからお構い無しで飛び回るカルマの手下達が煙たがられてるんですよ」

「つまり、ハルを捕らえるのに十分な理由があれば、屋根の上を飛び回ることも許容される、ってこと?」

「ま、責任はつむじサンが被ることになりますがね」

「そう言われると、ハルが街に対する脅威であることを示せないからなぁ」

「祇園の時の火付けの証拠でもあればいいんですが、流石にほのめかしただけでは説得力に欠けますな」

「そういう律儀さはありがたいけど、いざって時はお構い無しでお願いしたいね」

「そりゃもちろんわかってますよ」

その日のルネは、まだ温かいホーロー鍋を持ち帰ってきた

中身はエビ・イカ・白身魚が贅沢に使われた汁気少なめなスープで、ルネはこれをサルスエラと呼んだ

さっと10分煮込めば作れると言ったが、冷凍のシーフードミックスでもあるまいし、魚介の下ごしらえがさっと済むわけがない

ヴェルの手ほどきで作ったんだ


それからもルネは度々ヴェルに会いに行った

何をしていたかチョコちゃんに報告させてもよかったが、別に出歯亀がしたいわけじゃない

ルネが無事(何か土産を持って)帰ってくるなら、それで良しとした

ルネは出かけるたび、見たこともない料理や刺繍の入ったハンカチを持ち帰った

ヴェルに色々教わっている様子だ

今まで外に出ないで本ばかり読んでいたのが、こうして外で友達と会って何か身につけて帰ってくる

健全で良いことだ

今日はイカ墨のパエリア(アロス・ネグロ)を持って帰ってきた

「…これはうまい!こんなの今まで食ったことないですよ!」

「イカだのエビだのって結構めんどくさいんだよ。難しいわけじゃないんだけどさ」

ルネは自分で発明したみたいにレシピを説明する

確かに難しいわけではなさそうだが、うちで作れないものでもない

海鮮たっぷりの真っ黒な米をアイオリソースで食べる

確かにこれはうまい

今までルネの食卓に出てきたのは大体出来合いのものだったが、いわゆる日本で洋食と称して出てくるメニューがほとんどで、こうした地中海料理はここ最近までなかった

ヴェルの得意分野がこういうのなんだろう

しかし何より、ルネが楽しそうだ


ルネから友達を取り上げることはしたくない

でもその後ろにはハルがいる

以前ヴェーダ様に、ヴェルの背後関係について率直に聞いてみたことがある

ウニベルシタスには出向という形で在籍し、ヴェーダ様との調整役を担っているらしい

実は他の女王もそういった団体に部下を送り込んでいる

もちろん市民団体の独走を抑制するためだが、逆に団体が既得権益を確保するために天下りのような形でポストを用意している場合もある

「何か裏でもあると思っているなら、それは杞憂よ」

「どうしてです?」

「彼女には大きな権限を与えていないわ。懐柔しても見返りはない」

「…彼女自身に野心があったら?」

「結構じゃない。あの子は自己主張しないし、特に私からしてあげられることもない。やりたいことがあるなら邁進して欲しいわね」

もちろんヴェーダ様は、ヴェルがハルの眷属だなどとはつゆにも思っていない

「他人事過ぎませんか?部下なんでしょう?」

「個人《・・》よ。こんなところで組織論振りかざしたくはないけど、いくら女王なんて名前だからって、部下が自分のためだけに手足のように働くとは考えないことね」

「それは理解してますけど…」

とはいえ一応労使関係なんだし、部下の行動に一定の責任はある

あるべき

それをぶん投げてるとまでは言わないが、良し悪しは別としてヴェーダ様はあまりにも不干渉すぎる

「なんか、って時には、彼女に釘刺してもらえます?」

「それって、あなたの勘繰りをあの子に知られても構わないってこと?」

「いよいよとなれば、ですけど」

「その時まだ私の言うことを聞くといいけど」

「そう願います」


それからもこの奇妙な相互監視が続いた

見ようによってはおとり捜査のようでもある

