第65.5話
「嵐様迂闊ですよ!」
嵐は早速黒青の説教を賜っていた
「しょうがないだろ!いつもの香水切らしてたんだ!」
「それが迂闊じゃなくてなんなんですか!我々に一言言ってくれてれば、秒で買ってきますよ!」
「買いには行った!売ってなかったんだ!だからわざわざ離れた席に座ったのに!」
黒青は腕を組んでため息をつく
大げさにつく
大体いつもわざとらしいのだが、これで一応冷静かどうかがわかる
厄介なバロメーターだ
「離れて座ったのに、声をかけちゃったと」
「黙って解散てわけにいかないだろ!」
「休んだってよかったんですよ、あんな宴会」
「…その間に誰かがつむじと仲良くなっちゃうかも」
黒青は肩をすくめた
「そんな少女じみた感情をお持ちとは」
「じゃあどうすりゃよかったっていうんだ!」
「ちゃんと我々で目を光らせてますよ」
衆人環視の中で出来ることなんて限られている
ただその瞬間自分がその場にいなかったら、あとで後悔してもしきれない
何か出来るわけじゃないにしてもだ
いや、いよいよとなればつむじの手を引いて連れ出すぐらいはする
「それで?どこへお誘いしたんです?」
「…郁金香の向こうの、温泉」
「温泉…?」
黒青は顎に指鉄砲でしばし脳内地図を探った
「…あの住宅地の中のですか!?ただの銭湯ですよ!?」
「ただの銭湯じゃない!サウナとか、ラドン温泉もあるんだよ!」
「そういうのをただの銭湯っていうんですよ!」
「風呂場の中までは帯刀できないし、匂いも消せる!安全だ!」
「まったく…そんなこと気にしてるんですか?大体向こうには自警団の犬もいたんでしょう?もうつむじ様にバレてますよ」
「バレてたら約束取り付けるのに応じないだろ」
「毒食わば皿までってやつかも」
つむじの度胸を考えると、わかっていて乗ってくる可能性は大いにある
しかしいつかは話さなければいけないことだ
「…風呂の中からなら、すぐには逃げられない」
「それは嵐様もですよ。間が持たなくなっても知りませんよ」
裸の付き合いなんていうが、ギクシャクしてる人間が打ち解けるのには最悪の場所だ
でもそれを乗り越えないといけない
つむじとの間にあるわだかまりを、なんとしても取り除かなければいけない
それに何より人に邪魔されない
お互いおまけがついてこなければ
「嵐様は勝算あるんですか?」
「勝ち負けの問題か?」
「一般的には、告白しといてお付き合いできなかったら負けでしょう」
「誘って断らないんだから、勝ったようなものだろ」
「あのねえ嵐様、お互い女王って立場があるんですから。社交辞令かもしれないでしょう?」
「じゃあ何だ?お前はゾンダにどこか誘われたら断らないのか?」
「嵐様断らなかったでしょう?」
「そうだなぁ!」
嵐は頭を抱えた
この皮肉屋の正論は言い逃れしようもない正論だ
そもそもつむじが”お断り”のカードをいきなり切ってくるとは考えにくい
手札を温存しながらこちらの出方を探っているはずだ
つむじは降りない
だがそこにつけ入る隙がある
…つけ入る、か
なんでこんな姑息な考えをしなければならないんだ
もっと普通に話を切り出して、普通に受け止めてもらいたい
自分の立場が恨めしい
「今すぐお前に女王の椅子を譲れば、話が簡単になるのにな」
「そんなので今更人の見る目が変わるとも思えませんが。ましてやつむじ様の」
身から出た錆、というやつか
別に悪事を働いているわけでもないのに、こんな負い目を感じなければならないのはもうたくさんだ
「まあ嵐様はどうせそんなことだろうと思って、一応これを買っておきました。褒めてもらっていいですよ」
黒青は横折の封筒を執務机の上に出した
「…何だ?」
「遊園地のワンデーパス。少なくとも温泉を取っ替え引っ替えするよりは、話題が作れるんじゃないですか」
「…なんで5枚もあるんだ?」
「一枚は私が。あとはつむじ様にお連れの方がいてもいいようにと」
「なんでついてくる!」
「心配だからに決まってるでしょう。そんで、あーおじゃま虫が鬱陶しいなあってなった時、観覧車で二人っきり。これですよ」
「銭湯借り切ったんだぞ!?」
「あんなとこでいきなり二人きりになっても、嵐様どうせ天気の話ぐらいしかできないでしょう?今日寒いね…う、うん…とか」
「見てきたかのように言うな!」
この部下のおせっかいも、おせっかいと切り捨てられない
それぐらい嵐の思考は行き詰まっていた
パスを見ながら遊園地に思いを巡らす
コーヒーカップ、メリーゴーランド、観覧車
ぐるぐるぐるぐる
回るものばっかり
ああいうところで普通に楽しんだのがいつだったか、もう思い出せない
この堂々巡りを止めてくれるのはつむじしかいない
でもつむじがこの街を去ってしまったらと思うと踏み込めない
ぐるぐるぐるぐる
そうしている間も黒青はああでもないこうでもないと、デートプランを示してくる
わざとらしくて皮肉屋でおせっかいだが、頼れる部下だ
「…そうだ、いっそ海なんてどうですか。この寒い時期の朝っぱらなんか誰もいませんよ」
そしていつも私のことを案じて親身になってくれる、貴重な部下だ




