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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第66話

らんに誘われた温泉には結局行かないことになった

あれから嵐が執務室にやってきて(珍しい)、やむを得ぬ事情で場所を遊園地に変更したいと、終日周遊パスを3枚置いていった

ルネとブランも連れてこいということだろうか

向こうも誰か連れてくる気なのかも知れない

だとすればこうして先に同行者の分のパスを渡してくるのはフェアだと言える

でもグループ交際じゃあるまいし

あの時の嵐の振る舞いは、完全にデートに誘うムーブだった

しかも温泉とか、その後の下心が見えるやつだ


件の温泉は私達もよく使う、スーパーとまではいかないが、まぁまぁスペシャルな銭湯だ

ルネの部屋にはシャワーしかないので、湯船が恋しくなったら銭湯に行くしかない

だがこの遊園地はどうだ

元いた街にもこの遊園地はあった

でももしデートでここを選ぶ男がいたら、そいつは十中八九某有名球団のファンだ

そのうち絶対、野球の試合を見に行こうと言い出す

特に好きでもないスポーツの試合に2時間縛り付けられて、男の方が楽しむのは私との時間ではない

それでも試合だったらまだマシだ

そのうち練習を見に行こうと言い出す

それも二軍の

ここはその二軍のホームグラウンドだ

この前の球技大会もここで執り行われたが、遊園地の方はあまり見ていない

慎ましい観覧車があるのは外からでも見えたが、まあ時代的に考えても本来あるべき姿より発展しているということはないだろう


ザナドゥランド、とあまりにも直接的な名前が付いているが、元は更に直接的な球団オーナー企業の名前を冠していた

なんと動く歩道が丘の向こうの鉄道駅とを結んでいるのだが、まず私達の使っている路線からここまでが全く導線が用意されていないので、存在しているかどうかも球技大会の時まで知らなかった

というかいつも使ってる以外の鉄道があるのもその時初めて見た

そのぐらい普段は全く用がない場所だ

ここへのアクセスのために未だに乗合馬車が定期運行していたが、それも普段は目にすることがほとんどなかった

「前はあのへんにスキー場があったんだよ」

ルネは球場のあたりを指さした

「スキー場!?こんなとこで!?」

「芝スキーってやつですよ。年がら年中滑れる人工のゲレンデがありましてね」

「そんないいものがなくなっちゃったんだ」

「まあ、10割バッターが女王になったら、野球熱も盛り上がっちまうでしょう?」

球技大会での人の入りを見ると、試合のある日だけで見ればスキー場では到底敵わない集客力があるのはわかる

でもスキーなんてこの街の他の場所では出来そうもないし、毎日野球の試合があるわけでもない

スキー場を潰してまで球場を作るのはやりすぎな気がする

競馬場作った私も人のことは言えないが


丘の向こうに全く縁がないのは、このザナドゥランドからカーミラ達の根城の近くまで、丘の背を覆うように広大なゴルフ場が横たわっているからだ

ネットで囲われた打ちっぱなしなどではない、立派な全18ホール

私も女王になる前の小金をジャラつかせていた頃、会員権の勧誘を受けたが辞退していた

真面目にプレーしている人には申し訳ないが、庶民には接待以外で用はない場所だ

上手い下手に関わらず、結構な距離を歩くから年寄りにはいい運動になるかも知れないが、どうせ私なんかは毎日もっと歩かされていた

多分ファンシャみたいなのが交流を深めるのに使っているのだろうが、これだったら私は料亭政治の方がいい

少なくとも美味しい料理とお酒が出る

18ホール回った後のビールは最高?

はいはい

そしてこのゴルフ場もザナドゥの所有だった

つまりルーの縄張り

下世話なものからハイソなものまで、ありとあらゆるエンタメを網羅しているのがザナドゥという魔窟なわけだが、その一角に球場を建てさせてしまったゾンダ様の影響力は計り知れない


「いやあ!ごきげん麗しゅうつむじ様!」

私服のシイちゃんは、後方事務の銀行員みたいな地味なカーディガンにマキシ丈のふんわりしたスカートだ

でも芝居は派手

そして嵐は…

ムジラー?