我ながら歪んだことをしている

私はハルが馬脚を現すのを待っているのだろうか

ハルの首を取って、ほらみろ!とルネに見せつけたいのだろうか


しかしそんな生活も、突然終わりの時がやってきた


「つむじサン…つむじサン!」

「ふぁっ…え?」

ブランが部屋の中にいて、私の肩を揺らしている

まだよく見えない目に気合いを入れて部屋を見回す

時計もはっきりとは見えないが、恐らく朝のようだ

だが何かが足りない

「!」

慌てて飛び起きた

ルネの姿がない

姿勢を直したブランが静かに言った

「ヴェルが街を離れます」

「…なんて?」


そこらに脱ぎ捨ててあったカーディガンを引っ掛け、つっかけで転びそうになりながら大急ぎで駅を目指す

切通の上から覗き込むと、駅のホームに人だかりがある

前にもこんな風景を見た

人だかりの中にはヴェーダ様(目立つ)やファンシャの姿がある

輪の中心にいるのはヴェル

そして相対するルネだ

上り列車が警笛を鳴らしてホームに滑り込んできた

ヴェルは列車に乗り込むとすぐ座席の窓を開けた

ルネと何か話している

別れを惜しむのを遮るように、発車のベルが鳴る

ヴェルの友人達であろう人垣が、めいめいに手を振って列車を見送る

あんなに友達がいたんじゃないか

手を振り返すヴェルを追って、ルネも駆け出す

列車は速度を上げて駅を離れる

ホームの端が二人を永遠に分かっても、お互いに手を振り続ける

見えなくなるまで列車を見送ると、集まった人垣は三々五々自分の日常に戻っていった

ルネはまだホームの端から動かない


首筋にふっと風を感じて振り返ると、チョコちゃんが立っていた

「真昼の女王、あの子のそばに他のカーミラは現れなかったのぇす」

「…ヴェルは誰かの眷属だと思う?」

「落し子達(スポーン)はただの人間なのぇす。見たってわからないのぇす」

同胞を見分けることすら出来ないのは徹底したテロ組織だ

仲間と知って巻き込む心配をしなくてもいい

「ありがとう。ルネの護衛はもういいよ」

トートバッグに突っ込んできた報酬を渡す

最近店に並び始めたチロルチョコを箱で買い占めておいたのだ

「あーっ!どこにもないと思ったら!」

「好きなだけ独り占めしてどうぞ」

「へっへっへ!御用の向きはまたいつでもお願いするのぇす!」

「チョコ!調子に乗るな!」

チョコちゃんはブランが言い終わる前にひらりと飛び去った

チロルチョコであんなに大喜びしてくれるとは安上がりで助かる

ちなみにこのチロルチョコの出現で、やっとこの世界の通貨の価値が正確に把握できた


ヴェルの見送りが改札から出尽くしても、ルネは上がってこない

連れに行こうにも、切符を買うお金は持ってこなかった

無理を言って構内に押し入ってもよかったが、私は待つことにした

改札前で待っていると、察した役務係が「呼んできましょうか?」と声をかけてくれたが、ルネのタイミングを大事にすると言って断った

だが思ったよりも早くルネは戻ってきた

5分もかからなかったろうか

泣き腫らしているかと思ったが、そんなことはなかった

沈鬱な表情は、悲しいというより諦めのように見えた

私達の姿をみとめると、ルネは誰ともなく話し始めた

「ヴェルはレストランを開きたいんだって。それで料理を教えてた」

ルネの方が教授していたとは驚きだ

なんで今まで隠していたのか

…真実のカレーのせいか

他にもちょっと思い当たる部分はあった

確かに私に料理の話はしたくないかもしれない

「泣いてもいいんだよ」

「いいんだよ。慣れてる。どうしようもないことだから」

しかしやはり寂しさを漂わせるルネの背を追って、家に帰った


あんな別れに慣れるほど、ルネはこの世界に閉じ込められている

ルネが何をしたというのだろう

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