地味とかクラシックとかではない

この世界でもここまでそっけないコーディネートが出来るのかと感心してしまうぐらいノームコアだ

髪はポニーテールにしている

なんだかクレヨンしんちゃんのよしなが先生みたいだ

でもよしなが先生だってデートの時ぐらいはめかしこんでくる

「今日はお誘いありがとう。晴れてよかった」

…返事がない

シイちゃんはうつむいたままの嵐を肘で小突く

「…えっ、うん。よかった、晴れて」

嵐がここまで固くなってるのは初めて見る

別に疑ってるわけではないが、告白してからの方が緊張してるってのはマジっぽさがある

ただまあ、こちらとしては御免なさいする腹積もりだ

それなのにもらったパスの人数全員でやってくるのも図々しいが、だからって突っ返すのも非礼だと思った

何よりブランが絶対についていくと言って聞かなかったし、ルネまでが珍しく出かけたがった


この世界でも、女の子同士のお付き合いのハードルは特別低いわけではない

こういう無限の世界においても、やはり人間関係は無限ではない

そんな中で付き合う、というのは、一定程度関係を維持することを約束するものだ

バンドを結成した時は、誰しも武道館を踏んで全国ツアーをするんだと大きな夢を持つ

だが現実は違う

バンドはちょっとしたことで解散してしまう

お互い相手を許容することを覚えなければいけないし、二人同時に違う会場にはいられない

往々にしてそういう煩わしさを嫌ってソロ活動に勤しむわけだが、面と向かってバンドのお誘いを受ければ誰しも迷いが生じる

一番は、断ったあと一人でいる自分を想像してしまうことだ

一人でいたいわけではないが、だからといって生活を共有するのは重荷だった

多分他のみんなも概ねそうだ

結婚という新しいライフステージを迎えることが(ほぼ)ない以上、付き合うというのは自制心を試され続ける行為に他ならない

そこまでする理由がない

あるとすればそれこそが抗えない恋心なのだろうが、残念ながら私にそういうのはなかった

嵐は何に乗っても上の空

立ち乗りコースターに乗っても声ひとつ上げなかった


「いやあ、これは胆力の試される乗り物でしたねえ!」

「でもシイちゃん、涼しい顔してなかった?」

「肝が冷えてたんですよ!」

こちらもルネは思いの外エンジョイしていたが、ブランは青ざめていた

速いのも高いのも怖くないが、自分で運転できないのは怖い、とのことだ

普段電車に乗る時もやたら警戒心が強いが、もしかしたらそういうことなのかも知れない

「ゴーカートにループコースターにと過激な乗り物が続きましたから、ここらで…」

「水族館、行かない?」

嵐が切り出した

「そんなのもあるんだ」

シイちゃんは何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んだ様子だ

どうやら予定のコースではないらしい

「いいんじゃない」

もう少し泳がせてみよう

水族館だけに


ドーム状の建物の横に、サメが大口を開けている入口がある

中に入るとシーラカンスの水槽がお出迎え

シーラカンス?

シーラカンスって生きてんだっけ

ドームに沿って、スロープ状の展示エリアを歩いて登っていくようだ

近代的な認識で水族館と言って想像されるものとは大分趣が違う

いろんな魚が一緒になって泳いでいる縁のない水槽の下をくぐって…みたいなアトラクションの様相はなく、個別の種がぽつりぽつりと配置され、学術的な展示めいている

照明も青っぽくない

大水槽も窓の部分が小さくて、水が入った建物の中を覗き込んでるみたいだ

スロープの外の水槽を、上から眺める

亀が這っている

卵とか産むんだろうか

だとしたら無精卵だ

砂に埋めた卵が孵らないことに夜毎泣いている

でまた産む

それが人…いや、亀生だから

水族館とか動物園は生命の息遣いを感じて、自然の悲喜こもごもを想像してしまう

まあこうして人間に捕らえられて飼育されてるんだから自然じゃないんだけども

嵐は床板をつぶさに観察している

もちろんお金を払ってそんなものを見に来たわけじゃない

だったらそこらの歩道の方が楽しいしタダだ

と言って、私も何を話していいやら


嵐の後をついて、なんとなく水槽を眺めて歩く

魚達はみんな思い思いのリズムで漂っている

何も考えてない時にはこういうのがちょうどいい

いつもトイレに熱帯魚を飾れたらいいのにと思っている

あいにく私が今まで体験したトイレはみんな狭いので出来なかった

「オシツケだ」

深海魚の水槽にアブラボウズがいた

「しばらく食べてないな」

「えっ、これ食べれるの?」

ルネは怪訝な顔で水槽を覗き込む

「おいしいよ、脂がとろっとして」

「これが美味しいのか…」

納得していない様子だ

そもそもルネはあまり魚を食べない

いつも子供が好きそうな洋食ばかり食べる

死んでまで健康にいいよ、と好きでもない(多分)食べ物を勧めるのもどうかと思って無理強いはしていないが、食べることにデメリットがないこの世界で、バラエティに富んだ食生活をしないのはもったいなく感じる

だってふぐの肝を食べたってこれ以上死なないんだから


順路を巡っていくと、ピラルクがいる大きな水槽が鎮座ましましている

大きいと言ってもピラルクの巨体には窮屈そう

その隣は最後の展示らしいマナティの水槽

マナティは確か川に棲んでるはずだ

トリが淡水の水槽って、海なし県の水族館みたい

こちらもマナティには大分狭そうな、でも一般的には大きいと言っていい水槽だ

狭い住処の中を、二頭のマナティが器用に旋回している

この街も10万人の人生を擁するには狭い

でもなんとか器用にやりくりして、肩がぶつからないよう生活している

嵐はマナティの前で立ち止まった

「私はさ、疲れちゃった」

「…お休み取れないの?」

この世界は病気しない、ケガもしないなので、疲労もしないかというとそんなことはない

ただ普通は一晩寝れば回復する

精神的な問題でなければ

「つむじも女王やってわかったでしょ。権力振りかざして横車押すだけの仕事じゃないって。必要な仕事かもしれないけど、人のことを考えるのに、疲れた」

「私のお妃になっても、それは変わらないと思うよ」

「つむじは自分の力を自由に振るってる。他のどの女王もそんなこと出来ない」

「嵐もそういうふうに振る舞ったらいいのに」

「…できないよ。できない」

嵐はかぶりを振る

女王になるためのプロセスは色々あるが、先代の指名ということが多いようだ

本人にその意志があるかどうかはあんまり関係ない

だが襲名したからには先代の仕事を引き継がなければいけない

思い出に値札を貼り続ける仕事を

「考え過ぎなんじゃない?全員の要求を同時に満たすことは出来ないんだし、実現可能か不可能かで決めてけばいい」

我ながらファンシャみたいな言い草だ

ただ迷ってるなら出来ることから片付けるのが鉄則だ

最後に一番大きな問題が残るかも知れないが、そのために躓いて解決可能な問題の山が出来るようでは、あとでいっぺんに困ることになるだけだ

「…不可能はない。やらなくちゃいけない」

結果ありきの意思決定は確かに疲れる

ただそれこそ、どうやるかだけの問題までトップが抱え込む必要はない

特に嵐のところにはたくさん部下がいる

なんなら責任転嫁もし放題だ

「嵐は律儀すぎるんだよ」

嵐は気が進まない仕事を粛々とこなし続けている

これではまるで人身御供だが、女王というのはこういうものだ

それも最近ようやく理解できてきた

でもその責任を投げ出すために私の妃になりたいと言ってるのだとしたら、同情もしない

二頭のマナティがお互いの尾を追いかけている

「私はもっと他のことで頭をいっぱいにしたい」

振り向いた嵐の瞳が私を捉えている

私は、よくドラマや映画に出てくる、人を見て「いい目をしている」とか言う偉そうな人が嫌いだ

いい目をしているのが本当だとしても、他人が評価出来ない価値観を人に向けて言う事の意義が見いだせない

自分の価値観に何らかの客観性を付着させようとしている邪さが垣間見える

あまつさえその言葉を聞いた周囲の人間の同意を取り付けようとさえしている

そういう物言いが気に入らない

でも、今の嵐はいい目をしている

…自分で思うだけなら害はない

今までの嵐は十分に社交的で柔和な表情だったが、何かを希求するような貪欲さがなかった

なんでもそつなくこなせるゆえの、余裕とも取れる平静さがあった

でも今の嵐の目は、獣の目をしている

飢えか敵意か

どっちにしろ逡巡を捨てた生き物の目だ

だがこれで、ある考えが確信に変わった

嵐は過去の恋愛で失敗してる

この街を去ったというフラウタ様の先代とは破局したのだ

こういう言い方はあまり適切ではないかも知れないが、今の嵐は必死だ

「つむじのことを考えていたい」

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